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5 時間稼ぎをしたいだけ

 馬をしばらく走らせて森を抜けたところでランスロットが言う。


「姫様。やつらを始末しないなんて甘いんじゃありません? そんなんで復讐なんて出来るんですか?」

「何言ってるの? 私はあの者たちを助けたわけじゃなくて時間稼ぎをするだけよ」

「時間稼ぎ?」


 クリスティーナはふふっと笑う。


「南には何がある?」


 ランスロットは周辺の地理を思い浮かべる。


「この辺だとライツの谷がありますね……」

「そう。そしてその向こうにプレーガー侯爵領があるの」

「なるほど」


 クリスティーナの母の実家であるプレーガー侯爵領へ向かったと思わせるために兵士を殺さず南へ向かう様子を見せたのか。


「じゃあ、そろそろ元の進路へ戻りますか」


 ランスロットは馬を方向転換させようとした。


「だめよ! ちゃんと谷まで向かって!」

「えっ?」


 もう兵士たちの見えないくらい遠くまで来たのに谷へ向かう意味はなんだろうか。

 クリスティーナは谷まで来たら谷の向こう側へ続く吊り橋の前で馬から降りる。

 丘と丘の間に深い谷があり、十メートルくらいの距離だが、それを吊り橋で繋いでいる。


「ランスは焚き火を用意して待ってて」

「焚き火?」


 まだ明るい時間だが、焚き火など用意してどうしようというのか。


 クリスティーナは吊り橋を渡って向こう側の橋を吊っている主塔のロープをナイフで傷つける。


「ちょ、姫さん! そんなことしたら危ない!!」

「大丈夫よ。こんな程度で落ちたりしないわ」


 クリスティーナはザクザクとロープを傷つけてから一旦戻って荷物を漁る。


「あら……油ってなかったかしら?」

「ああ、油ならここに」


 指示された焚き火を用意するために使ったばかりだった。


「借りるわね」


 クリスティーナは先ほど傷つけた吊り橋のロープにその油をかける。じわじわと油が染み込んでいくのを確認したらクリスティーナはまた戻ってくる。

 そして焚き火の中から火の付いた木を一本抜き取り橋の手前から十メートル先の向こう側の橋の主塔に向かって「えいっ」と投げる。


 それが先ほど油を染み込ませたロープに当たるとぶわっと火が燃え移る。


「ばっちりだわ」


 もう片方の主塔のロープにも同じよう火を投げて燃やしてやると、ジリジリとロープが燃えて灰になる。

 そしてロープは橋の重みに耐えきれず、クリスティーナがナイフで入れた切れ込みからぶちん、と千切れてクリスティーナとランスロットのいる側の丘からぶらんと垂れ下がって落ちていく。


「すげぇ……! こんな簡単に」

「もともと劣化してて、この辺は風も強いし乾燥もすごいから燃えやすくなっていたのよ」

「ずっと城にいたのによく知ってますね」

「たまたまよ。この橋の修繕に国庫からいくら出すかの予算案で揉めてたの。軍事にお金を回したいゼクト公爵の反対がすごくて、ちっとも修繕が進んでいなかったから。これで新しい橋をかけるしかなくなったわ」


 こうやって吊り橋を落としてしまえば、橋を渡ってから向こう側へ行けないように吊り橋を落としたように見える。

 この吊り橋を渡らずとも回り道をすれば南へ行くことは可能だし、ランスロットの実家ということで辺境伯領へ追ってくる兵士もいるだろうが、ここまですれば、大半が南へ向かったと思ってくれて、辺境伯領へやってくる追手の数は減らせるだろう。


「さぁ、ランス! ペルシュマン辺境伯領まで急ぎましょう!」


 先に馬に跨って意気揚々とするクリスティーナを見てランスロットも、やっと元の調子に戻ってきたかと満足そうに笑う。


「飛ばしますよ、姫様!」


 ランスロットもクリスティーナの後ろに跨りすぐに辺境伯領に向かって駆け出した。




 いくら小さな国でも辺境伯領まで、馬一頭では休憩も必要なため四日はかかる。

 ランスロットは途中小さな町に寄り、洋服を購入し、二人とも地味な旅人の服装に着替え、食料を手に入れた。


「姫様、本当はちゃんとした宿で休ませてやりたいんだが……」

「平気よ。今は城の兵士たちに見つからないように先に進むことの方が優先」


 城の牢獄にいたときのことを思えば、野宿などマシな方だ。こうしてランスロットとクリスティーナは少しづつ確実に辺境伯領へ向かった。




「ここから先がペルシュマン辺境伯領だ」


 あるのはなにもない荒野。遠くの方に町と砦が見える。

 辺境伯の屋敷はあの砦で、軍事の際は砦が要塞の役割をしてくれる。


「姫様、あっちですよ」


 てっきりあの砦へ向かうのかと思ったが、ランスロットは別方向へ向かう。

 辿り着いたのは辺境伯領の外れにある小さな村。




 その村で一番大きな家へ行き、馬を馬留めに止めると、扉をドンドンと叩く。

 こんな村に誰がいるのだろうか。


「やっと来たか……待ってたぞ……!」

「兄さん!」

「ペルシュマン卿!」


 扉を開いて現れたのはペルシュマン辺境伯の長男ゴドフリー・ペルシュマン。


「兄さん、父さんは?」

「父上は屋敷で城から来た使者殿の相手をしている」

「やっぱりこっちにも来ていたか……!」


 急事や珍事の際、砦ではなくこの小さな村で密謀すると決めていた。


「兵士の数は想定より少なかったぞ」


 ランスロットとクリスティーナがここまで来る道中、あれ以来、追手の兵士に見つかることはなかった。

 クリスティーナの陽動作戦は功を奏したようだった。



「クリスティーナ王女殿下、大変ご無沙汰しております。この度の陛下の崩御、ペルシュマン家も何もできず誠に遺憾で……」


 ゴドフリーがクリスティーナの前で膝をついて礼をして、苦悶の表情で下を向く。


「ペルシュマン卿、顔を上げて。ゼクト公爵と革命軍は非常に巧みでした。私も何もできなかったのですから仕方ありません」


 自分でも何もできなかったのだから、誰のことも責めることはできない。


「兄さん、さっそくだけど軍を──」

「ランスロット、辺境伯軍は貸してやれない」

「なっ……!」


 ランスロットは革命軍に対抗するため、実家の軍を当てにしていた。


「ランスロット、お前はペルシュマン家から勘当だ」

「はっ!!?」


 予想をしていなかった言葉にランスロットは目を見開く。


「もともとお前は養子だ。血の繋がりのないお前を排除するのなど簡単だ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ……!」

「今は国民の心が革命軍側にある。今革命軍に楯突けば、我がペルシュマン家は国民の信頼を失い、貴族社会からも排除され、いずれ辺境伯としての力も失うだろう。そんな中お前は罪人である王女を処刑台から助けたんだ。今うちはお前とは無関係であることを革命軍に示さねばならない」

「陛下も姫様も冤罪だ!」


 ランスロットは強く主張した。


「そんなことはわかってる」

「じゃあなんで!? わかってて、長いものに巻かれるのかよ!」


 ゴドフリーの言うことにランスロットは苛立った。


「家を守るのに必要なことだ……! うちだって、今回の陛下の罪は捏造されたものだと思って裏を取った! だが、どれだけ調べて証言を取っても陛下の罪しか出て来ない。革命軍に対抗するには国民の心を動かせるだけの証拠がいる!」

「そんな……」


 当てが外れてランスロットは項垂れる。


「ペルシュマン卿の言うことはもっともよ。軍を使って力ずくて国を奪い返しても民はついて来ない」


 クリスティーナがランスロットに言い聞かせる。そしてクリスティーナはゴドフリーの方へ向き直し真っ直ぐ目を見て聞く。


「ペルシュマン卿……! 民が納得できる証拠があれば軍を貸していただけます?」


 こちらの意向を伺うように問われているはずなのに、強い圧を感じる視線にゴドフリーは背中に冷や汗が伝う。

 これが王族の気迫かとぞくりとする。


「そうこなくては……!」


 ゴドフリーはニヤリと笑う。


「実は屋敷の方に客人が来ていて、帰る前にこちらへ来てもらうようにお願いしている方がいるんです。もうそろそろ到着するかと……」


 ゴドフリーがそう言ったところでちょうど家の扉が開く。


「クリスティーナさまぁ!!」


 バンッと扉が開いて栗色の豊かな髪を靡かせて、可愛らしいドレスをローブで隠した令嬢が勢いよく入ってきた。


「シンディー?!」


 シンディーと呼ばれた令嬢はガバッとクリスティーナに抱きついた。


「クリスティーナさまぁ! お会いしとうございましたぁ!」


 目にいっぱいの涙を溜めてクリスティーナを見上げている。


「ああ、お身体は無事ですか? お怪我はございませんか? こんな格好をされて……! ああ、おいたわしい……!」


 シンディーはクリスティーナの顔や身体にぺたぺた触れて、無事を確認する。


「シ、シンディー? ランスの前だけど……?」

「えっ、あわわっ……!」


 シンディーは慌ててクリスティーナから離れて、身なりを整え、コホンと小さく咳払いをしてから淑女の礼をする。


「ごきげんよう、ランスロット様。お久しぶりでございます」

「え? あ、ああ、こんにちは、シンディー嬢」


 さっきまで泣きそうな顔でクリスティーナに縋りついていたシンディーは淑女の顔で微笑んで、美しい礼をしていた。

 あまりの変わり身の早さにランスロットは引いていた。


「なぜシンディーがここに?」

「殿下を探してうちの屋敷までお見えになったのですよ」

「ええ、王城ではプレーガー侯爵領へ向かったと情報が流れておりましたが、クリスティーナ様の性格を考えたら、それは陽動かと判断して一か八かでここまで参りました」


 シンディーとクリスティーナは幼い頃からの付き合いでお互いをよく知っていた。


「クリスティーナ様。此度の件、我がリットレーベル公爵家がおりながら、このような結果となったこと、大変申し訳なく、崩御された陛下にも顔向けが……」

「シンディー、いいのよ。あなたが気にすることではないわ。むしろこんなことになって、ごめんなさいね。あなたは大丈夫なの? 私と仲良くしていたせいで嫌な目に遭ったりしていない?」


 悲痛な面持ちで話すシンディーの言葉を遮り、クリスティーナはシンディーの肩に手を起き顔を覗き込む。


「はい。父が上手く立ち回っておりますので、私も上辺だけは取り繕ってなんとか過ごしております。ですが……クリスティーナ様のことを思うと胸が張り裂けそうで……!」


 再び泣き出しそうな顔でシンディーはクリスティーナを見つめる。


「私は平気よ。それよりシンディー、私に何か話があったのよね?」

「ええ! そうです! ゼクト公爵のことで……!」


 ゼクト公爵……。その名を聞いてクリスティーナの顔が歪む。

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