遊び方を覚えた帰り道
肩で息をすればするほど喉が渇く。
知らない人の家屋だったが時折、軒下に入って休憩をさせてもらった。
何軒目か分からないが雨宿りをしていると、「──中で、休んで行きな」と声がした。親切な声に振り向いた先にいたのは見かけない初老の男性だった。
いったいここは何処なんだ。
外は相も変わらず大雨と激しい雷が鳴り続けている。
とりあえず言葉に甘えても良いんじゃないかと差し掛けられた言葉が天の助けにさえ感じて、中に入った。「こちらはどういう所ですか」僕が戸惑っていると。
「ここは見ての通りの碁界所だ」
男が中に並んでいるテーブルの上を指差して言った。そこには碁盤と碁笥のセットが沢山置いてあった。ああ、そういう商売があるって聞いたことがあった。
店内は声を掛けてくれた男以外は誰も居なかった。
外は生憎の嵐だからな。
「でも僕、お金持ってないですが」
小学生が自ら来るような雰囲気ではない。
勿論来ないとは限らないけど。
テーブルの脇には灰皿が置いてある。どの席にもだ。
大人しか入らない場所だと一目で分かる。
それにお金がないと言うよりも、そのゲームは経験そのものがない。
将棋とはちがって何も文字が書かれていないので自分などには意味の解らない遊びであった。
「今日は定休日だ」
え、そうなんだ。どおりで誰もお客さんがいないわけだ。
「遊び方を知らないって顔に書いてあるな」
「あ、はい。すみません」
心の中を見透かすような男の発言に、思わず頭を下げてしまった。
雨宿りをさせて貰っている身だ。それなりの礼を尽くさねばとも思ったからだ。
「暇を持て余していたところだ。雨が上がるまでで良いから碁を打ってみないか? 一から丁寧にルールを教えるからね。予報では深夜まで降り続けるようだから、挑戦してくれたら夜になる前に車で送ってあげてもいいよ、どうかね?」
これは──いま断ればどうなるんだろう。
外に摘まみ出されるのだろうか。こんなつもりは無かったから別にいいけど。
話に付き合うぐらいしか出来ないと思うから、悪い誘いではないよな。
言葉遣いも優しいし、温厚そうな人柄だし、客商売だし。
水ぐらいは飲ませてくれるかも知れないし。
僕はコクンと頷いていた。
男は僕に先にテーブルに向かって席に着くことを促すと、自分は入り口の扉の鍵をガチャリと閉めにいった。大風が吹いているから念の為だと言って。見知らぬ男と見知らぬ店で、二人きりになった。少しの不安や焦りがないと言えば嘘になる。
席に着くと男が、「君は黒だ。さあその石を碁盤の交点に置いてみて」言われるままに石を碁盤の目地の交点に置いた。それから随分と教えてもらった。そして水どころか温かいお茶を淹れてくれた。
窓の外に目をやると薄暗くてなんだか気味が悪い。
「いま何時ぐらいですか?」
実は店に入ってから、ずっと時間が分からない。
何故今まで気付かなかったんだ僕は──こんな大事なことに。
室内の壁の何処に目をやっても、時計らしきものが見当たらないんだ。
キョロキョロと部屋の中を見渡す僕を見て、男が口にした言葉で僕は青ざめる。