第五十八話 罪滅ぼし
■ジェラール視点■
サーシャから多くの話を聞いた日の深夜、暗闇に支配されている私の部屋に、五人の使用人が集まっていた。
彼らはこの家で働く使用人の中でも古株で魔法の実力がある、信頼できる人間である。
「皆に集まってもらったのは、他でもない。近々、魔法研究所に囚われている者達を奪還するために、力を貸してほしい」
「ジェラール様、どうして突然そのような話を?」
「なに、未来に生きる若者たちが立ち上がり、国を良くしようとしているのに、年老いた者が動かないのは、あまりにも格好がつかないだろう?」
突然の命令に、使用人達は少々驚きはしたが、すぐに平静を取り戻した。
「このまま時が過ぎれば、民が騒ぎ始めるのも時間の問題だろう?」
「ええ……仰る通りですわ。わたくしの集めた情報によりますと、瘴気の被害が広がっている状況で、対処がうまくいっていないことで、各地で徐々に反政府の民が増えております。規模は各地で異なりますが、騒ぎも起きているそうです」
「それ以外にも……昔から、威張り散らしていた……貴族達への……不満も……集まっています」
ルナを動かすことで、民のために考えていると思わせようとしているみたいだが、結果的にサーシャが後始末をしていることで、不満が溜まるのは当然だ。
「奴らのことだ。近いうちに、これ以上面倒事を起こさないように、研究施設もろとも、実験体を殺し、情報の漏洩と隠ぺいを図るだろう。ご丁寧に、研究資料だけは持ってな。だが、騒ぎの鎮圧もしないといけないから、そこに人員を割かなければならないのも事実だ」
「その隙をついて、救助するのですね。彼らが生きていれば、国の騎士が襲ってきたと証言していただけるでしょう。しかし、我々が実験体を救助したことが知られれば……」
過去の対立が原因で、元々国家と仲が悪いうえに、レナードを保護する際に交わした約束を破るのだから、クラージュ家が国家の怒りを買うのは承知の上だ。私の命も危ういだろう。
だが、私だってただでやられるつもりはない。お師匠様の名前に泥を塗るわけにもいかないのでな。
「私は、君達がそのような失敗などしないと信じている。万が一失敗すれば、この家は無くなるかもしれないが、君達も、レナードも、サーシャも私が守る」
「……それでは……残された、レナード様の……気持ちは……」
「彼も立派に成長した。私がいなくても、サーシャとうまくやるだろう」
私は彼らに重圧ををかけたいわけではない。本当に、彼らなら失敗しないと信じている。
それに、レナードは病気が治り、心の底から信頼し、支え合うパートナーを見つけたのだ。私の親としての役目は、もう終わっただろう。
「それに、私も出向くつもりだから心配はいらない」
「ジェラール様も行かれるんですの?」
「当然だ。命令だけして、安全な場所でのうのうと過ごすつもりは無い」
本当なら、私一人で全て済ませたいが、研究所は一つではない以上、一度で全ての施設から救出をしなければならない。だから、彼らの力を頼らざるを得ないのが現状だ。
「ああ、言うまでも無いと思うが……これは極秘だ。特に、レナードとサーシャには知られてはならん。彼らのことだから、このことを知れば無理にでも協力を申し出たり、責任を感じたりするだろうからな。とにかく、今は攻め込むタイミングを得るために、情報収集を続けるように。話は以上……なにかあれば、また召集をかける」
『かしこまりました』
私の解散の合図と共に、彼らは静かに部屋を後にした。元々静かだった部屋には、私の呼吸音だけが響いている。
これで、少しは罪滅ぼしが出来るか……レナードとサーシャが生きるこの国の未来が、少しでも明るくなると良いのだが……。
****
「これは、一体何の騒ぎでしょうか?」
「わからない……」
レナード様が元気になり、再び聖女として各地を回るようになってから一週間後、とある町にやってくると、なにやら騒ぎが起こっておりました。
「現国王は退陣しろー!」
「民を瘴気から守らない国と、民を不幸にする現聖女を許すなー!」
「貴族達だけ裕福な生活をするなんてありえねーだろー!!」
なにやら大声で主張をしている方々は、国から派遣されている騎士が活動する、駐屯所に集まっているようですわ。
どうしてこのような騒ぎが起こっているのでしょうか。とりあえず、近づいたら危険そうなので、ここから離れた方が良さそうですわね……。
「ん? おいあれ……もしかして、各地を回っている聖女様じゃないか!?」
「銀色の髪に、赤い目……間違いないわ! この町にも、聖女様が来てくださったのよ!」
「あの人が話せば、堅物な騎士団にも話が通じるかもしれないぞ!」
「ひっ……!?」
「見つかったか。サーシャ、目を瞑って!」
突然のことに驚きながらも、言われた通りに目を瞑ると、暗闇の向こうで何かが眩く光っているのがわかりました。
「よし、今だ! サーシャ、舌をかまないように!」
「ひゃあ!?」
驚きの声や悲鳴が起こる中、レナード様は私を軽々とお姫様抱っこをすると、そのまま全速力で裏路地へとやってきました。
「ふう、ここまでくれば大丈夫だろう。サーシャ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですわ……ありがとうございます」
「なに、当然のことをしたまでさ」
「……えっと、とりあえず、降ろしてくださいまし」
身体的な疲労はありませんが、突然のお姫様だっこの影響で精神的に疲れましたわ……突然されるのは、相変わらず心臓に悪いです……。
「……もう少しだけ、こうしていたいんだけどな」
「そ、それは帰ってからでも出来るでしょう?」
「それもそうだね……よいしょっと。しかし、あの騒ぎは何だったんだ?」
「あの方々の言葉を聞いている限りでは、国への不満が溜まっている感じでしたね」
「まさか、研究所のことが民に知られた? さすがにそれはないか……」
仮にそれが正しければ、あの程度の騒ぎでは済まないような気がしますわね。それほど国がしている悪事は、酷いものですもの。
「治療の前に、少し情報収集をした方が良さそうですね」
「そうだね。この辺りに、何か情報に詳しい人でもいると良いんだが……」
「ここでこうしていても仕方がありません。手当たり次第に聞いてみましょう」
ここは幸いにも人通りが少ない場所なので、再び騒ぎになっても囲まれる心配が少なく、逃げるのは難しくない。そう考えた私は、手当たり次第に町の方に事情を聞いて回っていると、長いコートを着た男性から、思わぬ情報を聞けました。
「なんだ、あんたら知らないのか? この町を含めた色んな所で、騒ぎが起きてんだよ」
「どうしてですの?」
「知りたいのか? なら、それなりのものを出してもらわないとな」
「俺達を脅すつもりか?」
「滅相も無い。俺は情報を取り扱う仕事をしててね。必死に手に入れた情報を、対価も無しに渡したくないだけさ」
このお方は、情報屋だったのですね。一瞬、私達の身なりを見て脅してきたのかと思いましたが、早とちりだったようです。
「……いくらだ?」
「そうだな。金貨二枚でいいぜ」
「わかった」
「まいどあり。へへっ、これでしばらくは豪勢な飯にありつけるぜ」
情報屋なんて利用したことがないので、相場がどれくらいかは見当もつきませんが、これで今起こっていることの理由が知れるなら、価値のある取引だったでしょう。
「最近、各地で瘴気の被害が出てるだろ? いくつかの場所では全滅してるというのに、国がまともに対応しないのと、聖女が無能でちゃんと仕事をしていないせいで、野良の聖女が後始末をしてるって話だぜ」
なるほど、それで国から派遣された騎士団がいる駐屯所に、不満を溜めた多くの民が集まって抗議をしていたのですね。
それにしても、私のことも情報が出回っているだなんて……少し末恐ろしくなりますわ。
「このままいけば、遅かれ早かれ大騒動が起こるかもしれねえな」
「なるほど、貴重な情報、ありがとうございました。サーシャ、いこう」
ある程度の情報をもらったので、去ろうとした瞬間、彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべると……。
「大変だぁぁぁぁ!!!! ここに聖女がいるぞぉぉぉぉ!!!!」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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