第四十一話 感激
「ふう、少し疲れましたわね……」
無事にレナード様のパーティーは終わり、片付けが行われている中、私は自室のテラスでゆっくりとお茶を飲んでいました。
もう少ししたら、レナード様が戻ってくる頃合いです。そうしたら、二人でゆっくりと過ごしながら、用意したプレゼントを渡すつもりですの。
「はぁ……はぁ……待たせたね、サーシャ」
「レナード様、そんなに息を切らせて……もしかして、走って来られたのですか?」
「そうだよ。今日はなにかと忙しかったから、少しでも君と過ごす時間を増やしたくてね!」
私の隣に腰を下ろしたレナード様は、使用人に差し出されたお茶で喉を潤しました。
「あ、もしかしたら汗で臭うかもしれない! まさか、特製の長椅子にしたのが失敗だったか!?」
レナード様の仰る特製の長椅子とは、私となるべく密着するために置かれた、横に長い椅子のことですの。それに合わせて、置かれているテーブルも丸ではなく、横長の形です。
普通はテラスに置くテーブルは丸ですし、椅子も至って普通の椅子を使うのが一般的なので、事情を知らないお方が見たら、首を傾げるかもしれませんね。
「大丈夫ですよ。臭いませんし、レナード様の汗の臭いでしたら、なにも問題ございません」
「しかしだな……君に不快な思いをさせないかって、気になってしまうんだよ」
「ではお聞きしますが、もし私が汗の臭いがしていたら、レナード様は嫌ですか?」
「嫌なものか! 念入りに鼻で記憶してから、可能なら君の汗を――ごほん、なんでもない」
……今、なんだか物凄い発言が出てきていたような気がしますが……きっと気のせいですわよね。気のせい……うーん、レナード様のことですから、気のせいじゃないですわね。
まあ、そういうちょっと変わったところも含めて、レナード様を愛しているので、問題はございません。
「レナード様。私はこれで失礼します。なにかございましたら、部屋の外にいる私にお声がけくださいませ」
「ああ、お茶ありがとう。とてもおいしいよ」
「お褒めにあずかり至極光栄でございます。では、どうぞごゆっくりお過ごしください」
使用人はペコっと頭を下げると、静かにその場を後にしました。
残された私達は、仲良くお茶を飲んで、一息を入れました。変な所で息がぴったり合うようになってきています。
「レナード様、本日はお誕生日、おめでとうございます。ゆっくりとお伝えする時間がなくて、こんなに遅くになってしまって、申し訳ございません」
「ははっ、早くても遅くても、君のお祝いの気持ちには違いないだろう? だから嬉しいよ、ありがとう! 君のおかげで、今年の誕生日パーティーは、とても特別なものになったしな!」
「本当でございますか? パーティー中、お隣で多くの方々に挨拶をしましたが、私を良い目で見ておりませんでしたわ」
私の悪魔の子の象徴である赤い目は、前髪で隠して見えにくくしているとはいえ、完璧に隠せているわけではないので、近くで見れば気づかれてしまいます。
それに、元々私のことを知っているお方もいらっしゃるので……大方の予想通りな感じになりましたわ。
「彼らは見る目がない、可哀想な人達だからね。まあ、君の美しさや優しさを一番知っているのが俺というのは、何とも言えない嬉しさはあるな!」
「もう、レナード様ったら……」
嬉しさと恥ずかしさでモジモジしながらも、自然と私はレナード様にぴったりとくっつきました。すると、レナード様は私の顔を見ながらニコッと微笑むと、そのまま肩を抱いてきました。
「ああ、幸せだな……義父上や屋敷の皆、そして世界一愛する人が祝ってくれる誕生日なんて、生まれて初めてだ。こんな幸せは、このまま終わらないでいてほしい……」
「大丈夫ですよ、レナード様! 幸せな日々は、これからも一緒に作っていけばよいのですから!」
「サーシャ……」
「来年のお誕生日は、きっともっと素敵な日になると思います!」
「……ああ、そう……だね。うん、サーシャの言う通りだな」
レナード様は、一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべてから、すぐに笑顔を私に向けてくださいました。
……さっきの表情、前にも見たことがあります。どうしてレナード様は、たまにそんな寂しそうな顔をするのでしょうか……?
「ん? どうかしたのかい、そんなにジッと見つめて」
「あ、いえ! その……今日のレナード様も、カッコいいなと思ってました」
「ふぐぁ!?」
まるで何かに攻撃されたような悲鳴を上げながら、プルプルと震えだすレナード様。きっと、私が褒めてしまったことで、いっぱいいっぱいになっているのでしょう。
「サーシャが俺をカッコイイと……やはり今日は、幸せな日だ……」
「……その幸せを、もっと幸せにしてみませんか?」
「それは、どういう――」
「はい、どうぞ」
ずっと機会を見計らい、ここだと思った私は、用意しておいたプレゼントを、レナード様に手渡しました。
「お誕生日プレゼントですわ」
「…………」
あ、あら……? レナード様なら、もっと大喜びしてくださると思っていたのですが、完全に固まってしまっております。
もしかして、今度こそお気に召してもらえなかったのでしょうか!? うぅ、やはり急いで用意したのは、間違いだったのでしょうか……。
「あけても、いいかい?」
「は、はい……」
レナード様が小さな箱を開けると、そこには私が用意したレースのハンカチが入っています。
「このハンカチは……そうか、彼のお店に行ってきたんだね」
「はい。ハンカチは、婚約の証と言われているので、プレゼントに最適かと思いまして」
「……イニシャルが刺繍されてる……これはもしかして、サーシャ・クラージュか?」
「えっ? どうして私のイニシャルが……それに、なぜメルヴェイじゃないのでしょう?」
「おそらく、あの店の職人がサービスで入れてくれたんだろう。恋人のハンカチに、自分のイニシャルを入れる習慣は、実際にあるからね」
イニシャルには、そんな意味が込められていたのですね。
でも、いつの間にそのようなものが……あ、そういえば! 品を受け取る前に、職人様が微調整と仰っていましたわ! その時に、手早くこの刺繍を入れたと考えると、つじつまが合います!
「そうか、ふふっ……そうかぁ……ぐすっ」
「レナード様、泣いておられるのですか……?」
「す、すまない……嬉しすぎて、感情と言葉が迷子になってしまってね……ははっ……人って、嬉しすぎると涙を流すことしか出来ないんだな……」
そこまで喜んでもらえるなんて、急いで準備をしたかいがありましたわ……あ、あれ? なぜか私まで涙が……。
「サーシャまで泣いちゃってるじゃないか。ほら、このハンカチで拭いて」
「それはあなたにプレゼントしたのですよ? 私に使ってはいけませんわ」
「それなら一緒に使おうじゃないか」
どういうこと? と聞く前に手を取られ、そのまま一緒にハンカチを持たせられると、私の頬を流れる涙を拭いてくださいました。
「この愛がたっぷり詰まったハンカチを使っての、初めての共同作業だね」
「レナード様……」
「ありがとう、サーシャ。このハンカチ、一生大切にするよ。そして、君も」
「私も、あたなを一生大切にしますわ」
私達は、見つめ合いながら自分の気持ちを伝えて……どちらからともなく顔を近づけ、そのまま唇を重ねました。
私もレナード様と同じで、とても幸せですわ。こんなに幸せが、ずっと続けばいいのに……。
「ふう、しまった……浮かれすぎて忘れるところだった」
「忘れ物ですか?」
「ああ、君に渡すものがある」
「え? 私?」
レナード様は、私の前で片膝をついて、小箱を私に差し出すと、その箱をゆっくりと開ける。中に入っていたのは……綺麗な指輪だった。
「お誕生日おめでとう、セレーナ。まだ少し早いけど、婚約指輪だよ」
「え? ええ??」
「驚くのも無理はないよね。とりあえず、つけてごらん」
言われるがまま、されるがままに動き、無事に指輪を左手の薬指につけることができました。
サイズもピッタリで、キラキラしていてとても綺麗……で……わた、わたし……!嬉しいです……!
「大丈夫か?」
「はい……」
――結局、十分くらいはうれし泣きをしてしましました。その間、レナード様は、良かったねと言いながら、頭を撫でてくれました。
「ありがとうございます。落ち着きました」
「そうか、よかったよ」
「どうして誕生日をご存じだったのですか?」
「幼い頃の君に、教えてもらったんだよ」
「わ、私が?」
「覚えてないかい?」
「はい……その、自分の誕生日が今日だということすら、覚えていませんでした」
自分の誕生日なんて、祝われた経験が無いから、気にしておりませんでしたが、よく考えたら、いくら昔のことを覚えていないからって、普通は自分の誕生日まで忘れたりするでしょうか……?
……駄目だ、いくら思い出そうとしても、思い出せる気がしません……!
「ぐっ……」
「どうした、サーシャ?」
「なんとか昔のことを思い出そうとしたのですが……どうしても思い出せなくて……」
「無理に思い出す必要は無いさ。今の俺達にとって大切なのは、過去じゃなくて今とこれからなんだから」
「レナード様……」
「サーシャ。愛しているよ」
「私も、愛しておりますわ」
そのまま私達は顔を近づけてキスを交わし、互いの愛を確かめ合いました――
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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