第二十二話 頑張った結果
「レナード様、助けてくださいって、ありがとうござ――」
「サーシャ!!」
レナード様は、私からものすごい勢いで離れると、これまたものすごい勢いで体をベタベタと触り始めました。
「どこか痛いところはないか!? 見た感じでは傷は無さそうだが……ああ、どうしてサーシャが危険な目に合っていたというのに、俺はその場に居合わせなかったんだ!? 本当にごめんよサーシャ! 怖かっただろう!?」
「ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした。私は大丈夫ですわ」
大丈夫とお伝えしているのに、それでも心配をするレナード様に安心していただくために、私は彼をそっと抱きしめました。
「大丈夫ですよ、レナード様」
「サーシャ……」
ゆっくりと、小さな子供に言い聞かせるように伝えると、レナード様は私の名前をぽつりと呟いてから、抱きしめ返してくださいました。
「無事でよかった……ははっ、さっきの俺、怖かっただろう? ごめんよ、君に酷いことをした奴らのことが、どうしても許せなくてね」
「どうしてレナード様が謝るのですか? 助けてくれたことに感謝はすれど、恐れる道理などございませんわ」
「サーシャ……よかった、嫌われたらどうしようかと思ってしまったよ」
「そんなこと、天地がひっくり返るくらいありえません」
たとえどんなことがあったとしても、私がレナード様を嫌うことはないでしょう。それくらい、私は彼のことを愛しているのですから。
「そうだ。レナード様、早くこの村を離れましょう」
「サーシャ? 急にどうしたんだ?」
「私を嵌めたお方は、この村で治療をさせていただいたお方でした。彼は、私のことをバケモノと呼んでおりました。この村の多くの方々は、私のことを好意的に見てくださいますが、やはり全員がというわけにはまいりません。彼らにこれ以上怖がらせる前に、去りたいと思ったのです」
どんなに頑張っても、この目がある以上、悪魔の子というレッテルが剥がれることはございません。とても悲しいことですが、こればかりは仕方ありません。
「本当なら、そんなの気にせずに胸を張って歩け! って言いたいんだけど……君はそれを望まないんだよね」
「はい」
「まったく、その意思の硬さは聖女じゃなくて、物語に出てくる戦乙女のようだね。わかった、迎えが来るまで大人しくしていよう。だが、マリーとマドレーヌ殿、そして村長様にはちゃんと挨拶をしないとね」
そうですね、これまでお世話になった方々と、村の長に挨拶するくらい、私がしてもいいですわよね。
「そうと決まれば早速……の前に」
「サーシャ?」
「ちゃんとお礼、してませんでしわ。だから……」
私は頑張って背伸びをすると、なんとか届いたレナード様の唇に――
「ちゅっ」
触れるだけではあったが、感謝の意を込めてキスをしました。
自分からするのは恥ずかしくて、顔どころか体全部が熱を帯びた感覚がありますが、これ以上にレナード様に感謝を伝える方法が思い浮かびませんでしたの。
「……レナード様?」
「…………」
数秒程制止したレナード様は、突然大の字に倒れこみ、ピクピクと痙攣をし始めました。しかも、口から魂のようなものまで出かかっております。
「レナード様!? だ、大丈夫ですか!?」
「俺の嫁が尊すぎる……無理……俺はここまでのようだ……」
「しっかりしてください! こんな所で死んで私を一人にするおつもりですか!?」
「サーシャを……一人……冗談じゃない!」
「きゃっ!」
私の言葉を聞いたレナード様は、口から出かかっていたものを瞬時に体に戻し、勢いよく立ち上がりました。
「すまない、最近サーシャとイチャイチャしていなかったせいで、衝撃に耐えきれなかったようだ!」
「イチャイチャって……と、とにかく! 一緒にマリーちゃんの家に戻りましょう!」
「ああっ、キスに続いて手まで繋いでくれるのかい!?」
まさに感無量という言葉がピッタリなくらい、大喜びをするレナード様と共に、マリーちゃんの家に向かいました。
「あ、お帰り~!」
「おかえりなさい。お疲れ様でした」
マリーちゃんの家に帰ってくると、マリーちゃんとマドレーヌ様が出迎えてくれました。
なにげないことですが、こうして出迎えてもらえることは、とても幸せなことなんだと、屋敷を出てから強く思うようになりましたの。
「もどりました! あ、よかった! まだ村長様もいらっしゃったのですね!」
「ええ。なにかご用ですかな?」
「私達、そろそろお暇しようと思いまして、ご挨拶に伺おうかと考えておりましたの」
「もう帰っちゃうの!? もっとゆっくりしていってよ~!」
一番最初に食いついたのは、マリーちゃんでした。クリッとした大きな目に涙をためて、私にギュッと抱きついております。
「お気持ちは大変嬉しいですが、この村のお方のように、苦しんでいるお方がたくさんおりますの。だから、あまりゆっくりもしていられません」
私の言ったことは本心ではありますが、全てではありません。でも、それをわざわざマリーちゃんに伝えて、悲しませる必要はございませんわ。
「やだやだ~! もっとお姉ちゃんとお兄ちゃんと一緒にいるの~!」
「マリー。彼らを困らせてはいかん」
「そうよマリー。悲しい気持ちはわかるけど、ずっとお別れってわけじゃないのよ」
「でも~……!」
「……マリーちゃん」
私は、説得されても納得できていないマリーちゃんをそっと抱きしめ、小さな頭を優しく撫でてあげた。
「あなたのママの言う通り、これが今生の別れというわけではありませんわ。だから、笑顔で見送ってくださりませんか?」
「俺もそうしてくれると嬉しいな。君は悲しそうな顔よりも、笑顔が良く似合うからね」
「お姉ちゃん……お兄ちゃん……」
マリーちゃんは、ぽつりと私達を呼ぶと、小さな体に似つかわしくないくらい、勢いよく玄関を開けて走り去ってしまった。
「待ちなさいマリー! ごめんなさい、うちの子が失礼なことを……」
「いえ、お気になさらず」
きぃ……と、きしむ音を立てる玄関を見ながら、私は誰にも聞こえないくらい、小さな溜息を漏らした。
もう少し気の利いたことが言えなかったのかとか、マリーちゃんを悲しませないために、黙って出ていった方が良かったのかとか、色々なことを考えたら、それがマリーちゃんへの申し訳なさに繋がって……自然とため息が漏れてしまったんですの。
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「サーシャ、さきほど屋敷から連絡が来た。間もなく村の入口に到着するとのことだ」
マリーちゃんの家でゆっくりと過ごしているうちに、いつの間にか、お日様が段々傾いてきた頃。通話石で連絡をしてくれたレナード様にそう伝えられた私は、スッと椅子から立ち上がった。
ゆっくりと休ませていただいたおかげで、だいぶ疲れが取れました。体質なのかは存じませんが、疲れやすい分、比較的回復も早いのが、せめてもの救いですわね。
「ではマドレーヌ様、村長様、私達はそろそろ……」
「大したおもてなしも出来なくて、ごめんなさいね」
「いえいえ、そんな! あ、お伝えするのを忘れてました……この村の瘴気は完全に浄化して、結界も張りましたので、この一帯はもう安全ですが、もしなにかあったらクラージュ家にお声がけください。すぐに駆け付けますわ」
「サーシャ様、レナード様、なにからなにまで、本当にありがとうございました。我々も、あなた方になにかあれば、村人総出で力になります」
「おお、それはとても心強い。その時は頼りにしています」
「では、私達はこれで」
レナード様と一緒に深々と頭を下げてから外に出ると、そこにはここに来た時に乗っていた馬車が、すでに私達を待っておりました。
「レナード様、サーシャ様、長期間の治療、お疲れ様でございました」
「ありがとうございます」
「迅速な迎えに感謝するよ。さあサーシャ、俺達の家に帰ろう」
「はい」
「待って~!!!!」
馬車に乗りこもうとすると、この村全体に響き渡ったんじゃないかと思うくらい、大きな声が私達を引き止めた。
その声のした方に視線を向けると、声の主――マリーちゃんの後ろに、沢山の村人が、ズラッと並んでおりました。
「みんなにね、二人がもうすぐ帰っちゃうよ!治してもらってお礼を言わないなんておかしいよ! って言ってまわったら、集まってくれたんだよ!」
「サーシャ様、レナード様、ありがとう~!!」
「悪魔の子とか嘘っぱちだろ! あんたは俺達の聖女……いや、女神様だ~!」
多くの方々から投げかけられる言葉は、どれも感謝の言葉ばかりで、私を傷つけるような言葉は一つもありませんでした。
……こんな暖かい言葉と気持ちをいただけるなんて、思ってもおりませんでした。
「よかったね、サーシャ」
「レナード様……はいっ!」
自然と零れ落ちた涙を拭ってくださったレナード様に、私は笑顔で頷いてから、皆様に深々と頭を下げると、馬車に乗りこみました。
初めてこの村に来た時は、とても苦しそうにしていた方々が、今ではこんなに元気な姿を見せて下さって……本当に、頑張って良かったって心の底から思えますわ。
「みなさま、お元気で~!!」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん! あたし達を助けてくれてありがとう~! また来てね~!」
今までずっと、治療をしても蔑まれていた私が、こんなに多くの人に暖かい別れの言葉をプレゼントしていただけるなんて、言葉では言い表せないくらい嬉しいです。
「……ああやって、君のことがわかってくれる人が増えるのは、本当に嬉しいね」
「はい。これも、レナード様が手伝ってくれたおかげです」
「俺が? ははっ、サーシャはお世辞が上手いね」
「お世辞なんかじゃありませんわ。レナード様が村人の状況を把握してくださったから、全てスムーズにいったのですよ?」
「聖女の魔法が使えない俺には、それくらいしか出来なかったからだよ」
「あなたの仰るそれくらいというのが、私にとっては凄く嬉しいんですよ」
別にこれは、私が率直に思ったことをそのまま伝えただけだったのですが、なぜかレナード様は私のことを、強く抱きしめてきました。
「君の力になれてないんじゃないかとか、肝心な時に離れてしまったとか、役に立ってないんじゃないかって思っていたが、そんなことはなくて安心したよ!」
「とっても助かっておりますわ。そういえば、あの時のご用事はなんだったのですか?」
「あ、あれかい!? まあいろいろあってね……あはは」
あまりにも怪しい雰囲気がプンプンしておりますが、レナード様が悪いことをするとは到底思えませんし、これ以上は言及しないで差し上げましょう。
それよりも……ふぁ……急に眠くなってきてしまいましたわ。まだ時間はかかるでしょうし、この前みたいにレナード様の腕を拝借して……。
「おや、眠いのかい?」
「はい……はふぅ……」
「それじゃあ、子守唄を歌ってあげるよ」
「そんな、子供じゃないので……」
「そうかい? 残念だ……俺の本当の母が教えてくれた、大切な人にしか歌わないと決めたものを歌おうと思ったんだけどな……」
「……お願いします」
そこまで言われたら、聞くしか選択肢がありませんでした。その選択に喜んだレナード様は、私の肩を抱いて、その肩をリズムよくトンットンッ……と叩きながら歌い始める。
聞いたことがない歌でしたが、とっても穏やかで優しい曲で……レナード様にピッタリの子守歌ですわ……あ、だめ……目が勝手に閉じてしまいます……。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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