6 黒真珠の指輪
「シンディー嬢、詳しく聞かせてくれますか?」
「あ、はい。ランスロット様」
シンディーの父、リットレーベル公爵もペルシュマン辺境伯やゴドフリーと同じく、今回ゼクト公爵が訴えたルーナ国王の罪というものに納得していなかった。
過去にリットレーベル公爵は、まだ公爵令息であったとき王太子の補佐官をしていた。ルーナ国王がクリスティーナの父の代に代替わりする際、リットレーベル公爵は補佐官から宰相への打診があった。
だが、それはたまたま公爵が両親を亡くしたタイミングで爵位の継承や領地の経営で手一杯のころで、やむなくリットレーベル公爵は打診を断り、宰相の件はゼクト公爵へと話がいった。
革命軍がルーナ国王を捕らえたとき、あのとき自分が宰相を引き受けていればこうはならなかったと後悔していた。
そして、ゴドフリーと同様に国王の罪について調べたが、リットレーベル公爵が期待する答えは出てこなかった。
ゼクト公爵の周りの貴族はなぜかゼクト公爵の言い分に納得している。違和感のある話ばかりなのになぜそうなるのか。だが、ゼクト公爵の言うような証拠もあるので反論もできない。
リットレーベル公爵は騙されたふりをしてゼクト公爵に近づくことにした。
ゼクト公爵は公爵家で力を持った貴族であるリットレーベル公爵を歓迎した。
そしてリットレーベル公爵はゼクト公爵と交流を続け、一緒に参加した夜会で思わぬものを目撃した。
「父の話では、ゼクト公爵は黒真珠の指輪を嵌めていたのです」
「黒真珠の指輪……!?」
クリスティーナはそれを聞いて息を呑む。
いつも黒のシルクの手袋で両手を隠していたゼクト公爵だったが、手を滑らせてワインを手に溢してしまいその場で手袋を外した。
そしてその手の指には指輪が嵌められており、大きな黒真珠に指輪のアーム部分には古代紋様がびっしりと刻まれていたらしい。
「そんなはずは……! だって黒真珠の指輪はアイテール帝国にあるはずで……」
「間違いないそうです。父は屋敷に帰ってから古い文献を何度も確認して確信しました。それに黒真珠の指輪を使ったというのなら、ゼクト公爵の周りの者たちの異様な雰囲気も辻褄が合います」
「姫様……! アイテール帝国って……こないだ会った皇帝の……」
クリスティーナはランスロットの言葉でハッとする。
「彼は処刑を見にきたと言っていたけど……違うわ……」
クリスティーナは考えた。
「彼がゼクト公爵に黒真珠の指輪を渡した……?」
いや違う。それならあの処刑の場でクリスティーナたちを助けようなどしないだろう。
「わかった……黒真珠の指輪を盗まれたから探しにきたのね……」
ルーナ王国に聖女伝説があるように、アイテール帝国には古の魔道具の言い伝えがある。
その一つが『黒真珠の指輪』である。
アイテール帝国に伝わる黒真珠の指輪は嵌めた者の発言が聞いた者の精神へ干渉する、麻薬のように耳当たりの良い言葉に聞こえてくる作用がある。
「でも姫様、黒真珠の指輪は百年以上前に消滅したって言い伝えで……」
「いいえ、あれは消滅などしていないわ。公的には消滅したことになっているけど、存在はしているの。ただ、精神干渉するものは大陸法で規制されているから、アイテール帝国で封印され人目に触れないようになっているだけで、確かに黒真珠の指輪はある……」
そして考えながらハッとする。
「黒真珠の指輪は精神干渉する魔道具よ! ゼクト公爵のそばで色々探ってリットレーベル公爵は大丈夫なの!!?」
クリスティーナは慌ててシンディーに問いかける。
「それが……なんでか私も父も、ゼクト公爵の発言は気持ち悪いものにしか聞こえず、あれを受け入れている他の人たちに違和感しかなく……。ちなみに弟も気味悪がっていました」
それを聞いてホッとした。
「私たちも同じです。父上とも何かおかしいと言っていたんです。黒真珠の指輪を使っているというのであれば納得はできるのですが、我々には魔道具の効果が発揮されているようには思えない」
ゴドフリーもシンディーたちと同様だと言う。
「効果にムラがあるのでしょうか……?」
「可能性がないとは言えないけど、黒真珠の指輪についてわからないことが多すぎるわ」
クリスティーナはしばらく考え方針を決める。
「私、アイテール帝国へ行って黒真珠の指輪について調べてくるわ!」
「えっ!?」
「精神干渉を受けた者たちを元に戻す方法があるなら知りたいの」
「い、いや! 姫さんが行くのは危険だろっ! 俺が行くから姫さんはここで待っていてくれ!」
クリスティーナは首を振る。
「アイテール皇帝は私に帝国に来るように言っていたわ」
「姫さんっ……! まさかあんなやつのモノになろうなんて思ってるんじゃ!?」
アイテール皇帝であるアレクシスはクリスティーナに向かって「お前が欲しい」と言っていた。それを思い出してランスロットは嫌な汗を流す。
「馬鹿なことを言わないでちょうだい。話をしに行くだけよ」
「危険だ!」
「安全なところにいても国は取り戻せないわ」
「殿下が行くことによって、黒真珠の指輪について確実に情報が得られるというのであれば殿下が行った方が良いと思います」
口を挟んだのはゴドフリー。
「兄さん!!」
「それに殿下にとってはこの場所もこの国ももうすでに安全な場所ではありません。今しがた屋敷から早馬が来て、父上が城の使者にうちの領にある町と村全ての検問を許可したと情報がありました」
「!」
ペルシュマン家がクリスティーナとランスロットと無関係であると証明するために仕方のない措置だと理解はできる。
「殿下、先ほどメイドに旅に役立ちそうな荷物をまとめるように指示を出しました。馬はこの家の裏に繋いである馬を使ってください」
「ペルシュマン卿……ありがとう」
「ランスロット、お前も行け! 勘当したはずのお前がこの家にいると迷惑だ! 必ず殿下をお守りしろ!」
ランスロットはゴドフリーの目を見て力強く頷いた。
「クリスティーナさま……」
瞳に涙を滲ませて、クリスティーナを見つめるシンディーを抱きしめた。
「シンディー、こんなときでも私のお友達でいてくれてありがとう。有力な情報もありがとう」
「いえ……クリスティーナさま……必ず戻ってきてくださいませ……!」
「ええ。必ず解決策を手に入れて戻ってくるわ」
クリスティーナは涙を流すシンディーの目を見つめて言った。
「殿下、裏口からどうぞ。ランスロット、頼んだぞ」
ゴドフリーはメイドがまとめた荷物をランスロットに渡す。
「ペルシュマン卿もシンディーも、味方になってくれてどうもありがとう。辺境伯と公爵にも感謝していると伝えてちょうだい」
クリスティーナは裏口の前で礼を言う。
「殿下……どうかご無事で……!」
「私も……クリスティーナ様のご無事をお祈りしております……!」
「ええ、ありがとう!」
クリスティーナはランスロットと共に裏口から出てすぐにそれぞれ馬に乗って駆け出した。