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4 俺が力になるから

 ランスロットは木を背にして周囲に気を配りながら考えていた。

 クリスティーナのこととこれからのことを。


 ランスロットの知るクリスティーナはあんな人形のような姫ではない。もっと溌剌と行動的で、自分で考え進んで動く姫だった。


 だが、父であるルーナ国王の首が飛んでから、クリスティーナは前を向いて進むことをしなくなってしまった。


 今もまだ現実を受け入れられていない。


「?」


 遠くの方から「おとうさま……おとうさま……」とクリスティーナの呟くような声が聞こえてきた。


 ――陛下のことを思い出して泣いているのか?


 だが、泣き声のようなものは聞こえてこない。おかしい。

 すぐに確認するため後ろを見ようとしたが躊躇った。クリスティーナには水浴びをして良いと言ってしまった。

 純粋に水浴びをしている最中であればそれを覗くのは非常にまずい。


 しかし、どうにも嫌な予感がした。


 ――ええい! 怒られたら怒られた時だ!


 ランスロットは意を決して湖の方を見た。


「っ! 姫さんっ!!」


 ランスロットの予想は的中した。クリスティーナは虚ろな目をして、中央に向かうにつれ深くなる湖の奥へと進み、もう胸の辺りまで湖に浸かっている。


 ランスロットはとりあえず騎士服のジャケットだけ脱ぎ捨ててすぐに湖に入った。


「姫さん! 何やってんだ!」


 慌ててクリスティーナに駆け寄って「姫さん! 姫さん!」と声をかけるがクリスティーナは全く反応せずに湖の深い方へと進んでいく。


「姫さんっ!!」


 ランスロットはすぐにクリスティーナに追いつき、ガバッと後ろから抱き止め、くるりと自分の方を向かせて肩を掴んでクリスティーナに強く言う。


「姫さん! これ以上進んでどうするつもりだ!」

「あ……ランス……」


 ランスロットに気付いてもクリスティーナは虚ろな目をしたままだった。


「今ね、やっとお父様に会えたの。ほらここに……」


 クリスティーナが後ろを向いて湖を覗き込む。


「だから、私もお父様と一緒に行こうと思って」

「っ……!」


 どこかぼんやりと笑ってそう言われ、ランスロットの背中に寒気が走る。


「どこへ……どこへ行くつもりだよ!! 姫さん、陛下は死んだんだ! 後でも追うつもりか!?」

「しんだ……?」


 クリスティーナがまた水面を見ると、月が雲で影になり湖にはもう何も映っていない。


「ああ……そっか……」


 クリスティーナは父の死を思い出す。


「お父様は……もう……」


 クリスティーナの瞳に涙が滲む。


「姫さん……!」


 ランスロットも国王を助けられなかった悔しさがある。クリスティーナの涙を見て顔を歪ませる。


「ランス……。私も……お父様のところへ行きたいわ」

「っ!」


 クリスティーナの訴えにランスロットは顔を引き攣らせた。


「姫さん……」


 ランスロットは少しだけ目を閉じてから、厳しい目をクリスティーナに向けた。


「陛下は……! 陛下は俺に姫を頼むと言ったんだ!」


 それを聞いてクリスティーナは目を見開く。


「王である自分よりも姫さんのことを頼むと! あんたはそんな陛下の想いを無下にする気か!」

「っ……!」

「悔しくないんかよ! あんなふうに冤罪をかけられて父親を殺されて! 憎くないのかよ!」


 ランスロットが捲し立てる。


「俺は悔しいよ! ゼクト公爵も! ローヴァン大公も! あの場にいた国民にすら嫌悪を覚えた! 姫さんは違うのかよ!」


 ランスロットの言葉が胸に刺さる。


「私だって……」


 クリスティーナが小さく声を発する。紫の瞳は揺れている。


「私だって……悔しいわ……。全てが……憎い……! でも、どうしろって言うのよ! 私はもう姫なんかではない! 祖国から追われる罪人よ! なんの力もない罪人なのよ!」


 ランスロットがクリスティーナを抱きしめる。


「俺がいる! 俺があんたの力になるから……! 姫さんが望むならゼクト公爵とローヴァン大公からルーナ王国を取り返してみせる。姫さんが望むなら二人に報復だってしてやるさ。俺を使え! 俺は姫さんの騎士だから!」

「…………わたしが」


 クリスティーナはぼろぼろと涙を流しながら、笑顔を見せてランスロットに問う。


「私が……復讐を望むような王女でも……それでもお前は私と一緒に来てくれる?」

「ああ……それが姫様のお望みであれば……! たとえ地獄であっても俺は姫様についていきます」


 ランスロットもくしゃりと笑ってクリスティーナに返事をした。


「ランス……!」


 それを聞いてクリスティーナはランスロットに縋りついて、わんわんと子どものように大泣きをした。

 ランスロットは号泣するクリスティーナを優しく包み込むように抱きしめた。



「ごめんなさい、ランス。ありがとう!」


 クリスティーナはひとしきり泣いてスッキリするとランスロットの背中に回した腕を外す。


「姫様……、あ……上がりましょう」


 ランスロットは少し目線を下げてからしまったと思う。くるりと踵を返し薄手の肌着一枚のクリスティーナを見ないように彼女の手を引いて湖から上がる。


 クリスティーナは手拭いで身体を拭いて、ランスロットがあらかじめ用意してくれていた焚き火で暖をとる。

 肌着は濡れてしまったので肌着はなしでドレスを着た。装飾が直に当たって痛いが着られないわけではない。


 ランスロットは濡れていない騎士服のジャケットをクリスティーナにかけてやる。


「ランス、あの……断頭台で私のことを助けてくれてありがとう」

「良いんです。あれが俺の任務なんですから」


 今さらのことだが、助けてもらった礼をずっと言えていなかった。


「あ、あのね、ランス……さっきはああ言ってしまったけど、私お前を雇うだけのお金も身分もないの。それにジョアンやケイトのことだって雇えないわ……」

「姫様、何言ってんすか。俺は金のない姫様に給料もらわなきゃならんほど貧乏人じゃありませんよ。ジョアンやケイトの給料くらい俺が出します。あなたはなんにも気にせず俺に命令してたら良いんですよ」

「ランス……!」


 ランスロットのクリスティーナに対する忠誠心は身分や金で決まるようなものではない。クリスティーナがどんな立場になろうとそれは変わらない。


「ランス、ありがとう……。今だけ……! 今だけは私をお前の主人でいさせて! ごめんなさい……いつか必ずお前を解放するから」

「ああ……」


 クリスティーナのお願いを聞いてランスロットはグッと拳を握る。


 ――今だけなんて言わないでくれ。


 解放なんてしなくていい。いつまでもずっとそばで守ってやる。ランスロットは心の中でそう思っていた。



     ◇



 翌朝、クリスティーナは少しだけ食事を摂ることができ、ランスロットはホッとした。


「ランス、これからのことなんだけど……」


 クリスティーナはどこを頼るべきか悩んでいた。

 本来であればクリスティーナの母の実家であるプレーガー侯爵家を頼るのが良いのだが、プレーガー侯爵家は国王が革命軍に捕まってから急激に力を無くしていて、侯爵という地位があるのに貴族としての発言権はとても弱いものとなっている。


「とりあえず、うちの実家へ行きましょう」

「わかったわ」


 ランスロットの実家であるペルシュマン家は辺境伯。軍事にも長けており、王家とは距離が近いようで独立した立場にある。

 王家が革命軍に乗っ取られた今なら、そちらを頼る方が革命軍に太刀打ちしやすい。



 火の始末をして、馬に荷を乗せる。


「ランス……、剣ってそれの他にもう一本あるかしら?」


 クリスティーナが険しい顔をしてランスロットに聞く。


「ええ、ありますよ」


 ランスロットも察してすぐに荷物から剣を取り出してクリスティーナに渡す。


「姫様は馬で先に……!」

「何言ってるの? 三人程度なら二人で倒した方が早いでしょ?」


 クリスティーナとランスロットが剣を構えると、木の間から三人の馬に乗った兵士が現れる。


「いたぞ! クリスティーナ王女だ。護衛騎士のランスロット・ペルシュマンも一緒だ!」


 一人の兵士がクリスティーナとランスロットを見て声を上げる。


「やはり追手だったか……!」


 遠くの方から何かが近づいてくる気配を感じていた。


 兵士は馬から降りてクリスティーナに近づいてきた。すぐにランスロットがクリスティーナを隠すように前へ出る。


「クリスティーナ王女、抵抗はやめてください。我々はあなたを処刑場まで連れ戻さねばならないのです」

「処刑場へ? お断りするわ。あいにく、私は行くところがあるの」

「であれば、無理矢理連れて行くまでです!!」


 馬から降りた兵士が斬りかかり、ランスロットがその剣を受ける。剣と剣のぶつかるキンッという金属音が響く。


 ランスロットが一人の兵士を相手にしている間に馬に乗った二人の兵士が馬に乗ったまま接近しクリスティーナに剣を振り上げた。


「姫さん!」

「大丈夫よ」


 クリスティーナは足元にあるロープをグッと強く引く。


「う、うわぁぁぁ!」


 周辺の木に引っ掛けてあったロープはクリスティーナが引っ張ると、ピンと張ってそのロープは馬の足に引っかかる。

 急に馬は足を取られ強く嘶き、乗っていた兵士たちはぐらりと揺れて落馬した。


「な、なんだ?!」


 落馬した兵士に気を取られている間にランスロットはやり合っていた兵士に斬り込むと防具に阻まれ血を流すことはなかったが、兵士は強い衝撃に「ぐはっ」と呻き声を上げて倒れ込む。

 落馬した兵士たちも強く身体を打ちつけており立ち上がることができずにいた。


 ランスロットが高く剣を振り上げる。


「ランス! 殺しちゃダメよ!!」


 クリスティーナの声にランスロットは振り下ろすのをやめた。


「ちっ……! 姫さんの温情に感謝するんだな」


 ランスロットは剣を鞘に戻す。


「ランス! 急いで!」


 クリスティーナは早々に馬に乗っていた。ランスロットも急いですぐに馬に乗って駆け出そうとした。


「ランス、南の方から回り道をして」


 小さな声でランスロットに指示を出す。


「?」

「はやく!」


 ペルシュマン辺境伯領へ向かうのであれば西へ向かうべき。

 ランスロットは疑問に思うがとりあえず兵士たちが起き上がる前にこの場から立ち去ることが優先だ。

 ランスロットはクリスティーナの指示通り南に向かって馬を走らせた。

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