第五十一話 覚醒した力
「終わったぜ。目を開けていいぞ」
彼女に言われて目をゆっくり開けてみましたが、見た目だけで言えば、自分の体に変化があるようには思えません。
しかし、その中身には確かな変化がありました。
「凄い、体に魔力が溢れてますわ……! これが、赤の聖女様のお力……!」
「あたしの力ってのは、少し違うな。聖女の中に眠る力の枷を外しただけだ」
「枷? ということは、この力は元々私の中に眠っていたということですか?」
「そういうことだ。特にサーシャの場合は特殊でな。余計に力を感じるはずだ。ほら、そこの湖で自分の顔を見てみな」
自分の顔なんて見て何になるのだろうと疑問に思いつつ、湖を覗き込むと、自分の変化に驚いてしまいました。
なぜなら、私の黒かった目が赤い目に変化していたのですから。
「魔法を使う時、やたらと疲れてただろ?」
「は、はい」
「さっきまでのサーシャは、赤と黒の魔力が混ざり合い、大きな負担になってたんだ。それに、魔力が反発を起こして、上手く魔法が使えない。こんな魔力を使っていたら、簡単にぶっ倒れる」
「ど、どうすればいいのですか?」
「心配はいらない。枷を外すと同時に、サーシャの中に流れる黒の魔力を全て赤にしたからな。だから両目が赤くなったんだ。ほれ、試しに魔法を使ってみな」
私が魔法を発動させると、体から一瞬にして大量の魔力が溢れ出ました。その量は凄まじく、まるで強風のように辺りの植物を揺らすほどでした。
「どうだ?」
「全然疲れておりませんわ! それに、いつも通りに魔法を使っただけなのに、これほどの出力になるなんて!」
「魔法の出力に関しては、あたしが枷を外したからだな。聖女の中には、解放した力に耐えきれないのも多いってのに、大したもんだ。疲労も、原因だった黒の魔力をどうにかしたから、早々疲れないはずさ」
えっ……? それって、もしかしたら私も、もし耐えきれてなかったら、この場で……うぅ、うまくいったのですから、考えるのはよしましょう。
「あの、先程仰っていた、赤と黒の魔力とは、なんなのですか?」
「名前から分かる通り、赤があたし、黒が姉貴の魔力のことだ」
「私には、赤と黒の二つの魔力があったということですか?」
「そうだ。普通ならありえないけどな。サーシャは色々と特別なんだ」
簡単に特別と仰いますが、そんな都合の良いことが起こるのでしょうか? 正直に申し上げると、違和感しかございませんわ。
「どうして私は、赤と黒の魔力があるのですか?」
「……説明しても良いけど、かなり胸糞の悪い話になるぞ。それでもいいか?」
「そ、そんなに酷い理由なのですか?」
「見てただけのあたしですら、あれは苛立ったくらいだからな。それくらい、サーシャの過去は色々あったんだ」
「わ、私の過去!?」
そうか、彼女は世界の監視者であり、世界で起きたことを記録していたと仰っておりましたわ! なら、私の失った過去についてご存じでも、おかしくありません!
「お願いします、私の過去を教えてください! 私……昔のことが思い出せなくて……!」
「知らなくてもいいものってのは、世の中にはあるもんだぞ?」
「いえ、知りたいのです!」
「……そこまで言うなら……わかった。じゃあ見せてやろう」
彼女が指をパチンと鳴らすと、先程までの美しい自然が広がっていた景色が、一瞬にして変化しました。
ここは、どこかの漁村でしょうか……なんだか波の音と磯の香りが、とても心地いいですわ。
「これは、あたしの記録した当時の光景だ。この小さな漁村で、サーシャは育ったんだ」
「これが、私の故郷……」
何の変哲もない、田舎の漁村だというのに……この光景を見ていると、胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚えます。
この気持ちは、懐かしいと思う気持ちなのでしょうか? それとも、失った過去を目の当たりにして、失ったものの大きさに悲しんでいるのでしょうか?
……自分の気持ちなのに、自分がわからないだなんて、おかしな話ですわ……。
「この村の人間は、決して外界とは関わらず、漁と狩りで生計を立てていた」
「レナード様の村も、同じ様な感じでしたわ。そういう村は普通なのですか?」
「いや、レナードのところは金銭面の問題が大きかったが、この村は全く違う。ほら、村人たちをよく見てみな」
彼女の魔法で映しだされた過去の光景には、この村で生活している人々の姿が映っている。
がっしりしている方や、スラッとしている方、小柄な方や大柄な方……多種多様な方がいらっしゃいますが、唯一共通しているものがございました。
「目が、皆様赤いですわ……」
「そう。この村の人間は、全員があたしの子孫なんだ。外の世界に出ると、姉貴が流した嘘のせいで迫害されるから、自分達だけで生活していたんだ」
迫害……私も片目が赤いせいで、沢山陰口を言われたり、時には暴力を振るわれたりしましたわ。
元をたどれば、黒の聖女様の流した嘘が発端なのに……黒の聖女様の言葉の力が凄いと思うべきか、それとも思いこみの力が恐ろしいと思うべきか、難しいところです。
「ほら、そこの小屋に行ってみな」
「わかりまし……きゃっ」
「大丈夫か? これは過去の記録だから、あたし達には触れることは出来ないぞ」
小屋の扉を開こうとして、ドアのノブに手をかけた瞬間、手がドアノブをすり抜けてしまい、つんのめりそうになってしまいました。危ない危ない……。
『うっ……うぅ……痛いよぉ……』
『ほらリュミエール、そんなに泣かないの。ほら、お母さんが治してあげるから』
「……この方達は……」
小屋の中に入ると、そこでは短い銀色の髪の女の子が、長い銀色の髪の女性にあやされていました。どうやら膝をすりむいて、泣いてしまっているようです。
「この女の子、なんとなく私に似ているような……」
「そりゃそうだ。この子は幼い頃のあんたなのだから」
「わ、私!? でも、この子の目は両目が赤いですし、名前も……」
「君の目が黒くなったのは、この後の出来事で黒の魔力を手に入れてしまった影響だ。名前が違うのは、サーシャを引き取ることが決まった際に、メルヴェイ家の家長がつけた名前だからさ」
なるほど、だから名前が違うのですね。ということは、このお方が私のお母様で間違いないということですわ。
『はい、治ったわよ! もう痛くないでしょう?』
私の、本当のお母様……笑顔がとても素敵で、優しそうなお方ですわ。思い出せないはずなのに、お母様を見ていると、嬉しさと切なさで涙が溢れそうになります。
『うんっ! ママの聖女様の力は、本当に凄いね!』
『そうよ、ママの力は凄いんだから! な~んてね。きっとリュミエールはママよりも凄い聖女様になれるわ!』
『本当に!? えへへ、わたしもママみたいに凄い聖女様になって、沢山の人を助けたいんだ!』
幼い私の言葉は、まるで今の私のの支えになっている誓いみたいなものでした。この頃から、私の支えになっていた願いや想いは、同じだったのですね……。
「この親子はとても平和に過ごしていた。だが、その幸せは長く続かなかった……」
再び彼女が指を鳴らすと、場面が切り替わりました。場所は先程と同じ漁村だったが、村は業火に焼かれ、逃げ惑う村人達は武装をした人間達に、次々と蹂躙されていました――
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