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8 ジョバンニの旅一座

「ひめさ──」

「ランス!!」


 クリスティーナの首元にナイフを突きつけられて、思わず「姫さん」と呼びそうになったが、ランスロットは名を呼ばれるとすぐに口を噤む。


「あっ……!」


 クリスティーナはすぐにシュナの手首に手刀を落とし、シュナの手からナイフがからんと落ちていく。ランスロットと同じようにシュナの腕も後ろに捻り上げて拘束する。


「いっ、いたい……!」

「別に騎士団に突き出したりしないから大人しくして。今はそれよりマーサの風邪のことを教えてほしいの」

「え……?」

「ずっと咳の症状はあるの?」

「あ、ああ……」


 てっきり捕えられると思っていたジョバンニとシュナは毒気を抜かれた。


「十日も熱が下がらなくて、誰か他の人にうつることはなかったの?」

「そいや、誰もうつってないね。二十人くらいがここで一緒に暮らしてるのに、一番近くで看病してるあたいでもうつってないや」


 風邪薬が効かない。十日熱が下がらない。誰もうつっていない。


「ランス、常備薬に抗菌薬はあるかしら?」

「ええ、持っています」


 騎士は怪我をした際の化膿止めに抗菌薬を持ち歩く。

 ランスロットはジョバンニの抵抗が見られなくなったので、ジョバンニの腕を離して荷物から薬を取り出しクリスティーナに渡す。


 クリスティーナは手ずからマーサに薬を飲ませた。


 風邪を拗らせて熱が下がらないのであれば、体のどこかで炎症を起こしている可能性が高い。炎症は抗菌薬で抑えられ炎症が治れば熱も下がる。


 マーサは抵抗することなく薬を飲んで、少し落ち着く。


 天幕の隙間から西日が差し込み、クリスティーナの髪に当たり、焦茶の髪がキラキラと光る。

 ジョバンニにとってはクリスティーナがマーサに薬を飲ませるその光景が何故か異様に神々しく見えた。


「な、何を……?」

「薬を飲ませただけよ。あと二日、この薬を飲ませ続けてあげて」


 そう言ってクリスティーナはシュナに薬を渡した。


「私は医者ではないから、これで熱が下がるかどうかはわからないわ。もし熱が下がらなかったら、なんとかして医者を連れてくるか、マーサを医者のいる町へ連れて行くかしてあげて」

「あ、ありがとう!」

「ところで……」


 クリスティーナは一呼吸置いて質問する。


「なんであなたたち盗賊団なんてやってるの?」

「なんでって……!」


 ジョバンニがキッとクリスティーナのことを睨む。


「お前たち役人がちゃんとしないからだろう! 隣の村なんて物乞いばかりでひどいもんだ! この村だってそうだ。領主が中央の街を発展させるため商人を中央に集めるように声かけをしたもんだから、それから村に来る商人がいなくなって……!」


 ゼクト公爵は小さな村を犠牲にして大きな街を発展させようとしていた。それを目の当たりにしてクリスティーナは歯噛みする。


「医者だってそうだ。村に金がないから中央の街へ行っちまって、外れの村には医者がいない」

「状況はわかったわ。でもね、私たちは役人じゃないの」

「え、役人じゃない? でもそのローブ、公爵領の役人たちが着てるのとおんなじで……いや、確かにちょっと違う。公爵領の紋が入ってないし縁取りの色も違う……! うわぁ……俺、見間違えたんだ……すまねぇ!」


 ジョバンニは二人の着るローブを見て間違いに気付き顔を青くした。


「いや、いいの……だって……ごめんなさい……」

「えっ? 役人じゃないならあんたらに非はないだろう」


 ジョバンニはしゅんとするクリスティーナを見て首を傾げる。

 一方クリスティーナは公爵領の状況をある程度知っていたにもかかわらず、国としてなんの対応も出来ていなかったことを恥じた。


 クリスティーナは少し考え決意したように天幕から出て行った。

 そして、村の中で一番大きな家に向かおうとした。


「姫さん! 何するつもりだ!」


 ランスロットはクリスティーナの強い意志を感じる表情に慌てて腕を掴んで引き止めた。


「何って……村長のところへ……」

「村長のところへ言って何言うつもりだよ! 領主にこの村に商人を回してもらうように言えって言うのかよ! 医者をこの村に呼べって言うのかよ!」

「そうよ、そうしないとまた村の誰かが病気になったとき困るじゃない! それに井戸だってちゃんと修繕をした上で水質調査をしてもらわないと、水道に切り替わるのなんて待っていられないわ」

「姫さん! 冷静になれ!」


 ランスロットは腕を強く引いて、自分の方へ向ける。


「あんたはこの村の人間じゃない! 余所者が何言っても無駄なんだよ! ゼクト公爵が相手じゃ、村長が訴えてもきっと無意味だ! それ以上にあんたの紫の瞳は王家の証だって学のある人ならすぐにわかる! 目立つようなことをして城の兵に捕まったら元も子もないだろう!!」

「っ……!」


 ランスロットに強く言われてグッと拳を握りしめる。


「その通りだわ……」

「姫様。あなたがしなきゃいけないのは、一刻も早くゼクト公爵とローヴァン大公からこの国を取り返すことです」

「…………そうね。ごめんなさい。つい頭にきちゃって。もう……行きましょうか」


 長居は良くない。

 ランスロットとクリスティーナが村を出ようとしたときだった。


「あー! この人たちだよ、村の井戸水を綺麗にしてくれたのは!」

「おおっ! あんたたちが泥水を綺麗にしてくれたのか! ありがとうよ」


 一人の村人の声掛けでわらわらと人が集まってくる。


「いえ、なにも難しいことなんてしていませんから……」


 やたらと感謝されてクリスティーナが恐縮していると「おーい」と天幕の方からシュナの声がした。


「おーい! すごいよ! マーサ、あんだけ何しても熱下がんなかったのに、あんたのお陰でもう熱が下がり始めたよ!」

「もう!?」


 抗菌薬が効いてきたにしては効き目が早すぎる。


「あんた本当にすごいなっ!」


 シュナが嬉しそうに大きな声をあげる。

 それを聞いて村人たちも興奮し始める。


「ええっ!? 風邪引いたって言ってた踊り子だろ? もう十日も熱が下がんねぇって言ってたのに!」

「あんた! どうやったんだい?」


 村人たちはクリスティーナに詰め寄ってきてクリスティーナは狼狽する。


「どうやってって……」


 薬を飲ませただけなのに。


「姫様……もう薬に予備はありません。薬のことを話して集られたらまずいですよ」


 ランスロットがこっそりと耳打ちする。


「あんた、やたら綺麗な顔してると思ったら目の色が紫色なんだね! 天幕じゃ暗くて気付かなかった。宝石みたいで綺麗だねー!」


 シュナの声で村人たちもクリスティーナの顔を覗き込む。


「紫の瞳!? 本当だ! 紫の瞳なんて珍しい! まるで──」


 バレた……!

 クリスティーナとランスロットは冷や汗を流す。


「伝説の聖女様みたいだ!!」

「せいじょさま……?」


 王女であることがバレたのではなさそうでホッとしたが……


「本当だ! 聖女様とおんなじ紫の瞳だ!」

「聖女様、うちにも病気のじーさんがいるんだ! ちょっと来てくれ!」


 村人にガッと腕を捕まれクリスティーナは鳥肌が立つ。


「待ってくれ、うちが先だ! 女房が足を怪我しちまって……!」


 どんどん村人たちの手がクリスティーナに伸びてきて恐怖を感じる。

 ランスロットを見ると険しい顔で今にも抜剣しそうな勢いだ。「いや」と声を上げたいが、それをしたらランスロットが剣を抜いてしまう。


 自分の浅はかな行動がとんでもないことになってしまった。

 なんとか自分でこの場を納めねば。そう思ったときだった。


「うわぁ!」


 二頭の馬がクリスティーナの真ん前に跳んできて、誰かに身体を捕えられて、クリスティーナの身体がふわりと浮く。


「ふはははっ! 聖女様はイヴァン盗賊団がいただくぜ!」


 クリスティーナの身体を掴んだ男が高らかに声を上げる。


「うわっ! 貴族を襲うって噂のイヴァン盗賊団だ!」

「イヴァン盗賊団って義賊って話じゃなかったのか!?」

「とうとうこんな村まで襲うようになったんだ! みんな逃げろ!!」


 村人たちは一目散に逃げ出して、クリスティーナは男に身体を掴まれたまま村の外まで連れ出される。


 そして山の中まで連れて行かれ洞窟の中へ入ったところで馬が止まる。


「おい、いい加減降ろせ……!」


 声を上げたのはランスロット。

 ランスロットを掴んでいた男はどさっとランスロットから手を離すとランスロットが「うぐっ……!」と地べたに叩きつけられる。


「ふぅ、座長……! こっちのにーちゃん重いっすよー!」

「ご苦労だった!」


 ランスロットまでクリスティーナのように担がれて馬で運ばれていたようでクリスティーナは目を丸くしてから、べちゃんと地べたに顔を打つランスロットを見てクスクス笑う。

 クリスティーナも黒の眼帯をした男から降ろしてもらって周りを見渡す。



 いかにも盗賊という風貌の男たちが何人もいる。その中にはランスロットとクリスティーナが返り討ちにした傷ついた盗賊もいた。そして数人、旅芸人の装いをした者もいた。


「あんたたち……王都で追われている姫様と騎士だったんだな!」


 クリスティーナは眉を顰め、ランスロットは剣に手をかける。


「報復でもするつもりか……!」


 ここで襲われたら分が悪い。山で襲われたときよりも敵の数は倍以上いる上に囲まれていて逃げ道は一つしかない。



「まさか……! マーサを助けてくれた礼に助けたつもりだったんだが。ほら……あんたらの馬と荷物! 何にも盗っちゃいないさ。確認してくれ」


 ランスロットが荷物を確認するが確かに何も奪われていない。


「改めて……、マーサを助けてくれてありがとう!」

「言っておくけど、あれは薬の効果なだけで、私は聖女なんかじゃないわ」

「ああ、わかってるさ。王都じゃ悪女だなんだって言われているみたいだが、賢くて他人のために動くことのできる、噂とは大違いのお姫様だ」

「全て作り話の冤罪だからな」


 ランスロットが口を挟むと「だろうな」とジョバンニは言う。


「お姫様、ゼクト公爵領の中心部から人相書が公布されているぞ! もう二日もしたらこっちの方の村にも届くと思う」

「っ!」


 先ほど中心部に近い村へ風邪薬を探しに行っていた一座の団員が帰ってきて、ジョバンニに人相書が公布されていることを報告した。

 特徴的な紫の瞳に腕の立つ護衛騎士が一緒ということで話を聞いてすぐにピンときた。


「早く国を出た方がいい」

「わかったわ! ジョバンニ。ありがとう!」


 クリスティーナとランスロットはすぐに馬に乗る。


「お姫様! あんたは自分のことを聖女様じゃないって言ったが、マーサを助けてくれたあんたは紛うことなく聖女様だったぜ……!」


 ジョバンニは去り際に言う。


「あんたらがピンチの時はジョバンニの旅一座が力になる!」


 その言葉を背に聞きながらランスロットとクリスティーナは洞窟を出た。

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