第二十五話 義父の愛情
「レナード様! 本当に申し訳ございませんでした!!」
「ど、どうした急に? ほら、頭を上げて!」
ジェラール様の私室を出て、私達の部屋へと戻って来て早々に、私は謝罪をしながら土下座をしようとしました。もちろん、レナード様に止められてしまいましたが……。
「私は……レナード様の気持ちも考えずに、勝手に二人でこの家を出ていくようなことを言ってしまいました……!」
「なんだ、そんなことかい? 俺はちっとも怒ってないよ。それどころか、あんな状況でも自分の意志を貫き通した君に、敬意を感じていたくらいだ。そうじゃなきゃ、君についていくなんて選択なんてしないで、ここに残っていたよ」
慰めてもらえるのは嬉しいですが、私があの場でレナード様の気持ちを聞けばよかったのに、それをしなかった自分の気の利かなさが許せなく、同時に申し訳なさに苛まれてしまうんです。
「結果的に義父上に認められたのだから、よかったじゃないか! だから、自分を責めるようなことはする必要は無い! はい、この話はこれでおしまい!」
「レナード様……」
本当に、どこまでも優しくて気遣いが素敵なお方ですわ。
出会った時の頃は、いまだに思いだせませんが、きっとこの優しさに幼い私は惹かれ、思い出せなくなっても好きという気持ちが残ってたのですね。実際に、今の私がレナード様の優しさにメロメロですもの。
「ありがとうございます。少し元気が出ました」
「それはよかった! それじゃあ、久しぶりに俺達の部屋に帰ってきたわけだし、ベッドの上で愛を囁き合おうじゃないか!」
「えぇ!? えと、その……嫌では無いのですが……心の準備が……」
「大丈夫、俺がリードするか。さあ、こっち――にっ!?」
「レナード様!?」
先にベッドに座り、美しい笑顔で私を迎えようとしていたレナード様は、突然険しい表情に変わり、脂汗まで流れ始めておりました。
「こんな時に腹痛だと……すまない、ちょっとお手洗いに行ってくる!」
「い、いってらっしゃいませ」
大丈夫か確認する前に、レナード様はまるで風のように、颯爽と去っていってしまいました。
レナード様、大丈夫でしょうか……あれだけ機敏に動けているなら、心配はいらないでしょうが……。
****
■レナード視点■
「ごほっごほっ!! はぁはぁ…かはっ!」
発作が起こってしまった俺は、サーシャに嘘をついて彼女の元を離れ、この時間には人がいない中庭に着くや否や、大きく咳き込んでしまった。
今回のはかなり酷いようで、まともに息が出来なくなるのが、何分も続いた。
「ぜぇ……はぁ……また増えているな……」
口を押さえたハンカチには、前回の発作の時よりも多くの血が付着していた。
「冗談じゃない。やっと色々と軌道に乗り始めたんだ……こんなものに、邪魔されてたまるか」
いつも常備している薬を飲んで、少しずつ症状が収まってきた。このままここで少し休んだら、サーシャの元に戻るとしよう。
「…………」
「レナード、こんな所にいたのか」
「義父上?」
考え事をしながら、屋敷の壁に寄りかかって夜空を見上げていると、義父上が俺の元へとやってきた。
「大丈夫か?」
「おかげさまで……と言いたいのですが、徐々に悪化していますね」
「そうか。レナード、これを」
「これは?」
「出先で手に入れた、珍しい薬だ。薬師が言うには、君の症状を抑えてくれる代物らしい」
義父上が渡してくれた小さな麻袋には、指先よりも小さな丸薬が、びっしりと入っていた。
「お気持ちは大変ありがたいですが、高かったのではありませんか?」
「金の心配など不要だ。君が元気になる可能性が僅かでもあるのなら、金など惜しまん」
「義父上……ありがとうございます」
義父上は、俺の抱えている問題を存じている。そのうえで、俺が自由に行動することを許してくださっているし、遠方から帰ってくると、こうして高価な薬を買ってきてくれる。
「ところで、このことは彼女には伝えているのか? もしかしたら、彼女なら治せるかもしれない」
「伝えるつもりはありません。そんなことを知ったら、彼女は悲しみますから。それに、サーシャでも俺を治すことは不可能ですから」
「……だが、後で知ればもっと悲しみ、後悔するんじゃないか?」
「かもしれません。ですが、タイムリミットに怯えて過ごすより、知らないで幸せに生活するほうが、良いと思うんですよ。俺の治療で時間を割くわけにもいきませんしね」
「……まあ君が決めるなら、とやかく言うつもりは無い」
そう言うと、義父上は懐から葉巻を取り出し、慣れた手つきで準備をしてから、魔法で葉巻に火をつけた。
「……こうして二人でゆっくりするのは、本当に久しぶりだな」
「そうですね。互いに空いた時間が重なることが珍しいですものね」
俺はそこまで忙しくないとはいえ、義父上はクラージュ家の家長として、家を長期的に開けることは多い。たとえ家にいられたとしても、別の仕事に追われているため、ゆっくりした時間を取るのが難しい。
「ああ。ふふ……星を眺めながら葉巻を吸っていると、君を引き取った日の夜を思い出す。あの日も、星が綺麗な夜だった」
「懐かしいですね。あの時の俺は、可愛げのない子供でした。そのくせ、サーシャのことを話しだすと、やたらと饒舌になっていたと記憶しております」
「君の境遇を考えれば、仕方のないことだろう」
「……義父上、ずっとお聞きしたかったのですが……どうしてあの日、俺を拾ってくださったのですか?」
俺は長い間気になっていたが、いつの間にか聞く機会を失っていた質問を投げかけると、義父上は大きく煙を吐いてから、答えてくださった。
「初めて会った君は、あまりにもボロボロで、周りの者全てが敵と認識していたな。そんな君を放っておけないと思うと同時に、これはきっとこの国を作った原初の聖女様が、子供に恵まれなかった私達夫婦への、贈り物だと思ったのだ」
「…………」
「だが、いまだに考えることがある。本当に、君を引き取ったのは、君にとって良かったことなのかとな」
いつもと変わらない、落ち付いた話し方。だが、義父上の横顔は、どこか愁いを帯びているような印象が感じられた。
「貴族の世界というのは、汚い欲望が渦巻く世界だ。そんな所に君を巻き込んでしまって、本当に良かったのだろうか。どこか平和な場所に送った方が、君は幸せになれたのではないか。そんなことを、色々と考えてしまうのだよ」
「義父上、俺はクラージュ家で育って、心の底から良かったと思っています。俺は義父上から、今日まで沢山の愛情をいただきましたし、義母上からも、亡くなる直前まで沢山の愛情をいただきましたから」
「……そんなことを言ってもらえるなんて、親冥利に尽きるというものだ。きっと彼女も、空の上で喜んでいるだろう」
「……義母上……」
俺の義母上は、俺がこの屋敷で生活するようになってから半年後に、病でこの世を去っている。
元々体が弱い方で、俺が来た時には、既に一日の半分以上をベッドの上で過ごしていた。後から聞いた話だが、もう聖女でも治せないくらい、酷い状態だった。
そんな状態でも、義母上は俺のことを深く愛し、自分に残された時間を全て俺に注いでくれた、偉大な母だ。
「あまり外にいて、体を冷やすのも良くない。そろそろ戻るといい」
「最後に、一つだけお聞かせくださいませんか?」
「なんだ?」
「先程、俺達を試した時の脅しに、わざと穴を作りましたよね?」
「ほう、穴とはな。言ってみろ」
ここで休みながら、ずっと考え事――義父上が俺達を試した内容にあった、穴についてを淡々と話し始めた。
「あなたの脅しの中には、俺達を無理やり別れさせようとする魂胆がありました。なのに、俺と絶縁をして、遠い地に追いやる形を取ったのは、少々不自然です」
「なにが不自然なのだ? 言うことを聞かない人間を追放するのは、当然だろう」
「確かに。しかし、縁を切ればあなたに従う必要が無くなる……つまり、外の世界でサーシャと合流し、俺達が結ばれても、どう行動しようとも、何の文句も言えない立場になるのは、義父上ならお分かりだったのでは?」
「…………」
義父上は、何も答えずに葉巻を楽しんでいた。その沈黙は、俺の言葉が間違っていないことの表れでもあった。
「質問は終わりか? なら、早く戻るといい。サーシャがお前を待っている」
「はい。義父上……本当にありがとうございます」
俺は義父上に別れを告げて、愛しのサーシャが待つ部屋に向かって歩き出す。
……本当に、俺は幸せ者だ。こんなに幸せにしてくれたサーシャや義父上には、残り短い命の全てを使って、恩返しをしないといけないな。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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