第六話 突然のハグ
「ほれ、クラージュ家の領地に着いたぜ。って、おーい?」
「すー……むにゃ……はっ!? は、はい!」
朝から聖女の力を使った疲労で眠ってしまっていた私は、無事にクラージュ家の領地の目前までたどり着くことが出来ました。外は夕焼けに染まり、美しくも少し物悲しい雰囲気になっております。
馬の力を借りてこれだけ時間がかかったのだから、私の足で向かっていたら、数日はかかっていたでしょう。その間は食料を調達しつつ、野宿をしないといけなかったと考えると、末恐ろしいですわ。
「悪いな、起こしちまって」
「い、いえ! お気になさらず!」
咄嗟に荷台の上で立ち上がってしまい、バランスを崩して倒れそうになってしまいました。うぅ、恥ずかしい……。
「おいおい、気をつけろよ。ほれ、この街道を真っ直ぐいけば、クラージュ家の屋敷だ。途中にある分かれ道を左に行くと、小さな町に行っちまうから気をつけな。何事もなければ、日が暮れる頃には到着するはずだ」
「わかりました。送ってくださり、本当にありがとうございました」
私は荷台から降りると、ここまで連れて来てくれたゴウ様に、深々と頭を下げました。
「礼を言うのはこっちだぜ。俺達を助けてくれて、本当にありがとう。何か困ったことがあったら、微力ながら力を貸すぜ! もちろん、何もなくても遊びに来てくれりゃ、村人総出で歓迎するぜ!」
「まあ、とっても心強いですわ!」
「ははっ、それじゃあ気をつけてな!」
とても元気のある挨拶を残して去っていくゴウ様の姿が見えなくなるまで、私は感謝を込めて頭を下げ続けた。
……行ってしまいましたわね。見た目は少し怖いお方でしたが、とても優しくて頼りがいのある男性でしたわ。もし機会があれば、ゆっくりとお話したいですわね。
「さあ、ここまで送ってくれたゴウ様の気持ちを裏切らないためにも、早くクラージュ家の屋敷に向かいましょう!」
私は広大な草原を前にして、ふんすっと気合を入れると、草原の中にある街道をズンズンと進んで行きます。
夕焼けに染まる草原はとても美しく、野生の羊や牛達が、体をほんのりとオレンジ色に染めながら、のんびりと草を食べていますわね。
「ふふっ……彼らを見ていると、緊張しているのが少し和らぎますわ」
高鳴っている胸に手を当てながら、少しだけ足を止めて彼らを眺めました。
苦しんでいる人がいるのかもと考えて、急いでクラージュ家に向かっておりますが、実際にクラージュ家がどうして私を探しているのか、私が行ったら何をされるおつもりなのか、全くわかりません。
そう考えてたら、緊張してしまって……駄目ですわね、もっとしっかりしませんと。
「……ここが、クラージュ家の屋敷ですわね」
いつの間にか辺りが暗くなってしまった頃、私は無事にクラージュ家の屋敷と思われる建物の前へと到着した。
私が住んでいたメルヴェイ家と比べると、敷地がかなり小さそうですけど、とても綺麗に整備されていて、好感が持てますわ。
「あの門の所にいらっしゃる警備の方に聞いてみましょう」
「む……? そこのあなた、クラージュ家の屋敷に何かご用ですか? こんな時間に、来客があるとは伺っておりませんが……」
「夜分遅くに失礼いたします。私の名はサーシャ・メルヴェイと申します。クラージュ家の方々が、捜索願を出して私を探していると伺ったので、急いで参りました」
「え……さ、サーシャ・メルヴェイ様!? しょ、少々お待ちを!!」
屋敷の門で警備をしていた男性のお二人は、大慌てで屋敷の中に入っていきました。
突然探している人物が来たら、驚くのも無理はありませんよね……なんて思いながら待っていると、先程の男性が戻ってきました。
「大変失礼ではございますが、その前髪で隠れている目を見せていただけませんか?」
「……はい」
あまり人様に見せたいものじゃないけど、この目を見せれば、皮肉にも私がサーシャ・メルヴェイだという証明にもなります。
「その赤い目……ようこそお越しくださいました! どうぞ、お通りください!」
彼らに連れられて、屋敷の入口に向けてゆっくりと進む。
道中にあった中庭には、沢山の植物がありますし、小さな噴水は魔光石と呼ばれる光を放つ石でライトアップされていて、とても綺麗ですわ。
「申し訳ございません。ただいまレナード様が取り込み中でして。すぐに伺うと思いますので、この部屋でお待ちください」
「わかりましたわ。ご案内していただき、ありがとうございます」
客室と思われる場所に招かれた私は、ソファの上に腰を降ろすと、自然と小さな溜息が漏れた。
レナード様……私に随分と冷たい態度を取るお方という認識しかございませんが、ちゃんとお話しを聞いていただけるでしょうか……不安ですわ……。
「レナードだ」
「どうぞ、すでに彼女がお待ちです」
ノックの音なんて、聞き慣れているもののはずなのに、体がビクンっと大きく跳ねてしまいました。
「えっ……」
部屋の扉が開くと、私が社交界でお見かけした時の、冷たい表情ではなくて……優しく笑うレナード様の姿がありました。
明るい紺色の髪と、私よりも頭一つ分ぐらい大きい彼から向けられる笑顔を見たら、一瞬にして胸が高鳴りました。同時に、稲妻が落ちてきたような衝撃を感じて……無意識に出た言葉が……。
「え……すきぃ……」
あまりにも小さな声過ぎて、自分でも言えているかわからないくらいの小声ではありましたが……私は一体何を口走っていますの!? ほとんど面識のないお方に、す、すす、好きだなんて……!
「あ、えと、そのー……お久しぶりでございます、レナード様。お元気そうでなによ――」
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
「……えっ??」
走って私の前に来たレナード様は、私のことを強く抱きしめ、喜びを爆発させておりました。
……?? い、一体何が起こっているのですか? どうしてレナード様に抱きしめられていますの? 意味が全く分かりませんわ……あ。でも嬉しいって気持ちもありますわ……じゃなくって!
「あ、あのっ!」
「ああ、これは失礼した! 久しぶりに会えたのがとても嬉しくて、つい興奮を抑えられませんでした!」
「こ、興奮って……失礼ですが、私そんなに再会を喜び合う仲でしたでしょうか?」
「当たり前じゃありませんか! 俺とサーシャ……ごほん。サーシャ様は、幼い頃に結婚の約束をした仲ですからね!」
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