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3 水面に見つけたのは

「行ったようだな……」


 アレクシスの姿が見えなくなり、アレクシスの部下の気配も完全に消えてからランスロットは息を吐く。


 クリスティーナは緊張し切った身体をホッと緩めた瞬間、眩暈がしてその場に崩れ落ちた。


「姫さんっ!」


 ランスロットの声を最後に意識が遠のいていった。



 ランスロットはクリスティーナが倒れた瞬間、慌てて身体を抱き抱えた。木の根元に着ていた上着を脱いで敷いて、その上にクリスティーナを寝かせてやった。



「隊長……これからいかがいたしましょう」


 影らしく出しゃばらず様子を見守っていたジョアンがランスロットに声をかける。


「ああ……ジョアンとケイトは顔が割れてないから、王都に残って情報を集めて欲しいんだが……」


 だが、一つ気がかりがある。

 処刑されたルーナ国王はなぜあんなに国民たちから恨まれていたのか。国王は決して悪い国王ではなかった。ゼクト公爵が巧みに悪評を流したにしては処刑のときの国民たちの異様な空気感は気持ち悪いものがあった。

 ユージーンだってそうだ。クリスティーナと出会ってすぐの頃にはあんな目をしていなかった。

 クリスティーナが話していたような優しい目をした王子だったから、クリスティーナのことは諦めたのに……。


「役に立つかはわからんが、これをそれぞれ常に身につけていてくれ」


 ランスロットはポケットの中から小さな小袋を三つ取り出して、その中の一つに入ってたものを空の小袋の方にも分けて三等分にして入れた。


「これは何ですか?」

「姫さんの髪の毛の入ったお守りだ」


 ジョアンとケイトは「えっ」と声を揃えて引き攣った顔をした。


「片想い拗らせ過ぎて……こ、こんなものまで……」


 ケイトは残念なものを見るような目で自分の上司を見つめた。


「ち、違うぞ! これは本当に効果があるんだ! 精神が安定するというか、心が不思議と落ち着くんだ」

「は、はぁ……」


 ジョアンは「隊長限定の効果じゃないか?」と喉から出かかったが、なんとかその言葉を飲み込んでそれを受け取った。


 このクリスティーナの髪の毛というのはルーナ国王からもらったものだった。

 ルーナ王家では生まれた赤子の産毛を剃毛し、それを小袋に入れて親が持つという風習がある。国王が革命軍に捕えられてすぐに牢獄に忍んで会いに行った際、革命軍の手に渡るくらいなら持っていて欲しいと言われて受け取ったお守りだった。



「まぁ、騙されたと思って身につけていてくれ」

「わ、わかりました……」


 二人はそれをポケットに仕舞い込む。


「隊長はどうなさるのでしょうか?」

「俺はとりあえず姫さん連れて実家に行く。落ち着いたところで連絡するよ」

「御意」


 王家の影は諜報活動もしていたので、どこに潜伏するか、どんな偽名を使って連絡を取り合うのかもある程度決まっている。


「姫様、どうかご無事で」


 ジョアンとケイトはランスロットからの指示を受け、眠るクリスティーナにそう告げてすぐに馬に乗って王都へ向かって駆け出した。



「さてと……」


 ランスロットは眠るクリスティーナの横に座った。


 隣を見ると青白い顔で眠るお姫様。

 そっと、ゆるく波打つ焦茶の髪を手で撫でた。柔らかで、癒される。そのまま前髪をかき上げると、なだらかな額が現れランスロットはそこに顔を寄せた。

 その瞬間、クリスティーナが「ううっ……」と呻き一筋の涙を流す様子を見て、ギクッとして慌てて退いた。


「あっぶねー……! 俺は何を……」


 涙を流して眠っている傷心の姫に何をするつもりだったのか。彼女はこんなふうに気軽に触れて良い存在ではない。

 手の届く距離にいるというのは危険すぎる。


「ユージーンさま……」


 クリスティーナが眠ったまま呟いて、ランスロットは「くっ……」と歯を食いしばる。



     ◇



 優しい目をして笑っていたユージーンの表情が冷え冷えとしたものに変わっていく。その後に父の首の落ちる瞬間が広がり、クリスティーナはハッとして起き上がる。


 全身から汗が吹き出て、ハァハァと荒く呼吸を繰り返した。


「姫様っ! 大丈夫ですか?!」


 すぐにランスロットが駆け寄りクリスティーナを落ち着かせようと背中をさする。

 ふう、ふう、とゆっくり息を整えてから、クリスティーナは周りをキョロキョロと見渡した。


「ランス! お父様は? 早くお父様を助けて差し上げないと! お父様が危険だわ。お前、王城まで様子を見に行ってちょうだい!」

「っ! …………姫さん、陛下は……もう」


 落ち着かない様子でクリスティーナはランスロットの服を引っ張り指示を出し、ランスロットはその手を掴んで服から離させ暗い表情をする。クリスティーナはその表情を見て考える。


「ああ……そうだったわね……」


 現実を思い出して下を向く。



「姫様、日のあるうちにもう少し進みましょう」


 そう言ってランスロットはクリスティーナを馬に乗せ自分もその後ろに乗って、ゆっくりめに駆けた。


「ジョアンとケイトは……?」


 影二人がいなくなっていることに気付き聞いてみた。


「二人は王都で情報収集をしてもらうため帰しました」

「そう……」


 ランスロットが答えると、聞いておきながら気のない返事が返ってくる。

 前を見ているけど、ぼんやりと見つめているだけで顔は青白く精気がない。


 ――まるで人形のようだな。


 そんなクリスティーナに危うさを感じる。



「姫様、食事にいたしましょう。携行食ですが、割といけますよ」


 ランスロットは暗くなってきたので、ここで一晩過ごそうと、馬から降りる。そして馬に乗せてある荷物から干し肉とクラッカーとドライフルーツを取り出した。

 そして干し肉を一つクリスティーナの手に無理矢理握らせ「どうぞ」と食べるように促した。


 クリスティーナもお腹は空いてないが、こんな時だからこそ食べなければと思った。

 そして小さく一口齧ろうとしたところで「ううっ」と吐き気が込み上げてきて、その干し肉をランスロットへ突き返す。


 戻すことはなかったが、今は何も口にしたくない。


「ドライフルーツも無理そうですか?」

「ええ、ごめんなさいね」

「いえ、腹が減ったら言ってください」


 無理もないかとランスロットは取り出した携行食をまた袋に包んで仕舞った。


「そいや、不思議に思っていたんですけど……」


 ランスロットは気分を変えようと、別の話を始めた。


「姫様の髪の毛、光沢の出るような色じゃありませんでしたよね。月明かりのせいかアイテール皇帝の言うようにやたらキラキラ見えますね」


 アイテール皇帝のアレクシスは断頭台でもキラキラ見えたと言っていた。正直断頭台からはさほどキラキラとは見えなかったが、月明かりを存分に浴びた今はクリスティーナの焦茶の髪がよく輝いてみえる。


 クリスティーナはまずいと思う。


「ランス……水浴びがしたいわ。処刑前の化粧の際に光沢の出る金属粉を頭に溢されたの。せめて、髪の毛だけでも洗いたい。どこか川でも良いから」

「あ、はい……ここより少し戻ると小さな湖がありました。そこでも良ければ……!」

「構わないわ。案内して」



 来た道を少し戻って湖に辿り着いた。

 クリスティーナはランスロットに水筒を借りて、湖の水を汲んでいっぱいにした。そして、じゃらじゃらと身につけさせられていたネックレスの一つを外してその中に浸す。

 すると水筒の中の水が茶色に濁っていく。


 処刑の際、国民の血税で贅沢をする傲慢な姫を演出するため目一杯飾り付けられた。

 欲しい宝飾品などなかったが、どうせなら、小さな頃から身につけていた先代の女王だった祖母からもらったそれだけは、身に付けて死にたいと思い、たくさん用意された宝飾品の中からどさくさに紛れて首にかけた。


「これはあなたがあなたらしく生きるために必要なものです」


 そんなようなことを言われて祖母から渡されたと思う。

 洗髪のときは必ずこれを水に浸して濁った水を髪にかける。祖母の言いつけをずっと守ってきた。


 毛先を見ると抜けた色が焦茶に戻りホッとした。


 ランスロットは離れたところで見張りをしているから、水浴びをしても良いと言っていた。

 もうずっと風呂にも入っていない。ここ数週間は牢獄におり身体を拭くことすらさせてもらえていなかった。


 後ろを確認すると、ランスロットは離れたところで木を背にして向こう側を向いていた。


 クリスティーナは重たいドレスを脱いで、袖のない肌着一枚になる。貸してもらった手拭いを湖に浸す。


 月明かりの中、揺らぐ水面にクリスティーナの紫の瞳が反射する。

 父親譲りの紫の瞳。


「ああ……お父様……そこにいたのですか。今お手を……」


 クリスティーナは水面に見つけた父の面影を追い、水の中にパシャリと入る。クリスティーナは水面を見つめ、後ろに後退る父を追って湖の奥へと進んでいく。

 しかし慌てて追いかけると水面が揺らいで父が消えてしまう。


「お父様……お父様っ……!」



 クリスティーナは父が大好きだった。

 物心つく前に病気で母を亡くし、父は妻の忘れ形見であるクリスティーナを大切に育ててきた。

 父であるルーナ国王は妻を亡くしてすぐに臣下たちから新たな妃を娶るようにと進言があった。

 だが、妻であるクリスティーナの母を深く愛していたルーナ国王は新たな妃を迎えることはしなかった。


「私のこういうところがだめな王なのだと思う」


 クリスティーナを抱きしめながらそう溢す。

 確かに国のことを考えれば王妃はいた方が良い。


「だが、私にはクリスティーナがいて、私の心にシャーリーがいる。他には何もいらないんだ」


 シャーリーとはクリスティーナの母のこと。父の愛は他の女性に与えられることはなく、父の心の中にいる自分を産んでくれた母と自分だけに注がれる。

 クリスティーナはそれが嬉しかった。


 ルーナ国王はクリスティーナを女王と育てるためなんでも教えた。

 王女だから淑女教育も当然あったが、国を守るべく政治も教えた。自分の身を守るための剣や武術も教えたし、敵が攻め入ってきたときのために軍事も教えた。

 クリスティーナが十五を過ぎると政務だってさせられた。一人でこなすことも多かったが、時には父も一緒に大変だと言いながら二人で頑張ってきた。


 父と共に国を良くしていこうと語り合った。


 まだまだ父から学ぶことはたくさんあった。




「お父様……! 行かないで! 私も今そちらへ参りますからっ!」

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