結界の村と新たなる仲間
荒涼とした草原を抜け、ラザール一行は魔界の南部に位置する秘匿された村「シルヴァの結界」に足を踏み入れた。ここは外敵から守られた安全な場所で、次なる試練に備え英気を養うための一時的な安息地となるはずだった。しかし、この村には真奈たちの旅路に大きな影響を与える秘密が隠されていた。
◇
「ここが、シルヴァの結界……。」
真奈は村の入口に立ち尽くし、目の前に広がる景色を見上げた。小さな家々が連なる村は、結界によって薄い霧に覆われ、不思議な静寂が漂っている。村の周囲を囲む古木からは、魔力を帯びた光がわずかに放たれ、外敵を寄せ付けない力強さを感じさせた。
「ここは昔から我らヴァルディア一族に忠誠を誓う者たちが暮らしている村だ。安全な場所ではあるが、余計な詮索は控えろ。」
ラザールが淡々と説明する。
「余計な詮索って、そんな怖い顔して言わなくてもいいのに……。」
真奈が小声で呟くと、隣にいたイグナスが笑いながら肩をすくめた。
「まぁ、ラザールはいつもこうだからな。でも、ここの飯はうまいぞ!少しはリラックスしていいんじゃないか?」
村人たちはラザールに深く頭を下げ、真奈には好奇心と少しの警戒を込めた視線を送る。その中、彼らを迎えたのは村の長老、リタ・シルヴァだった。
◇
リタは杖をつきながら、真奈たちを広間へと案内した。年老いてはいるが、その瞳は透き通るような紫色に輝き、深い知恵と経験を物語っている。
「ようこそ、ラザール様。そして異界の少女、篠原真奈殿。ここはしばしの間、あなた方の旅を支える場となるでしょう。」
長老の柔らかな言葉に、真奈は少しホッとした様子を見せた。しかし、リタの口調が急に険しくなる。
「ただし、一つ忠告しておきます。この村の結界は完全ではありません。先日より、結界を侵そうとする闇の気配が濃くなっているのです。」
その言葉にラザールは眉をひそめた。
「その気配の正体は?」
リタは首を横に振りながら続けた。
「正体までは掴めていません。ただ、彼女——真奈殿が持つ鍵の力がその気配を引き寄せているのは間違いないでしょう。」
真奈は思わず鍵を手に取り、じっと見つめた。その表情に不安が浮かぶのを見たラザールは、力強い声で彼女に語りかけた。
「怯えるな、真奈。これはお前のせいではない。むしろ、この鍵を巡る戦いに勝つためには、お前の存在が必要不可欠だ。」
その言葉に真奈は小さく頷いたが、胸に渦巻く不安は消え去らなかった。
◇い
その夜、村の広場では歓迎の宴が開かれた。村人たちは少しずつ真奈に打ち解け、笑顔で話しかけてくれるようになった。
しかし、その和やかな雰囲気を裂くように、一人の青年が広場に現れた。肩まで伸びた黒髪、鋭い金色の瞳、そしてラザールにも引けを取らない堂々とした体躯を持つ彼は、真奈たちに向かって大股で歩み寄った。
「ラザール殿、ついにお目にかかることができました。私はエルン・シルヴァ、この村の戦士にして、結界を守る者です。」
その声には力強さと誇りが込められており、彼の存在感に真奈は圧倒されていた。
「エルンか。噂は聞いている。確かに見たところ腕は立ちそうだ。」
ラザールは彼を冷静に評価しながらも、どこか警戒するような目を向けた。
エルンは真奈に目を向けると、柔らかく微笑んだ。
「そして、君が異界から来た篠原真奈殿か。君の勇気には敬意を表するよ。」
突然の賛辞に真奈は戸惑いながらも、小さく礼を返した。
「あ、ありがとう……。」
◇
その夜、村は静寂に包まれていた。しかし、真奈が眠りにつこうとした瞬間、遠くから不穏な音が聞こえた。
「……何?」
窓の外を覗くと、結界の光が不規則に揺れているのが見えた。その異変に気づいたラザールとイグナスもすぐに駆けつけ、武器を構える。
「結界が破られるぞ!」
イグナスが叫んだ。
突如として現れたのは、漆黒の影に包まれた魔物の群れだった。その中心には、真奈が以前遭遇したヴェルガスの姿があった。
「またお会いしましたね、篠原真奈。今度は逃がしませんよ。」
ヴェルガスの冷たい声に、真奈は恐怖を感じながらもラザールの背中に守られるように立ち上がった。
「ヴェルガス!お前の目的は何だ!」
ラザールが剣を構えながら叫ぶと、ヴェルガスは嘲笑を浮かべた。
「目的?それは君たちが知る必要はない。ただ、彼女が持つ鍵を手に入れることだけは確かだ。」
◇
エルンも武器を手に参戦し、村の防衛戦が始まった。真奈はその場で怯えるだけだったが、リタの言葉が脳裏に蘇った。
「恐れるな。鍵の持ち主にはその力を導く使命がある。」
「私に……できること……。」
真奈は勇気を振り絞り、ラザールたちの援護に回ることを決意する。闇の中で繰り広げられる激しい戦いの中、鍵の力が再び彼女の手で発動しようとしていた——。