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第十話 初めてのキス

 泳げるくらいの広さの大浴場を楽しみ、初めて人に洗ってもらい、ピカピカになった私に、二つの問題が立ちはだかった。


 その一つは、私の髪型だ。今までずっと、この赤い目が見えないように、前髪を下ろして目を隠していたのですが、入浴後はヘアバンドをつけられ、目がバッチリと外界に晒されております。


 視界はとても良いのですが、これでは周りの方々に余計な心配をかけてしまうので、以前の髪型に戻したいのですが、使用人にレナード様からの指示だと言われてしまったので、それ以上彼女に何か言うことができなくなってしまいました。


 そしてもう一つの問題とは……衣装部屋に並べられた、レナード様が用意してくれた服の数々ですの。


 私、小屋で生活している時はボロボロな布切れだけでしたし、聖女の仕事中は屋敷の人が勝手に決めていたので、服を選んだ経験がありません。

 なので、好きなのを選べと言われても……どうすればいいか、わかりません。


「この後は就寝だけなので、お好きな寝間着を選んでください」

「う~~~~ん……それなら、これとかどうかしら……」


 私が選んだのは、ピンク色でちょっとだけ胸元が開いているネグリジェでした。少しサイズが大きいおかげか、ゆったりとした感じで着られそうです。


「これにしますわ」

「では、すぐに着替えて戻りましょう」


 私は、使用人に驚く程のスピードで着替えさせられると、そのままレナード様の部屋へと戻されました。

 すると、当然のように、レナード様に笑顔で出迎え――なんてことはなく、とても真剣な目でジッと見つめられました。


「うむ、やはり君の世界一美しい顔がしっかり見えるのは、至極の極みだね!」

「レナード様、これでは私の目が見えてしまいますわ」

「俺と一緒に過ごすのに、隠す必要なんてないだろう? それに、ずっと前髪で隠していたら視界が悪いし、目にも良くない」

「それはそうかもしれませんが……聖女なのに、皆様を怖がらせてしまっては、本末転倒ですので……」

「ふむ……わかった。君がそう言うなら、その意思を尊重するよ。ただ、俺と二人きりの時は隠さないでほしいかな。君の美しい瞳をしっかりと見たいんだ」


 う、うぅ~……! そこまで仰ってくれるなら、レナード様の前だけなら、この目をさらけ出していても良いかも……そう思い、小さく頷いてみせました。


「ありがとう! それにしても、そのような女性らしさが出る服も、良く似合っているね。現に俺は、サーシャにノックアウト寸前さ。だが……」


 いかにも気に入ってくれたかのような発言をしたレナード様は、自分の上着を脱いで、私の肩にかけた。


「……あの、この服は駄目でしたでしょうか?」

「そうじゃない。いくら屋敷の中とはいえ、そんな露出の多い君を、他の人に見せたくないんだ」

「……それって」


 嫉妬……ですわよね? レナード様にも、そういうお気持ちがございますのね。なんだか少し可愛らしく思えますわ。


「さて、もう夜も更けてきた。そろそろ休んだ方が良い。慣れない環境で疲れただろう?」

「そうですね。それで、私はどこで休めばいいでしょうか? 小屋? それとも外?」

「いやいやいや、ここで生活する以上、今までのような劣悪な環境を提供するはずがないだろう!?」

「はっ……そ、それもそうですわね。失礼な発言をしてしまい、申し訳ございません」


 つい普通ではありえないような考えが漏れ出てしまいました。決して、レナード様がそんな場所を用意する人と思っているわけではございません!


「そこにあるベッドを使って休むといいよ」

「……? あの、この部屋って普段はレナード様がお使いになられているのですよね?」

「そうだね」

「ということは、そのベッドも使っていらっしゃると」

「もちろん」


 レナード様の部屋に置かれた、一人で寝るには大きすぎるベッドを、私が使う……それって!?


「レナード様と私が、一緒に寝るってことですか!?」

「ああ。将来的に結婚するのだから、これくらい普通だろう? もちろん、結婚前に君に手を出すような真似はしないと約束しよう」


 レナード様のようなお方が、寝込みを襲うようなことをするとは思いませんが、それでも男性と一緒のベッドで休むのは、緊張してしまいます。


「君が嫌なら、無理強いはしない。その時は、急いで君が休める場所を用意する」

「嫌というわけではありませんわ! ただ、その……男性と一緒に休んだ経験がないので、緊張しちゃって……」


 男性どころか、誰かと一緒に寝た経験がない私にとって、これは想像以上に難易度が高いです。


 でも、レナード様と一緒に過ごしたいと思う気持ちも本物で……ああもう、レナード様にガッカリしてほしくないですし、覚悟を決めましょう!


「なるほど。それなら、別の寝床を用意するよ」

「うぅ〜……い、いえ。ここで……大丈夫ですわ!」

「無理する必要はないんだよ?」

「大丈夫です!」

「わかった。それじゃあ一緒に……と言いたいところだが、少々やることがあるから、先に休んでいてくれるかな?」

「レナード様も、早めに休んだ方がよろしいのでは?」

「そうなんだけど、片付けておきたい仕事があってね」

「それなら仕方ございませんね」


 同じタイミングで寝られなくて安心したような、がっかりしたような、何とも形容しがたい気持ちに襲われました。


「では、先に休ませてもらいますわ」

「待って。寝る前に……サーシャ、これからも末永くよろしく頼むよ。一緒に多くの人を助け、幸せになろう」

「はい、こちらこそ末永くよろしく――」


 レナード様に挨拶を返そうとすると、軽く顎をクイっと持ち上げられて……唇に柔らかいものが押し当てられた。


 その柔らかさの正体が、レナード様とキスをしていると気づいた時、ついに限界を迎えた私は、きゅう……と変な声を漏らしながら、意識を失った。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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