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08.飼い主現る


「えと……」


 突然声を掛けられた事もそうだが、見た事もない美形にモニカは戸惑いの声をあげた。


 薄桃色の髪は過去にも見た事がある。だがこの美形は過去に見た誰よりも美しい色を持っていた。髪の状態も良いのだろう、艶々と輝いている。3mは離れていると思うのだが、何故か睫毛の存在も確認できた。きっと長さも密度も他の人間よりあるのだろう。明るい髪色に対して瞳の色は灰色、落ち着いた色味は髪色とうまく調和して見えた。


 最初こそ女か男か判別出来なかったが、喉と肩のがっしりとした骨格に男である事がわかった。いや、男のわりには細身だとは思うが、やはり女の体型とは明らかに違う。


 モニカの戸惑いの声に反応してか、青年はゆらりと微笑みながら暴れるのをやめたうさぎを指差した。その際に彼の長い髪がはらりと耳から落ちる。それだけなのに森の木漏れ日と相まって幻想的な光景となり、モニカは息を呑んだ。

 本当に見た事がない程の美形だ。動いているのが不思議な程。これは人間なのだろうか。


 指を差したのにも関わらず無反応のモニカに対して青年は何度か瞬いた後、「ああそうか」と呟き、モニカとの距離を詰めた。


「そのうさぎ」


 近付いてくる青年に神経を注いでいたが、「うさぎ」という単語にモニカは目を見開き弾かれたように返事をした。

 

「あ!飼い主さんで」


 近隣の村に貼った張り紙を見て、どうやらこの青年は来たらしい。飼い主であるなら、来た途端うさぎが大人しくなったのも頷ける。モニカはほっとした顔で、大人しくなったうさぎを撫で青年には聞こえないような声で「よかったね」と囁いた。

 だが、うさぎは何処となく気を張っているような雰囲気だ。飼い主が来たのであればもう少し喜びそうなもの。しかしうさぎは鼻をスピスピと鳴らす事もなく、じっと固まっていた。心なしかいつもより体も固くなっている気がする。


 モニカは心のまま首を傾げそうになった。撫でる手を止めずに、目の前の青年に視線を戻す。先程よりも近くなった距離から彼を見れば、しているネックレスがうさぎの首輪についている石と同じな事に気付いた。という事はやはり飼い主に違いない。


「ええと、飼い主さんで良いんですよね?」 

「あー、飼い主。そうか、まあ、そういう言い方も出来るけど。うん、面倒臭いからそれで良いや」


 念の為、もう一度確認しておこうと訊ねれば青年は軽い調子でそう答えた。

 面倒臭いとはどういう事なのか。そもそも反応が少しおかしい。モニカはうさぎを抱いている腕に力を入れた。


「飼い主さんで無いならこの子は渡せないですけど……」


 警戒心丸出しで少し青年から距離を取る。もし飼い主で無いとするならば、このうさぎを渡すのは得策ではない。最悪のケースがモニカの頭に浮かんだ。

 だが、目の前の青年はモニカの言葉を不思議そうに反芻するときょとんとした顔で口を開いた。


「いや、だって飼い主ではないもん。そいつ魔獣だし」


 予想外の言葉にモニカは大きく目を見開く。そしてぽかんと青年とうさぎを交互に見た。

 

「魔獣……?」


 今まで見た事はないが、知識としてあるのは恐ろしい獣という事。魔力を保持し、個体によっては属性がある為、退治するのが難しいとも。


 モニカは腕の中にいる垂れ耳うさぎをじっと見る。どう見ても魔獣には見えない癒し系に見開いていた目が険しく歪んでいく。それを見て青年は馬鹿にしたような声を出した。

 

「額撫でた事ない?角あるよ、そいつ」


 そう言われ、モニカは確かに自分が頭部を撫でた事がないのを思い出した。いきなり頭を触れるのは怖いだろうといつも触れるとしたらお尻付近を撫でていた。いや、あれは背中というのだろうか?取り合えず胴体の何処かしらを撫でていたのだ。


 モニカは青年に言われ、ならばと初めて頭部に触れてみる。そっと耳と耳の間を撫でるように触れればツンという突起が柔く指先に突き刺さった。


「本当だ」


 確かに突起がある。普通のうさぎには無い突起が。だとしたら彼の言う通り本当にこのうさぎは魔獣なのだろうか。

 モニカは突起の全貌を見ようとふわふわの毛を指でかき分けた。そこにあったのは触れた感触と同じ突起。彼の言う角だった。


 驚きながらも何度も額を撫でていると、モニカの耳にまたしても嘲笑するような声が聞こえてきた。

 

「だからこいつはペットじゃなくて使い魔。ボクは飼い主じゃなくてご主人様。わかる?」


 確かに彼の言う通り魔獣なのだろう。それは分かった。そして魔獣が意外に可愛いものだと言う事も。だが、初対面でこの言われ様は中々思うところがある。顔が良いので許せるが、これが中年のおじさんだったら塩を撒いて追い払っているところだ。

 

 自称魔獣うさぎのご主人様はモニカの腕の中にいる自身の使い魔を覗き込んだ。


「にしてもこいつデブになってない?」


 直球な言葉にモニカはぎくりと固まる。

 そうなのである。保護していた期間はたった数日なのだが、どういう訳か最初の時よりも()()お肉がついてしまった。いや、訂正しよう、()()お肉がついてしまった。


 もしかしたらねだられる分だけ食事を与えていたせいかもしれない。あげればあげる程食べる姿に感動を覚えたというのもあるとは思う。だってこんなに小さいのにその体の倍以上の量を食べるのだ。何処に入っていくのか不思議で不思議でついあげすぎてしまった。


「そうですかね……?」


 泳ぐ目で答えれば、モニカの腕にいたうさぎがひょいと青年に奪われた。


「うわ、おっも」


 持った瞬間、嘘のない言葉が青年から漏れる。

 モニカは心の中で「ですよね」と冷や汗をかいた。


 うさぎを腕の中に収めた青年は体をひとしきり確認すると、突起のある額を重点的に撫で始め「あれ?」と首を傾げた。

 

「の割には、角育ってないな」


 ぼそりと呟いた事はモニカには聞こえない。

 だが、何かを呟いた事だけは分かり、モニカは申し訳なさそうに視線を下へ向けた。

 

「……すみません。食べさせすぎましたかね?」

「まあ、重さ的にはそうなんじゃない?」


 間髪入れず答えられ、申し訳なさからモニカは少し鼻を啜った。決して泣いてはいない。やってしまった事から泣きそうではあるけども。


 家出したペット(使い魔)が数日の間に増量したらそれは飼い主(ご主人様)は怒るだろう。動物の肥満は病気に直結するとモニカは聞いた事があった。聞いたのはここ数日の話だが。

 もしかしたらうさぎ片手に出掛けた際に言われたので、最初よりも大きくなっているうさぎを見て心配からの発言だったのかもしれない。いや、「かもしれない」ではなく絶対そうだ。

 

 モニカだって気付いていなかった訳ではない。実は気付いていた。大きい?大きいかな?でも……、と甘やかした結果が今日のこれだ。

 青年はうさぎをこれでもかと点検、いや健診をしている。石の様になったうさぎをこねくり回し、眉を顰める姿を見てモニカは居た堪れなくなり、消えそうな程小さな声で青年に声を掛けた。

 

「よ、良かったらお茶でも」

「ああそう?じゃあお邪魔しようかな」


 角を弄りながら青年は軽く答えると、ふらふらとしたモニカに誘導されるがまま家の中へと入っていった。




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