表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/69

第二十九話 お年を召した、大魔法使い

「なっ……」


 話を切りだした男性を筆頭に、聞き耳を立てていた周りの方々から、どよめきが起こります。


 きっと皆様は、私が脅しに屈すると思っていたのでしょうね。あまり私をみくびらないでほしいものです。


「お金や権力ばかりに目がくらんで、聖女の役目を富裕層や権力者達にしか聖女の治療をさせない、あなた方のお願いなど聞かないと申し上げているのですわ」

「い、言いがかりだ! 我々や聖女は国を守っているというのに、まるで悪者のような言い方ではないか!」

「聖女自体は悪いものではございませんわ。それを管理する者や、利用して利益を得ている者が悪いとお伝えしておりますの。あまりペラペラと話していると、墓穴を掘るだけですわよ?」

「……ちっ!」


 さすがに分が悪くなった男性は、そそくさと会場の隅っこに移動した。その時に、会場の中から、彼を嘲笑する声や、私の偉そうな態度への陰口が聞こえてきた。


 ここでもっと色々と言ってもよかったのですが、これ以上はレナード様やジェラール様にご迷惑がかかってしまいそうですから、素直に身を引いてくれて良かったですわ。


「サーシャ、大丈夫か?」

「はい。お見苦しい所を見せてしまい、申し訳ございません」

「いや、ガツンと言ってくれてスッキリしたよ。義父上もそう思いますよね?」

「そうだな。ああいう人間は、反発しないとつけあがる。彼には良い薬になっただろう」


 よかった、どうやらお二人共怒ってはいないようです。私のしたことを考えれば、怒られてもおかしくなかったので、ホッと一安心です。


「レナード、サーシャ。気を取り直して、このパーティーの主役にご挨拶に伺うとしよう」


 そういえば、このパーティーの主催者にご挨拶をしていませんでしたわ。つい熱くなってしまい、頭から抜け落ちていました。


「失礼します、アレクシア様」

「おや、その声に魔力は……ジェラールではないか。今日はわざわざ来てくれて、ありがとう」

「なにを仰いますか。お師匠様であるあなたのお誕生日を祝したこのパーティーに参加できて、光栄の至りです」


 このパーティーの参加者の中で、車いすに乗っていたご年配の女性に、深々と頭を下げるジェラール様。


 このお方が、今日のパーティーの主催者のようですね。随分とお年を召しているようですが、それより気になったのは彼女の視線です。


 声をかけるまで私達のことに気づいていないようでしたし、視線がどうにも定まっておりません。声で誰かを判別していたのも加味すると、彼女の目は既に役目を終えて、長い休息に入っているのでしょう。


「……お師匠様?」

「ああ、アレクシア様は義父上の魔法の師匠でね。この国ではその名を知らないくらい、有名な大魔法使いなんだよ」


 そんな凄いお方なのに、存じ上げていないだなんて……いくら幼い頃は教会にいた影響で俗世に疎く、聖女の仕事が忙しくて情報を得る暇がなかったとはいえ、さすがに失礼すぎますわよね……。


「レナードも一緒なのかい? 随分と声が大人になった」

「ご無沙汰しております、アレクシア様。今日はアレクシア様に、ご紹介したい人がおりまして」

「紹介? そなたの隣にいる者のことか?」


 そう仰りながら、アレクシア様は私の方へと顔を向ける。それだけで、彼女の凄みのようなものを感じて、私はピンっと背筋を伸ばしていました。


「この魔力……そなたは聖女でもあり、悪魔の子でもあるのか」

「さすがお師匠様、すぐにお分かりになられたのですね」

「当然だ。体はほとんど朽ちてはおるが、魔法に関してはまだまだ若い者には負けん。彼女から、昔に出会った聖女や悪魔の子と同じ魔力を感じるよ」


 お会いして一分も立たないうちに、聖女と悪魔の両方を言い当てるだなんて……さすがはジェラール様のお師匠様ですわね。


「はじめまして、アレクシア・グランダール様。私はサーシャ……サーシャ・メルヴェイと申します」


 アレクシア様に深い敬意を表すように、私は深々と頭を下げました。


 一瞬、自分の家名を素直に伝えるか迷いましたが、レナード様やジェラール様がお世話になっているお方に、嘘をつくわけにはまいりませんわ。


「ほう、そなたがサーシャ・メルヴェイ……レナード、彼女が幼い頃から探していた、運命の人かね?」

「覚えていてくださったのですか!?」

「当然だろう。教え子の子供であるそなたは、ワシにとって孫のようなもの。孫の言っていたことを忘れる程、ワシは耄碌(もうろく)しておらんよ」

「ありがとうございます! 今日は良い機会でしたので、ぜひサーシャを紹介したかったのです!」


 昔から良くしてくれていたとお聞きしていましたが、レナード様とアレクシア様は、私が思っていたよりも親交があったみたいですわね。

 今のレナード様は、まるでお祖母様と楽しげに話す孫みたいで、とても微笑ましいです。


「想い続けていれば、いつか必ず報われる……アレクシア様の仰ったとおりでした!」

「うむうむ、そうだろう。どうだい、念願の彼女と出会えた感想は」

「最高ですよ! もう彼女とは結婚を約束していて、アレクシア様にもぜひご出席してほしいと考えてまして!」

「おやまあ、そこまで進んでいたのかい。式はいつ上げるんだい。明日? それとも明後日?」

「申し訳ございません。私がまだ十七歳なので、すぐに式はあげられないのです」

「そなた、そんなに若かったのかい? なら、軽く法を変えて来ればいいじゃないか」


 ……もしかして、レナード様の色々と凄い考え方って、アレクシア様の影響だったりするのかしら……それとも似た者同士、気が合うのかもしれませんわ。


「お師匠様、義息子と義娘をあまりからかわないでくださいませ」

「これくらいしか、老い先短いワシには楽しみはないのでな」

「そんな、寂しいことを言わないでください」

「ありがとう。だが、ワシも今年で九十……あまりにも長生きしすぎた。体もボロボロで、来年まで生きていられるかどうか……だから、生きているうちに式を見ておきたくてな」


 お年を召しているとは思っておりましたが、想像以上にご高齢で驚きました。それと同時に、私達の式をお見せするのは、難しいと思わずにはいられませんでした。


 そんな中、レナード様は……いやっ! と前置きを置いてから、アレクシア様の歴史という名のシワが刻まれた手に、そっとご自身の手を乗せました。


「アレクシア様! 想い続けていれば、いつか必ず報われる……でしょう!」

「……ふっ、出会った時は鼻垂れ小僧だったのに、言うようになったわい」

「なにかあったら、私が診ますからご安心ください!」


 ……あっ、自分に悪魔の血が流れているのに、相手の許可を貰わずに治療するとか啖呵を切ってしまいましたわ……完全に早計でした。


「国のお抱えの聖女が、勝手に決めていいのかね?」

「私がお抱えの聖女だったことをご存じなのですか? えっと、今の私はそこ座を降りて、自由な身なのです」

「なんだ、そうだったのかい? 世間のことには疎くてね。なら、なにかあった時に診てもらおうかね」


 そう言うと、アレクシア様は使用人から渡された水を一杯飲んで、ぷはーっ! っと、まるでエールを一気飲みした人みたいに、とても豪快に飲み干しました。


 そんな飲みっぷりよりも、私は気になることがございます。それを聞かないと、後々で面倒になってしまうかもしれませんから、ちゃんと確認をしましょう。


「豪快に飲む癖は、相変わらずですね、お師匠様」

「昔からの習慣だからな」

「……あの、お一つよろしいでしょうか?」

「なんだね?」

「私は……ご存じの通り、聖女であり、悪魔の子の血が流れています。実際に、私の片目は真紅に染まっております。そんな人間に、あなたの治療を任せても良いのですか?」

「ダメな理由がなにかあるかね?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「ワシの目はこんなだが、人を見る目……じゃなくて、魔力は持ち合わせておる。そなたが悪人ではないのは、最初から分かっておる」


 アレクシア様は、ニカッと笑ってそう仰ると、私の頭を優しく撫でてくださいました。


 ただ撫でられているだけなのに、このお方の撫で方は特別なのでしょうか? なんだか、心がポカポカするというか……嬉しいような、恥ずかしいような……不思議な気分ですわ。


「そなたの人柄がよさそうで、安心したわい。これからも、レナードのことをよろしく頼むぞ」

「は、はい! 必ずレナード様と幸せになります!」


 私が堂々と宣言をすると、レナード様は滝のような涙を流して、喜びを爆発させておりました。相変わらず、私からの愛情には弱いみたいですね。とても可愛いです。


「さあ、そろそろパーティーが始まる。ワシは挨拶をせねばならんから、適当にくつろいでなさい」

「わかりました、お師匠様。また後で」

「失礼します、アレクシア様」

「失礼しますわ、アレクシア様」


 三人がそれぞれ頭を下げると、踵を返して歩きだした――その直後、背後からドスンっと、なにか落ちたような音が聞こえてきた。


「な、なんの音……えっ!?」


 音の発生源の正体……それは、アレクシア様が車いすから前のめりに倒れた音でした――

ここまで読んでいただきありがとうございました。


少しでも面白い!と思っていただけましたら、モチベーションに繋がりますので、ぜひ評価、ブクマ、レビューよろしくお願いします。


ブックマークは下側の【ブックマークに追加】から、評価はこのページの下側にある【★★★★★】から出来ますのでよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ