第十七話 いくら疲れようとも
「これは……想像以上に深刻な状態ですわ。マリーちゃん、ママの体を診てもいいでしょうか?」
「うん、もちろん!」
マリーちゃんに許可をいただいてから、彼女のお母様の体を調べ始めました。
まるでお風呂のお湯のように熱くなった彼女の体には、先程のアザが体中に広がっています。時折咳をする時は、瘴気と同じような煙が息と一緒に出ていたり、眼球が紫色に変色しています。
このアザ以外の症状も、瘴気に侵されたお方の特有の症状です。それも……相当重度なもの。
「この高熱を放っておいたら、自然に治ったとしても、後遺症が残ってしまうかもしれませんわ。マリーちゃん、この村に氷はございますか?」
「氷なんて高価なものを買えるほど、この村にはお金は無いんだ……」
そんな、氷も買えないほどの財政事情だったなんて……裕福な村では無いのは薄々勘づいてはおりましたが、そこまでとは思いもよりませんでした。
「氷くらい、魔法で簡単に作れるぞ!」
「そ、それは本当ですかレナード様!? では、お願いできますか?」
「任せておけ! ようやく助手らしい仕事が出来るな! はぁぁぁ!!」
レナード様は大きく胸を張ると、掌の上に魔法陣を作りました。それからまもなく、魔法陣の上には、拳より一回りくらい大きい氷塊が作られていました。
使用人達がレナード様は魔法の才があると仰っておりましたが、こうして目の前で拝見すると、その言葉に嘘偽りはなかったと認識できました。
「こんな感じでいいかな?」
「素晴らしいですわ! さすがはレナード様!」
「そ、そんなに褒められると……照れてしまう……」
「……あ、氷が!」
私に褒められたのが、よほど嬉しかったのでしょう。顔を赤らめるレナード様の手の中にあった氷が、みるみると溶けておりました。
……氷が解けるほど照れるレナード様が、とても可愛らしいと一瞬考えてしまいました。今はそんな浮ついたことを考えている時間はございません。
「その氷をハンカチで包んで、彼女のおでこに乗せてあげてください」
「わかった」
「……これは思った以上に手ごわいかもしれませんわね……気合を入れませんと」
先程と同様に、周りの瘴気が関与してこないように、この家の中に結界を張った私は、意識を集中させて魔力を高めていく。
それと同時に、私の体から力がどんどんと抜け、疲労感も増していく。その場に座って眠ってしまいたくなるような疲労感を感じますが、こんなのに負けていられませんわ。
「お姉ちゃん、ママは元気になる……?」
「ええ、必ず。お姉ちゃんがあなたのママを助けて差し上げますわ」
これだけ弱っている患者に、長い時間の治療を受けるほどの体力は残っていないでしょう。
しかし、体内に入った瘴気はとても多そうなので、ある程度魔法で体外に出しながら、同時進行で結界の維持と、瘴気の浄化を行う必要があるでしょう。
……これは中々重労働ですわね。治療を終えた後が怖いですが……逃げるなんて選択肢は持ち合わせておりませんの。
「サーシャ、一つ提案があるんだが」
「なんでしょうか?」
「この村の人達が、彼女と同じような症状が出ているとしたら、皆高熱に苦しんでいるだろう。だから、この氷を配って周りたいんだ。その間、彼女を任せてもいいかい?」
そうだ、目の前の患者に集中しすぎて、他のお方のことが頭から抜け落ちておりました。こういう時でも冷静に判断できるレナード様がいると、とても頼りになりますわ。
「こちらからお願いしたいくらいですわ! レナード様、お願いします!」
「わかった、任せてくれ!」
「あたしもお手伝いする!」
「それは助かるよ! それじゃあ、村の案内をよろしく頼むよ!」
無事に方針が決まると、二人は勢いよく家を飛び出していきました。
二人の協力に報いるためにも、私は私にしか出来ないことを、全力でやりましょう!
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「ぜぇ……ぜぇ……ごほっ……な、なんとか終わりましたわね……」
治療を初めて、どれくらいの時間が経ったでしょうか。集中しすぎて、時間の感覚が全くありません。外も瘴気の影響で空が見えにくいことも拍車がかかっている気がします。
とは言っても、そんなことを調べに行くほど、私の体力は残っておりません。現に、疲労で息を切らせながら、床に座り込んでしまいましたわ。
疲れましたが、その甲斐もあってマリーちゃんのお母様は、もう大丈夫でしょう。さっきまでは苦しそうだったのが、嘘のように穏やかに眠っておられます。
「サーシャ、村を周ってきたぞ! って、大丈夫か!?」
「レナード様、マリーちゃん、おかえりなさい……とても疲れましたが、大丈夫ですわ」
「お姉ちゃん、ママは!?」
「あなたのママは……もう、大丈夫ですよ」
なるべく二人に心配をかけないように、無理に笑ってみせましたが、レナード様は騙せなかったのか、顔を強張らせたままでした。
「本当に!? ママ……! お姉ちゃん、ママを助けてくれてありがとう!」
「ふふっ、どういたしまして」
こんなふうに治して感謝をされるなんて、国のお抱えの聖女をやっている時は、想像もしておりませんでした。
しかし、実家を出てからはこうして感謝されることが多くなって……感謝されるのを目的にしてるわけではなくても、とても嬉しく思います。
「ところでレナード様。随分と遅かったですけど、なにかあったのですか?」
「あ、ああ。この紙に、ここの村人の年齢や症状の重さを、ざっくりとまとめてきたんだ。 この後の周りかたの参考にならないかな?」
「わ、わざわざそんなことまで!? とても参考になりますわ!」
本当は、優先順位なんて付けないで、片っ端から治療するのが良いのでしょうが、悔しいことに今の私では、そんな早く治療は出来ません。
出来ない以上、なるべく症状が重い人や、老人や子供から手当てをしないと、間に合わない可能性があります。レナード様は、それを瞬時に判断し、こうしてまとめてくださったのでしょう。
「あくまで素人である俺の主観だから、あまりあてにはならないかもしれないが……」
「そんなことはありませんわ! ふむふむ……ではこの家のご老人から治療にあたりましょう!」
「少し休んだ方が良いんじゃないか? フラフラじゃないか!」
「そうだよ! これじゃあお姉ちゃんが倒れちゃうよ!」
「大丈夫ですわ。さあ、行きましょう」
二人の心配を振り切って、次の患者の元に向かって歩き出す。
私は聖女として、この村の方々を救わなくてはなりません。だから、こんな所で倒れているわけにはいきませんの。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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