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召喚の夜に

篠原真奈は新しい制服のリボンを結び直しながら、微かに緊張を感じていた。入学式が終わった翌日、彼女にとっての中学校生活が本格的に始まる。だが、特別な期待を抱いているわけではなかった。

「普通でいい。普通の友達ができて、普通に過ごせればそれでいい。」

そんな風に思いながら家を出たその日が、真奈の人生を一変させるものになるとは、彼女自身も予想だにしていなかった。

夜。布団に入り目を閉じた真奈の耳に、低く響くような声が聞こえてきた。

「来たれ、鍵となる者よ。」

不思議な響きを持つその声に、彼女ははっと目を覚ました。しかし周囲は暗闇に包まれている。だが、次の瞬間——。

強烈な風が彼女の身体を包み込み、目の前の風景がぐにゃりと歪んでいった。耳をつんざく音とともに真奈の身体は宙へ放り出され、そして重力が消えるような感覚に陥った。

目を開けた真奈の視界に飛び込んできたのは、見たこともない世界だった。赤黒い空には大きな紅い月が浮かび、荒涼とした大地が広がっている。木々は黒々とねじれ、周囲から漂う空気には人間世界とは違う重さがあった。

「ここ……どこ?」

呆然と呟く真奈の前に、突然、影が立ちはだかった。背丈は彼女よりも遥かに高く、黒いマントを纏ったその人物の鋭い紅い瞳が、真奈をじっと見つめている。額には、まるで動物のような鋭い角が二本。

「貴様が、召喚された鍵の者か。」

低く響く声。真奈はその威圧感に恐怖を覚え、後ずさった。しかし、その人物は彼女に歩み寄ると、まるで値踏みするように頭から爪先までを観察する。

「どう見てもただの子供だな。」

「……だ、誰? ここはどこなの? 私、帰らなきゃ!」

真奈が震える声で言うと、その男はわずかに眉を寄せ、冷徹な口調で言い放った。

「ここは魔界。お前は我が召喚に応じ、ここへ来た。俺はラザール=ヴァルディア、魔界の第一王子だ。」

「魔界? 王子?」

混乱する真奈の耳に、さらに驚くべき言葉が飛び込んできた。

「お前は魔界を救うために必要な存在だ。だから召喚した。」

ラザールの言葉に、真奈はただ首を振るしかなかった。

「そんなの、知らない! 私、ただの中学生で……魔界とか、救うとか、無理だよ!」

だが、ラザールは表情一つ変えず、静かに言葉を紡ぐ。

「今さら逃げられない。お前がこの地に降り立った以上、その役割を果たしてもらう。俺には時間がない。」

「な、何それ……!?」

真奈の目には涙が浮かび始めていた。異常な状況、圧倒的な威圧感、そして帰れないかもしれないという恐怖が押し寄せてくる。

「泣くな。」

ラザールが低く呟く。彼の言葉にはどこか苛立ちと戸惑いが混じっていた。それでもその紅い瞳に宿る光が、少しだけ柔らかくなった気がする。

「俺は……お前を無理矢理危険にさらすつもりはない。ただ、魔界が危機に瀕していることは事実だ。この世界の混乱を終わらせるには、お前の力が必要だ。」

「でも、私、何もできない……。」

「それでもだ。お前は、この地に呼ばれた。それが運命だ。」

ラザールが手を差し伸べる。その大きな手を見つめ、真奈は戸惑いながらも、震える指を彼に向けて伸ばした。

その後、ラザールに案内される形で、真奈は魔界の城へと向かった。道中、目に映るのは全てが人間世界とかけ離れた光景だった。黒い森から聞こえる不気味な鳴き声や、空を横切る巨大な飛行生物。真奈は怖くてたまらなかったが、ラザールの背中を見ていると、なぜか安心する気持ちもあった。

城へ到着する頃、真奈はふと質問を口にした。

「ねえ、どうして私が“鍵”なの? 他の人じゃだめだったの?」

ラザールは少し歩を止め、振り返る。その表情にはどこか影があった。

「それは……まだ俺にもわからない。ただ、召喚の儀式が示したのはお前だけだった。」

「……。」

真奈は何かを感じたが、言葉にできなかった。ただ、この奇妙な世界で何が待ち受けているのかを考えると、不安で押しつぶされそうだった。

こうして異世界・魔界での、真奈の長い旅が始まった——。


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