第二十三話 威厳のある当主
「サーシャ、着いたよ」
「ふぇ……?」
優しく体を揺らされて目を開けると、レナード様の優しい笑顔がありました。
レナード様の子守唄のおかげで、驚くほど快眠でしたわ。おかげで、疲れがだいぶ取れたような気がします。
……でも、こんなにぐっすり眠ったら、今晩は眠れそうもありませんわね……これがお昼くらいの時間ならよかったのですが、すでに外は暗くなっております……。
「お疲れ様でした。足元に気をつけてお降りくださいませ」
「はい」
屋敷を出発してから、それほど日数が経ったわけではありませんのに、不思議と久しぶりに帰ってきたかのような感覚ですわ。
「おかえりなさいませ、レナード様。初めての治療はいかがでしたか?」
「サーシャの治療は完璧だったよ! それどころか、治療中に常に患者に気を使っていて、見ているだけでも学びがあった! 皆にも見せてあげたかったくらいだ!」
「れ、レナード様……恥ずかしいですわ」
いつものこととはいえ、そんなに褒め殺しにされてしまうと、嬉しくも照れてしまい、どうすればいいかわからなくなってしまいますわ……。
「…………」
なにか視線を感じた私は、そちらに顔を向けると、以前私の悪口を言っていた使用人達が、物陰から私を見ながら、ヒソヒソと何か話をされていました。
大方、今日も私の悪口を言っているのでしょう。仕事をせず、出迎えもしないで私の悪口を言っているなんてことがレナード様にバレたら、大変な気がするのですが……。
いくら私のことを嫌ってるとはいえ、私が原因で彼女達が叱られるのは、あまり良い気はしません。見つかる前に、早く中に入りましょう。
「レナード様、少々疲れてしまったので、屋敷の中で休みませんか?」
「そうだね、気が回らなくてすまなかった! 俺が部屋のベッドまで運んであげよう!」
「じ、自分で歩けますから! って……きゃあ~!?」
私の言葉も虚しく、レナード様は私を軽々と持ち上げて、そのまま屋敷の中へと入っていった。
こ、こんな多くの使用人の前でお姫様抱っこをされるなんて、恥ずかしすぎますわ!
お姫様抱っこ自体は、その……正直に申し上げると嬉しいのですが、時と場合は選んでほしいです~!
「レナード様、失礼します。至急、ご報告させていただきいことがございまして」
「ん? なにかあったのか?」
「ついさきほど、ジェラール様がお帰りになられまして。お二人が戻って来たら、私室に来るようにとのことです」
ジェラール様というのは、このクラージュ家の当主を務めている殿方ですわ。
私がここに来た時には、仕事でずっと不在だったのですが、お帰りになられたのですね。
「おお、義父上がお帰りになられたのか! サーシャをちゃんと紹介したかったから、丁度良い! サーシャ、一緒に来てくれるかい?」
「もちろんですわ。でもその前に、降ろしてくださいませ~!」
いくらなんでも、クラージュ家の当主と会うのに、お姫様抱っこをされたままなんて、確実に私の思い出したくない、恥ずかしい過去になってしまいますわ!
「この方が、俺達の仲の良さを義父上にお見せできて、良いと思うんだけど?」
「代わりに、私が恥ずかしすぎて死んでしまいます!」
「サーシャが死ぬ!? 冗談じゃない! 今すぐ降りるんだ! ああ、俺としたことが……もう二度とサーシャを抱っこしないと、ここに誓うよ!」
レナード様は、急いで私を開放すると、その勢いのまま深々と土下座をしました。
「あ、頭をお上げください! あの、そこまで思いつめなくてもいいですから! その……二人きりだったら、いつでもしてもかまいませんから! 私も、その……されるの自体は嫌ではないので……」
「ほ、本当かい? サーシャは死なないのかい?」
「それは言葉のあやですわ! ただ凄く恥ずかしいだけで、死んだりしませんから!」
「よ、よかった……君に先立たれたら、俺はもう生きていけない……」
なんとか開放してもらうための方便のつもりでしたが、想像以上にレナード様を傷つけてしまいました……もうこんなことを言うのはやめましょう。
「君が無事とわかって安心したよ。さあ、改めて義父上の元に向かおうじゃないか。義父上の部屋は、屋敷の最上階だ」
「はい」
私とレナード様は、屋敷の最上階にある一室へと向かうと、とても頑丈そうな大きな扉が、私達を出迎えました。
「レナード様、サーシャ様、中でジェラール様がお待ちです」
「ああ、わかった。義父上、レナードです」
「入れ」
短い返事ではあったけど、声から確かな威厳を感じた私は、無意識に背筋を伸ばしてから部屋の中に入りました。
多くの本に囲まれた部屋の中では、真っ白なオールバッグが特徴的な一人の初老の男性が、葉巻を吸って出迎えてくださいました。
「義父上! おかえりなさい!」
「ただいま。私がいない間、屋敷を守ってくれたこと、感謝する。して、その女性が先日通話石で話していた……」
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。お久しぶりです、ジェラール様」
私はレナード様のお義父上である、ジェラール様に深々と頭を下げました。
ジェラール様とは、私が教会での生活を終えて、メルヴェイ家に住むようになってから間もなく、何度かパーティーでお会いしたことがありますの。
それから数年後には、ぱったりとパーティーに出席しなくなり、レナード様だけが参加するようになっていたので、心配していたのですが、お元気そうでなによりです。
「大きくなったな、サーシャ。あの幼かった少女が、こんな美しく成長するとは、時が経つのは早いものだ」
「ありがとうございます。ジェラール様も、息災でなによりですわ。突然社交界でお見かけしなくなって、心配しておりました」
「それはすまなかった。少々事情があって、国王陛下から社交界に出ないようにと、直々に言われていてな」
こ、国王陛下から!? 一体どんな事情があれば、国王陛下から直々にそんなことを言われるのかしら……気になるけど、さすがに内容が内容なので、安易には聞けませんわ。
「二人共、瘴気で苦しんでいる村を、協力して救ったそうだな。一人の親として誇りに思う」
「そんな、勿体ないお言葉です義父上。俺がしたことなど、たかがしれているので、褒めるのはサーシャだけにしてください」
「なにを仰っているのですか!? レナード様が支えてくださったから、犠牲者を出さずに済んだのですよ!? あなたがいなかったら、私は……!」
これは別に、レナード様を持ち上げようとか、そういう魂胆があるわけではない。実際に、レナード様のサポートが無かったら、患者の症状の重さがわからず、しらみつぶしに治療をして、犠牲者を出していたでしょう。
それに、私が疲れないように、運んでくださいましたし……恥ずかしかったですけどね。
「聞きましたか義父上!? サーシャのこの謙虚な姿勢! 傲慢な貴族達に、サーシャの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ! いや、待て……よく考えたら、サーシャの爪の垢一つでさえも、誰にもあげたくない……!」
レナード様が、いつもの様に過剰とも言えるような愛情表現をしている中、ジェラール様の視線は、やや冷ややかなものだった。
「レナード、落ちつきなさい。義父の私でも、少々気持ちが悪いと思うような発言をしているぞ」
「なっ!? 俺は至って普通ですよ! サーシャもそう思うだろう!?」
「……そ、そうです……ね」
「どうしてそんなに視線が泳いでいるんだい!?」
ごめんなさい、レナード様。いくらあなたのことを愛しているといっても、さすがに爪の垢まで欲しがるのは、ちょっと……。
「すまないな、サーシャ。レナードは聡明な子なのだが、君のことになると人が変わってしまう節があるのだ」
「ご心配なく、だいぶ慣れてきましたので。それに……そういうところもひっくるめて、彼のことを愛しておりますから」
「お、俺の全てを受け入れてくれるなんて……ああ、俺の人生に一片の悔いなし……」
「せっかく一緒になれたのに、こんなところで死んでどうするのだ、馬鹿者め」
レナード様に色々と仰っておりますが、その鋭い目にはどこか優しさも入っているように感じます。
きっとジェラール様は、レナード様のことを、実の息子のように愛して育てたのでしょうね。とても……羨ましいですわ。
「おっと、立ち話が長くなってしまったな。座るといい」
「はい。レナード様、しっかりしてくださいませ」
「サーシャ……ふふふ……愛しのサーシャ……」
あまり人に見せられないような、だらしない顔をするレナード様の頬を、何度かペシペシと叩いて正気に戻すと、ジェラール様の対面に腰を下ろしました。
「それでジェラール様、話とはなんでしょう?」
「ああ。君達の事情や目的については、レナードや使用人から、大体聞いている。サーシャは聖女の力を使って、苦しんでいる人間を助けたいそうだな」
「はい、その通りです」
「レナードも、その道の手助けをすると」
「ええ。俺はどこまでもサーシャを支えると誓ったので」
「そうか。その行動はとても立派なものだ。だが……」
ごほんっと咳ばらいを一つしてから、ジェラール様は今日一番の険しい表情を浮かべた。
「クラージュ家の当主として、君達が今後聖女の活動をすることは、硬く禁ずる」
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