第十四話 感謝を込めて
人生で初めてゆっくりと休みを満喫していたら、いつの間にか外が暗くなっていました。
しっかり休むと、こんなに体が軽くなるなんて知りませんでしたわ。まるで、私の体に翼が生えたかのようです。今なら、レナード様のいるところまで飛んでいけそう!
「はやく帰ってこないかしら……あっ」
机に置かれた通話石が点滅していますね。既に本日何度目かわからない、レナード様からの連絡です。
「はい、サーシャです」
『レナードだ。あと数分もしないうちに、屋敷に到着できそうだ』
「まあ、本当ですか? では玄関でお待ちしておりますね」
『夜は冷えるから、待っていなくても――』
レナード様がお帰りになるのが嬉しくて、私を制止する言葉なんて一切聞かずに、部屋を飛び出しました。
誰かが帰ってくるのがこんなに嬉しく思う経験も、生まれて初めてですわ。レナード様のおかげで、初体験がどんどんと増えております。
「……まだ到着しておられないようですね」
玄関の外に出ても、まだそこにはレナード様の乗った馬車の姿はありませんでした。
さきほどの連絡で、あと数分と聞いてから駆け足でここまで来たので、到着していないのは当たり前ですわね。
「…………」
私と同じように、もうすぐ帰る連絡を受けたのか、それとも事前に何時ごろに帰るのか知らされていたのか。数人の使用人が、私と同じように玄関の外で待っておりました。
私がこの場にいることに、何か仰ったりするわけではありませんでしたが、あまり良い視線を向けられていないようです。
まあ、そんなことを気にしていたら生きていけませんし、慣れっこを通り越して日常のようになっているので、私から何か言ったりとかはいたしません。
「……あっ!」
パカッパカッと、馬が歩いている時に聞こえる独特な音と共に、こちらに近づいてくる影が見えてきました。
それから間もなく私達の前に到着した馬車から、レナード様が降りてきました。
「おかえりなさいませ、レナード様。本日はお疲れ様でした」
「…………」
「レナード様?」
「サーシャにお出迎えしてもらえるなんて……あまりにも感無量過ぎて、目から涙以外のものまで出てきそうだ……」
「涙だけにしておいてくださいませ!」
涙以外のものって、一体何が出てくるのかしら……あまり想像したくありませんわね。
「皆も、出迎えありがとう。何か変わったことは無かったか?」
「はい、レナード様」
「それはなによりだ。出発前に伝えておいた通り、食事は既に済ませておいたから、今日は部屋で休むよ」
「かしこまりました」
「サーシャ、行こうか」
「はい、レナード様」
周りの使用人の冷ややかな視線を背中に感じながら、レナード様と一緒に手を繋いで部屋に戻ると、レナード様は私のことを強く抱きしめてきた。
半日しか離れていないのに、何度も連絡をくださったレナード様なら、きっとこうするだろうなと予想していたとはいえ、相変わらずドキドキしてしまいます。
「半日振りのサーシャ……疲れた体に染みわたる……はっ!? 外出から帰ってきたばかりで抱きしめたら、汗が匂ってしまうかもしれないじゃないか!?」
「そんなこと、お気になさらずに。帰ってきた婚約者に匂うだなんて、口が裂けても言いませんわ。それに……昨日と変わらず、レナード様の良い匂いがします」
匂いを気にして、私から少しだけ離れたレナード様に自ら抱きつくと、すんすんと鼻を鳴らしました。
自分で言っておいてなんですが、匂いが良いだなんて少し変かもしれません。しかし、私の正直な気持ちですので……。
「そ、そそ、それならよかったよ! うん!」
「ところで、今日は何のご用事だったのですか?」
「ああ、これさ」
レナード様は、持って帰ってきた荷物の中から、一枚の紙を取り出して、テーブルの上に広げました。
その紙は、この国全土を表した地図で、あちこちに大きな丸や二重丸、それとバツが書かれておりました。
「これは?」
「最近不調な民が多くいる地域を調べて記したものだよ。クラージュ家と繋がりがある家や、個人的な知り合いから色々情報を聞いて、まとめてみたんだ。さすがに広大な国の全部を調べることは出来なかったが……少しは君の使命の助けになればと思ってね」
用事って何だろうと思っていたら、まさか私のためだったなんて……このお方は、本当に……。
「私のために……レナード様、ありがとうございます!」
「うわっ!?」
こんなに私のために頑張ってくださるのが嬉しくて、またレナード様に抱きついてしまいました。
するとレナード様は、整備されていない道の上を走る馬車のように、ガタガタと揺れ始めました。
「さ、サーシャに一日で二度も抱きつかれた……あばばばばば……」
「レナード様!?」
震えるだけではなく、白目で泡まで吹きかけているレナード様。これはただ事ではないと思い、急いでレナード様をソファに座らせると、すぐに良くなってくださいました。
「すまない、サーシャに抱きつかれた衝撃と喜びで、昇天するところだったよ」
「えっと……もしかして、レナード様は自分からするのは平気でも、私からなにかすると、こうなってしまわれるのですか?」
「と、当然だろう!? 自分の時は、事前に考えて心の準備が出来るが、サーシャからの愛情の供給は、そういうわけにはいかない! ああ、幸せ過ぎて俺の魔力が爆発しそうだ!」
今朝出発する際も、私から抱きついた時に過剰な反応をしていると思いましたが、そういうことでしたのね。なんといいますか……率直に申し上げると、可愛いですわ!
だって、ずっとクールで近寄りがたい雰囲気と思っていたお方が、実は私に抱きつかれたら色々と限界になるだなんて、ギャップの塊じゃありませんか!
「すー……はー……落ち着け俺……落ち着け……うん、無理だな!」
「私がお伝えするのはなんですが、もう少し諦めずに耐えてくださいませ!」
「無理だな!!」
「そんな堂々と胸を張られてもー!」
限界化しないように気合を入れて胸を張るならまだしも、諦めながら胸を張られても、どういう反応すればいいかわかりませんわ!
「すまない、サーシャ。君への溢れて止まらない愛情を抑えることは、今の俺には難しそうだ。そうだな……あと百年はかかりそうだ」
「それって、生きている間は無理ってことではありませんか……」
「……そうだね。どれだけ俺が目を見張るような急激に成長したとしても、無理だろう」
「レナード様……?」
私の気のせいかしら……レナード様、なんだかとても寂しそうですわ。こういう時、どういう行動を取ればいいのか、私にはわかりません。
でも、わからないならわからないなりに、何か行動をしないといけませんよね。だって、愛しの人の元気がなければ、励ますのが当たり前でしょう?
「レナード様、元気を出してください。レナード様は、そのままでもとても素敵ですわ」
考えた結果たどり着いた答えは、またレナード様に抱きつくことだった。こうすれば、また驚かせてしまうでしょうが、幸せな気持ちになってもらえる――
「…………」
「れ、レナード様!? 口から魂みたいなのが出かけてますわ! も、戻ってきてくださいー!」
「がくり……」
「レナード様ー!」
ある意味私の目論見通り、とても幸せそうな笑みを浮かべたまま、レナード様は意識を手放した。
まさか、気を失うのは想定外でしたわ……私から何かするのは、極力避けた方が良いのかしら……でも、私だってレナード様に色々して差し上げたいのに……。
「よいしょ……よいしょ……ふう、これでよし」
私はレナード様をなんとかベッドに寝かせると、小さく安堵の息を漏らした。
「……い、今なら大丈夫ですよね……」
起きている時にしたら、色々と大変なことになってしまうが、今ならそんなことにはならない。だから私は……。
「レナード様、本当にありがとうございます。愛しておりますわ」
私は、レナード様に感謝と愛情を込めて、そっとキスをしました――
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