夏の雨にはご用心 (終)
「時計を探しているようなら残念だが、もうこの世にはない!」
「な、何を言ってるの? この世って……」
温厚な口振りだった男が突然、悪魔のような低い声で言い放ってきた。
僕は何だか急に不安が募り、ガタッと席を立った。
慌てて窓の外の様子を見るために窓際に駆け寄った。
良く見えない。
それは知っていた。
薄暗くて滝のように雨が降り続けているから僕はここに辿り着いたんだ。
外は相変わらずの嵐に見舞われているようだ。
男の様子が入って来た時とは明らかに違うのを感じ取った。
何かの冗談だと信じたかった。
僕は玄関口に行き、鍵をガチャガチャと回してみた。
「おかしいな……」開かない。確か、回すタイプのマンション扉の鍵のはずだけど。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
どんなに激しく叩いてもビクともしない。
これはいったい何の真似なんだ、と僕は憤りを禁じ得なかった。
そして振り返るとあの男が居るはずなのに。
蒸気を噴き出しているようにも見えた。
室内に霧が立ち込める。
変わらずにあの男の声は聴こえて来る。
どうしてなのか不敵に笑い声を上げ始めた!?
この記憶……いつか、どこかで。
見ていた。
いまも見つめている。
なぜか……繰り返すのはなぜか。
「だ、だれ? い、いったい僕をどうするつもりなんだ! 家に帰してくれよっ! 外に出してくれよっ!!! 僕を騙したんだな、この悪党め!」
「フンッ! お前の言う通り、悪党よ。悪の中の悪、魔の中の魔、そして王の中の王。私は悪魔王なのだ! そしてお前は勇者の末裔だっ!」
この世界は雨が降りだしたその時から崩壊し始めたのだ。
もう窓の外にお前が知る人間界はないのだ。
私の先祖たちはいつもこれを、この過ちを繰り返して来たのだ。
この失敗をなっ!!
勇者が現れる前に、勇者となる子孫を見つけ出す。
そこまでは良い作戦だったが。
必ず逃がしてしまい、あげくに弱いスライムから倒され、経験を積み、勇者へと成長する。
スライムを根絶やしにする方が早いかとも考えたが、スライム族はこぞって拒絶した。スライムたちも存続をかけ、私にある提案を持ちかけて来たのだ。
「それこそがこの計画よ。お前をイジメてたのはスライムだ、このハナタレが」
私は決断をした。
そして、その決断は間違っていなかったことを証明したのだ。
「フハハハハハハハーーーーーッッ!!!」
弱くて心細い帰り道、お前が一人になるその状況は、同じ弱者であるスライムにしか理解できなかった。
何も得られなかったがこうして生き残っている。小僧、お前と世界を切り離し成長などできないように封じ込めた我が勝利なり!!!
魔王を失った世界のやつらはいつまでたってもザコであり続けるのだ。
おのれごと勇者の末裔を異空間に封印してやった、ざまあぁぁ!!!
魔界か?
そんなものは全部スライムたちにくれてやったわッ!
======================
こうして勇者と魔王を取り巻くハイファンタジー系の住人は早々に歴史から消えた。
悪魔王様には入れ知恵をしておきました。ありとあらゆる世界から魔王と勇者が廃れる恐怖は計り知れない破壊力ですと。これに勝る者はいないでしょう。
「あっはっはっはっはっは。勇者軍から解放された。世界はボクらのもの」
ついに魔王と勇者のなり損ねを一掃してやった。
嵐が来る予感があるのに引き下がらずに快楽に近い感情で危険な場所へ赴くのは、まさしく勇者の気質だ。追われる弱者と勇者の性質を知り尽くしたのは我ら、スライムだけだ。
いじめに参加したスライムより。