第六十一話 全てを犠牲に
■ルナ視点■
「なんだか、騒がしいな……」
ここ数日ほど、外回りをしないで屋敷の自室でのんびりと過ごしていたわたしは、突然城に呼び出された。
そこでは、城に仕える使用人や騎士団の連中が、忙しなく動いている。ちょろちょろと目障りだから、どこかに行ってくれないだろうか。
「はぁ……最近良いことがなくて嫌になっちゃう」
面倒な外回りに行かせられるし、お義理姉様に会ってわたしの頑張りを否定されるし、エドワード様はわたしに見向きもしなくなったし、頑張ってもわたしのせいで瘴気の被害が出ると言われるし……。
「ああもう、わたしが何をしたっていうのよ!! ムカつくムカつく!!」
わたしは、周りのことなど一先気にせずに、城の壁を思い切り蹴り飛ばすした。
そんなことをしても、痛みとして跳ね返ってくるだけなのはわかってたが、痛みでイライラを紛らわせないと、どうにかなってしまいそうだよ。
「はぁ……気を取り直して……にこっ」
窓ガラスに映っているわたしの顔があまりにも酷かったから、少し笑顔の練習をしてから、呼び出された例の部屋へとやってきた。
「ええい、この騒ぎはどうするのじゃ!? いっそのこと、民達を全て処刑すればよいではないか!?」
「バカなことを言うんじゃありませんわ! それでは、ワタクシ達が罪を犯していたことの証明になってしまうではありませんか!」
「ならどうしろというのじゃ! くそっ、ジェラールの奴め……! 見せしめに、大切な義息子を殺してやりたい……!!」
部屋に入ると早々に、ハゲと厚化粧のババアがなにか言い争いをしていた。
良い大人がギャーギャー騒いで、情けないったらありゃしない。
「皆の者。揃ったな。では、改めて会議を始める。各地で国に対してのデモや反乱を企てる者が増えておる。原因は……」
「はい。いまだに増え続ける、結界内での瘴気問題、瘴気の治療が不完全、そして……代わりに治療をしてくれる聖女の存在ですわ。それに、最近は研究所が襲撃され、実験体を失った報告も受けておりますわ」
「これも全て、貴様が聖女としての務めを完璧に果たさなかったのが原因じゃぞ!」
人のことを指差しながら言い切るデブに、わたしはカチンときてしまい、勢いよくテーブルをたたきながら、立ち上がった。
「はぁ? だから、わたしはちゃんと手を抜かずにやったっての! そもそも、お前らが利益のために研究所なんて運営してたのが、全ての原因でしょ! なのに、肝心のお前らは偉そうにふんぞり返ってるとか、舐めてんじゃねーぞ!」
「なっ……自分の失態を、我々に擦り付けようというのか!?」
この前のババアもそうだったけど、やりもしない、できもしないくせに、言うことだけ一人前なの、本当に何とかしてくれないかな。
あーストレスで禿げそう……こういう時こそ、お義姉様を昔みたいに虐めてストレス発散させたいのに、それが出来ないなんて!
「国王陛下、この聖女は反逆者として公開処刑いたしましょう! それで、民に全てこの聖女の企みだったと公表すれば……!」
「なんで処刑されないといけないのよ!? 冗談じゃない!」
「瘴気については、それで納得する者もおるかもしれぬが……ルナ一人で研究所の説明ができると、本気で思っているのか?」
「そ、それは……」
まあ無理だろうね。それに、わたしは記憶を消されてないから、わたしを処刑なんてするなら、全てを公表してやる。
「ふんっ、所詮は単細胞な男では、その程度の浅知恵が限度ですのね。小娘に言い負かされて、醜態を晒しただけですわね」
「なんじゃと、年増女が! 貴様こそ、前回の会議では大人げなく絡んでいたではないか!」
「誰が年増女ですって!?」
「静まらんか貴様ら! 揃いも揃って騒ぐな! 国王陛下の御前であるぞ!」
お、さすがお義父様、しっかり場を締めてくれるね。このままじゃ、無駄に話が長引くだけで、本題に入れないし。
「……ところで国王陛下、私に一つ提案がございます」
「ほう。申してみよ、ヴァランタン」
「この国が建国されてから間もなく作られたとされる、例の魔法を使うのはいかがでしょうか?」
「しかし、あれを使えば我々も民も……」
「我々は緊急用の避難経路を使えば問題ございません。それに、このまま民を生かしておいても、いずれは反乱分子として我々に襲いかかるでしょう」
国の在り方を決め、民を導く立場の人間とは思えないような発言だけど、正直な話、ここにいる人間は自分のことしか考えていないような連中だ。
それは、今発言したお義父様もだし、もちろんわたしもだ。
「ワタクシは大賛成ですわ!」
「あれをやるのはいいが、我々の財産はどうなる!?」
「落ち着いた頃に、回収しに来ればいいでしょう。このままでは、我々は破滅して全てを失ってしまうのですよ」
「……それは……」
青筋を立てて立ち上がったハゲ貴族は、お義父様に窘められて、静かに席に着いた。
「うむ、我々が生き残るためには、その手が一番よさそうではあるな。ここに来る予定のジェラールも、それで消せるだろう。しかし、問題はサーシャだ。魔法を発動した後、奴が邪魔しに来ないとも限らん」
「いくら先代の聖女とはいえ、魔法が発動してしまえば、止めることは不可能でしょう」
さっきから話している魔法って、一体何の話だろうか? この状況を何とか出来る方法があるなんて、用意周到というか、卑怯者というか……わたしが生き残って、これからも欲しいものが何でも手に入るなら、なんでもいいけどさ。
「……よし、ではヴァランタンの案を採用する。先方には、余から連絡する。そして……ルナよ、そなたに最重要な任を与える」
「最重要な任……ですか」
げっ、また面倒なことをわたしに押し付けるつもりでしょこれ! 外回りをするのも面倒だったのに、それ以上のことを求められるとか、たまったものじゃない!
「なに、そんな面倒なものではない。毎朝通っている結界魔法の部屋に行き、魔法を発動する……それだけのこと」
「魔法を? それだけでしたら、いくらでもしますが……わたし、先程からお話に出ている魔法について、何も知らないんですよ?」
「問題ない。この魔法は、昔から結界魔法の部屋に封印されているもので、余が事前に準備をしてから、聖女が魔力を流せば、自動で発動するものとなっている」
なーんだ、それなら簡単に済みそうじゃん。さっさと魔法を発動して、こんな危ない場所からとっととおさらばしちゃいましょ。
「では、私がルナを案内します」
「うむ。では、脱出の準備が完了次第、魔法を発動する。解散」
国王陛下の号令の元、わたし達は部屋を後にして、一度家に戻っていく。
こんな面倒な状況ではあるけど、新しい地では、どんな生活が待っているのか、今から少しワクワクしている自分がいるんだよね。
――そんな気持ちを抱えながら、わたしは家に帰って、貴重な宝石やアクセサリー、そして持てるだけのお金を鞄に詰め込んだ後、毎日通っている結界魔法の部屋へとやってきた。
この部屋には、この国を作った聖女の像と、床一面に広がる巨大な魔法陣以外に見るものが無い、つまらない部屋だ。
「既に外は暗くなってきたか……」
「明るい時間だと目立ちますし、丁度良いんじゃないですか?」
「うむ、その通りだ。さて、準備は良いか?」
「いつでもいいですわ、お義父様。それで……どうすればいいんですか?」
「今から準備をするから、しばし待て」
お義父様は、ポケットから禍々しい紫色の光を放つ石を、聖女の石像の胸元にはめ込んだ。すると、白い光を放っていた魔法陣の色が、紫色へと変化した。
あぁ……なんで聖女の胸元のくぼみあるのか気になってたけど、そういう用途なのね。あまりにも豊満で、平らなわたしに対しての当てつけかと思ってたけど、そういうわけではなかったんだ。
「これでよし。私が魔法陣から出たら、いつものように聖女の像に祈りを捧げ、魔法を発動するのだ」
「わかりました」
うまくいくか、ほんの少しだけ不安に思いながらも、わたしは魔法を発動する。すると、呼応するように魔法陣が光り輝き……一筋の光が、屋根を突き抜けて空高く伸びていった。
「うむ、成功だ。あとはこれに便乗して、この国を脱出するだけだ」
「それじゃあ、さっさと逃げましょう!」
もうこんな所には用はない……そう思い、鞄を持って部屋を出ようとしたが、見えない壁のようなものに弾かれてしまい、部屋を出ることが出来なかった。
「いったぁ……な、なに今の……? お義父様、なにか壁のようなものが……!」
「くくくっ……ご苦労だった、ルナ」
わたしは部屋を出れないのに、なぜか部屋を出てすぐの所に立っていたお父様は、まるで悪魔のような笑みを浮かべていた。
「お、お義父様? わたしをここから出してください!」
「それは無理だ、愛娘よ。貴様はそこで、朽ち果てるのだから」
「はぁ!? なにを意味のわからないことを言ってるのよ! 悪ふざけなんてしてないで、さっさと――」
ここから出せ。そう言おうと思ったが、それは叶わなかった。
何故なら、わたしの体からどんどんと魔力が無くなると同時に、全身を引き裂かれるような痛みに襲われたからだ――
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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