第六十四話 空高く飛び上がれ
「た、高いですわ! まるで鳥になった気分ですわ!」
「ははっ、初めては驚くよね。俺も初めて背に乗せてもらって飛んだ時は、怖くてたまらなかったよ」
レナード様が怖いのでしたら、私が怖く思うのは仕方がありませんわ! だから、これは決して恥ずかしいとか、情けないことではありませんのよ!
「それにしても、こうして白馬に君を乗せていると、俺が王子様になったかのようだね。ふふ……囚われの姫であるサーシャを助ける展開……その時のサーシャは、どこか物憂げな雰囲気で……これはこれで、アリだな!!」
「もう、浮かれたことを仰ってないで、真面目にやってください!」
「至って真面目に妄想をしているだけだよ」
「妄想をおやめになってくださいと、申し上げているのです!」
いつもなら、いくらでもしてくれて構わないのですが、今は切迫した状況なので、あまりそういう態度はよろしく――
「そうか、もう君で妄想はしてはいけないのか……そうか……あ、あはは……」
「な、泣いておられるのですか!? あのですね、今は大変な状況なので、集中するために控えてほしいだけであって、これが終わったら妄想するのは構いませんから」
「本当かい!?」
あ、相変わらず立ち直りが早いお方ですわ……さっきまで、絶望というのが最適な表情でしたのに、今では太陽のような眩しい笑顔ですわ。
……コロコロ症状が変わるレナード様、かわいい……って、これをお伝えしたら、またレナード様がいっぱいいっぱいになってしまいます。それに、レナード様に注意をしておきながら、私が浮かれたことを言うわけにはまいりません。
「と、とにかく! これから向かう場所は危険ですから、気を引き締めませんと!」
「まあいいじゃないか。この先に待っている過酷なものに挑む前の、息抜きの会話くらいしてもさ」
「息抜き……もしかして、今までのは全部、わかっての発言でしたの?」
「そうだよ」
出発してからずっと、私達が何とかしなきゃって思い詰めていたのをわかってて、それでいつもの雰囲気で和ませてくれたのですね……。
「そうじゃなきゃ、いくら白馬に乗っているからといって、王子様~お姫様~なんて妄想はしないよ」
「さすがはレナード様ですわ。では、私が妄想をするなって言った時のお顔も、何かお考えがあったのですか?」
「あ、あははーその通りダヨー! ひゅ〜ひゅるる〜」
無駄にお上手な口笛を吹くレナード様のその態度は、明らかに誤魔化そうとしたいのが見え見えでしたが、レナード様の面子を保つために、黙っておきました。
これも、将来の妻として夫を立てる練習に……って、だから私ったら、なにを浮かれたことを考えていますの? 人様のことを言っていないで、私こそ気を引き締めないと!
「レナード様。ありがとうございます。私、少し楽になりました」
「そうか。それならなによりだ」
感謝を伝えるために、レナード様の手にそっと手を重ねました。何気ないことですけど、こういうことがとても大切だったりするのです。
そんな少し穏やかな時間を過ごしていたら、異常事態が起きました。なんと、下に広がる森から瘴気が塊となって、城に向かって飛んでいったのです。
その飛んでいく瘴気に、危うく巻き込まれてしまうところでした……。
「び、ビックリしましたわ……」
「ああやって、瘴気を集めているんだね」
「今のようなことがまた起きたら、大丈夫でしょうか」
「大丈夫。この子はとても頑丈だし、咄嗟に対処する術は持っているからね」
な、なにからなにまで頼りになりすぎですわ……今までは私が治療、レナード様が助手だったのに、今では私が助手になってますね。
でも、それはそれでレナード様を支えているような感じで、満足感と達成感を得られております。
「そろそろ城が近い。急ごうか」
白馬が速度を出してくれたおかげで、私達は無事にお城の上空にたどり着けました。
城のてっぺんが高密度な瘴気に覆われ、周りには集まってきた瘴気が、ふわふわと漂っておりますわ。
「なんて禍々しくて、凄まじい規模の瘴気ですわ。近くにいるだけで、気分が悪くなってしまいそうです」
以前、瘴気とは人間の負の心によって生まれたものだとお聞きしましたが……これだけの規模の負の心があると思うと、それだけつらい思いをした人がいるということ……なんだか、とても悲しい気持ちになってきます。
「あれが襲ってこないとも限りませんので、結界だけは張っておきますね」
私は聖女の魔法を使い、私とレナード様、そしてここまで連れて来てくれた馬に結界を張りました。赤の聖女様からいただいた力のおかげで、この結界の強度はとても高くなりましたのよ。
「これでよしっと」
「ありがとう。さて……さすがに考えも無しに突撃するのはやめておいた方がよさそうだね。サーシャ、何かあれに対して、他に感じたことはあるかい?」
「瘴気の中心に、大きな力があるのを感じます。そこがおそらく、魔法の核でしょう。その周りを守るように、結界魔法が張られているようです」
「俺も強い力を感じるよ。そうなると、結界をどうにかしないといけないね。力技はあまり好きじゃないんだが……はっ!!」
レナード様は、天に向かって両手を突き上げると、巨大な魔法陣が宙に刻まれました。そして、そこからとても太い光線が発射され、結界にぶつかりました。
こんなものを地上で使えば、辺り一面を吹き飛ばせるのではないかと思わされる一撃でしたが……結界には傷一つついていませんでした。
「駄目か。これでも全力だったんだけどね……まったく、サーシャの前で恥をかかせるなんて、悪い結界だ」
「れ、レナード様! ご冗談を言っている場合ではありません! 瘴気から何か来ます!」
先程の攻撃に反応するように、結界の周りの高密度な瘴気から、怪しい気配を感じました。それから間もなく、瘴気が様々な形に変わりました。
「なんだあれは、瘴気で出来た……動物!?」
「ヘドロの塊みたいで、気味が悪いですわ……きゃっ!?」
「襲い掛かってきた!?」
獣や鳥に変化した瘴気達が、低い唸り声のようなものを上げながら、一斉に私達に襲い掛かってきました。
なんとかしないといけないのに、突然のことで頭が回りません。その間に、私達を乗せた馬が機敏に飛び回り、瘴気の動物から守ってくださいました。
しかし、瘴気の動物は一切に諦めず、私達を執拗に追いかけてきました。
「このままでは、ジリ貧になるだけだな。そらっ!」
レナード様は、先程と同じように、魔法陣を展開します。先程よりも一つ一つの規模を小さかったですが、何十倍にも増えた魔法陣からは、細い光線がいくつも発射されました。
これなら、瘴気の動物達を止められる。そう思っておりましたが……光線が当たった瘴気の動物達は、数秒程元の瘴気の姿になってから、再び動物の姿に戻ってしまいました。
「これでは、時間稼ぎにしかならないか……あの結界を何とかして、魔法を止めない限り、何度やっても同じだろう」
レナード様の仰っていることはもっともです。しかし、あの結界はレナード様の凄まじい攻撃でも壊せなかったのですから、簡単に壊すことは出来ないでしょう。
それなら、まずは先に襲ってくる瘴気をどうにかすることから始めるべきでしょうね。
「レナード様、私が浄化の魔法であの瘴気をどうにかしてみます! ただ、魔法の準備に少し時間がかかりそうなので……」
「その間の足止め、だね。わかった、任せてくれ!」
「お願いいたします、レナード様!」
レナード様と頷き合ってから、私は両手を組んで魔法の準備をする。
いくら強くなったらと言って、簡単にどうにかできるほど、聖女の魔法は簡単ではない。だから、丁寧に、丁寧に魔力を練り上げていく。
「これくらいでは足りません……もっと、もっと力を……お願い、私の中に眠る聖女の力! 罪の無い民を、大地を、大切な方々を守るための力を!!」
私の体の奥底から、想いに応えるように、今まで感じたことの無いような強い力が湧いてきます。
これならいける。あの結界を壊すことが出来る! 大切な人々や国を救うことが出来る! そう確信した私に、悲劇が襲ってきました。
「くっ、防ぎきれない……サーシャ、しっかり捕まって衝撃に備えて!」
「えっ……?」
魔法の準備に集中していた私は、レナード様の指示に反応することが出来ず、馬の背から放り出されてしまった――
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