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07.うさぎ


 ふすーふすーと寝息を立てている白くふわふわな物体。とろけたような体を自分と同じような毛で出来た布に沈ませ、時折長い耳をピクピクと動かしている。


 家主よりも寛ぎ、ふわふわなクッションと同化しているのは白い垂れ耳うさぎ、つまりは件の害獣である。

 あの日、このうさぎを見つけたモニカはその寝姿に毒気を抜かれ、なんと家で保護をしているのだ。


 あんな事をしでかしたのにふすふすと気持ち良さそうに寝ているうさぎ。保護した初日からこんな調子である。懐いているかと言われたら、恐らく懐いている。お腹が空いている時しか甘えてはこないが。


 そんな寝ているうさぎを緩む頬で見ながら、モニカはキッチンで餌となる野菜を準備していた。食い散らかされた人参と市場で購入した普通サイズのキャベツ。それと同じく市場で購入した林檎だ。普通サイズのキャベツの前に芽キャベツをあげてみたのだが、どうやら芽キャベツはお気に召さないようで、一口食べてペッと吐き出された。


 因みにこのうさぎ、どうやら飼い主がいる様なのだ。ふわふわの毛に埋もれて中々気付けなかったのだが、首輪をしている事に保護してから数時間後に気付いた。それも首輪と言ってもペットに付けるには少しおしゃれ過ぎる石がついた華奢な物だ。

 こんな綺麗な物をしているのであれば飼い主に溺愛されているに違いないとうさぎ片手に近隣の村へ飼い主探しに行ったのだが、名乗り出る人物は何故かいなかった。


 結局『迷いうさぎ保護しています』という張り紙をモニカが急ごしらえで作成し、今は飼い主が現れるのを此処で待っている。


「うさちゃん、今日のご飯ですよー」

「ぶッ!」


 モニカは適当に切った人参やキャベツをうさぎ用の器に入れ、クッションの前に置いた。律儀に返事をしたうさぎはクッションからぴょこと降りると小気味いい音をさせながらそれを咀嚼していく。

 保護してみて分かった事だが、どうやらこのうさぎは良く食べるうさぎらしい。畑での食べ散らかしでもそんな感じはしていたが、次から次へと野菜を欲しがりその小さな体の何処に入っていくのか不思議になる程。モニカはサクサクと食べるうさぎの食事風景を無心で見ていた。何故か癖になる音と口元はとても時間泥棒である。


「かわいいなあ」


 一生懸命な食事風景は見ていて飽きない。時間が許すならばずっと見ていたい程だ。ぴこぴこと揺れる耳がとても可愛い。触りたいところだが食事中は手出し厳禁。モニカはうさぎと同じ目線、床に寝転がりながら動く耳と口を見ていた。


「君は何処の子なのかなー」


 食事中は何を聞いても無反応だ。もしゃもしゃと欲望のままに貪る姿を暫く見ていたが、床からグウゥという音が聞こえて来た。その音に現実に戻されたモニカは寝転んだ体勢から床にペタリと座り込み、音の鳴った腹をさすった。


「私もお腹が空いたわ」


 ヨイショと立ち上がり、温めてあった鍋の中身を器によそる。白いドロリとしたこれはホワイトシチューだ。いつぞやの主婦にレシピを教えて貰い作ったのだが、中々に美味しくない。これはレシピのせいではなく、モニカの腕によるところなのだがモニカにはレシピと自分の料理の何が違うのか全く分からなかった。


「煮込むだけと思ったけど違うのかしら」


 首を捻り、シチューを掬う。鍋底が焦げていたせいで焦げの味がした。


「うん、やっぱり失敗してるわね」


 昨日は感じなかった焦げの味。恐らく鍋を温め直し過ぎたのが原因だろう。まだ鍋半分はあるシチューに少し泣きたくなった。


 スプーンを口に運ぶのを躊躇い、現実逃避でうさぎを見る。表情はわからないが、美味しそうな音に癒された。





 モニカは今日も今日とて畑仕事である。

 今日の作業は程良く発酵してきた堆肥をまき、追肥をする事だ。村の人から貰ったツナギの服と麦わら帽子を被り、モニカは庭へと出た。

 その姿はとてもじゃないが、伯爵令嬢には見えない。どうみても農民である。


「よしよしよしよし、今日はいい天気じゃない?捗りそうだわー」


 最近は春に向け気温も上がってきた。もう日中だと少し動けば汗ばむ程だ。

 スコップ片手に堆肥置き場へ向かったモニカは持ち運びが出来る紐のついた桶に発酵の進んだ堆肥を放り込む。満タンまで入れると重い為、持てる範囲で入れ、それを肩に掛け畑まで移動した。


「んあー、重いー」


 ぼやきつつも手持ちのシャベルで適当にかけていく。後で土に混ぜ込むので取り敢えず此処は上からかけて行くだけで良い。

 そんな作業を何往復かしていると玄関からカリカリと音がしている事に気付いた。モニカは苦笑しながら作業の手を止め、桶を肩から下ろすと玄関を開いた。


「うさちゃん、外出たいの?野菜食べちゃ駄目よ」


 カリカリ音は外に出たがっていたうさぎの抗議の音である。玄関を開けた瞬間、うさぎは玉のように飛び出し、一直線に人参畑まで向かっていった。


「ぶッ!ぶッ!ぶぅ!」


 興奮している様子にモニカは慌てながらうさぎを追いかける。また食い荒らされては堪ったもんじゃない。


「ちょ!さっきご飯食べたよね?駄目よ!そこのは!」

「ぶぅ!ぶッ!」


 追い付いたうさぎを軍手の手で抱き上げる。暴れるうさぎを落とさないように両腕で抱くが、そんなに人参が食べたいのか暴れっぷりが凄い。落としそうで怖くなったモニカはうさぎを外に出したのを後悔した。

 モニカの目が届く範囲であれば大丈夫かと思っていたが、そうではなさそうだ。


「もうお家入ろっか!ね!」


 鼻息荒く抗議してくるうさぎを落とさないように早歩きで玄関へ向かう。これ以上暴れてくれるなと思いながら「ぶぅぶぅ」鳴くうさぎをがっしり抱えていると、突然背後から声を掛けられた。


「ああ、合ってた。やっぱりそのうさぎだよね」


 突然の声に驚き、動きを止めたモニカ。その声にうさぎの動きも自然と止まった。


 モニカは驚いた顔のまま、声がした方へ振り向く。そこにいたのは薄桃色の髪を持つ中世的な美形だった。




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