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06.食べられた野菜


 今日も今日とて畑仕事をしていたモニカはしゃがみ込みながら小さな草を抜いていた。背中を丸め、ちまちまと抜いた草を捨てやすい様に籠に入れる。最終的に堆肥置き場へ放り込む為だ。


 草取りというものは腰がやられるが、慣れてくると無心になれるので楽しい。独り言もあまり言わず、黙々と抜いていたのだがモニカは自分の視界にある物を見つけ、思わず大声を出した。


「あ!またやられてる!」


 そこにあったのは可哀想に、土から掘り出されているカブだ。それも普通のカブでは無い。一口二口齧られ、いびつな形となっているカブである。

 モニカはがっくりと肩を落とし、そのカブを手に取ると眉を顰めた。


 ここ最近、こういう作物が増えている。害獣というものらしい。そもそも此処は森だ。いくらでも獣が居るのでこういう事は想定内ではあるが、見つける度に悲しい気持ちとなる。


「森の中だからしょうがないけど、こんな毎日毎日やられるとやんなっちゃうな」


 じっと犯人の歯形を見る。獣、それも小型の獣の痕だ。モニカよりも小さい歯形に思わず溜息が漏れた。この間リスを見掛けたがそれが犯人だろうか。


「リスってカブ食べる?でもなあ、リスくらいしか心当たり無いし」


 モニカはそう言いながら視線を上に向けた。此処は森である。あちらこちらに生えている木はきっとリスにとっては住み心地が良いに違いない。その証拠に今まさに忙しなく一匹のリスが木の枝を行ったり来たりしていた。


「君が食べたのー?」


 無意味だが一応声を掛けてみる。当然無視され、リスはちょこちょことあっという間に何処かへと消えていった。


 いや、別にリスに少し齧られたくらいどうって事はない。それに彼らの森にいきなり住み始めたのはモニカの方だ。それなのに作物がやられた!と騒ぐのはおかしな事である。

 だが、そうは思っていても愛情込めて育てた野菜が中途半端に齧られて放置されるのは悲しいものだ。

 せめて全部食べて欲しい。それか頬袋に入れて持ち帰って欲しい。


 モニカはリスが消えた方を暫く見ていたが、こればかりはしょうがないと鼻を鳴らし、立ち上がった。グーっと背中を伸ばし、体を左右に捻る。するとボキボキボキと心地良い音が響き、モニカは「あ~」魂が抜けたような声を出した。


「まあ、良いや。取り敢えず明日市場に出す野菜を確認しとこ」


 ひとしきり骨を鳴らし終わったモニカは草の入った籠を小脇に抱え、収穫時期を迎えた野菜達の点検へと向かう。その顔は少し落ち込んで見えた。



 そして次の日の早朝。

 モニカは朝収穫したての野菜が入った籠を台車で押しながら市場へと向かった。モニカの家から村の市場へは大体20分程の距離である。此処へ来るまでは5分も歩けなかったモニカだが、体調が良くなった事で20分の距離も息切れ無く歩く事が出来た。息切れのしない体、密かに嬉しかった変化の一つである。


「おはよう、モニカ。今日もいい感じだね」

「おはようございます、ジェシカおばさん。ありがとう、そう言って貰えると凄く嬉しい」


 市場へ向かう途中、顔見知りに声を掛けられ、モニカは台車を押しながら答えた。「ジェシカおばさん」とはモニカの市場での常連である。モニカが野菜を出すといつも何かしら買ってくれる優しいおばさんだ。


「今日は何出すの?あら、カブがある。かぼちゃも。かぼちゃなんてよく作ったわね、蔓の管理大変でしょう」

「本当本当!少し気を抜くともじゃもじゃになるし、色んなところに髭は絡むし」

「そうなのよね、孫蔓とか何とかってよくわからなくなるわよね」

「そうなんですーー!本当に!」


 普段ひとりで四苦八苦しながら作っているので、こういう会話がとても嬉しい。感情のままに話していれば、あっという間に市場へと辿り着いた。

 市場へ着くとジェシカは「先に小さいものを買ってくる!」と急ぎ足で去っていった。モニカの野菜はその買い物の後に来てくれるらしい。別れる際に「取り置きって駄目よね?」と弱気な声で言われ、普段はやっていないがと前置きした上でモニカは苦笑しながら了承した。こういう事はあまりしたくはないのだが、はっきり断る事はまだモニカには出来ない。人とあまり接していなかったせいか人に嫌われる事がとても怖いのだ。


 市場での自分に与えられたブースへ野菜を並べ終わると待ってました!とばかりに主婦達がモニカのところへなだれ込んで来た。


「今日はレタスないの?あ、芽キャベツがある!これシチューに入れると美味しいのよね」

「ほうれん草もシチューに合うじゃない。ほうれん草とカブちょうだい」

「私は白菜入れるのが好きよ、とろとろになって凄く美味しい。というわけで白菜二玉くださーい!」


 主婦達はいつもアグレッシブである。あれこれとコミュニケーションを取りながら的確に指示を出していく。少しでも遅れると「ちょっとちょっと!若いんだから!」とお尻を叩かれるのだ。お尻を叩かれた事など今まで無かったモニカは最初こそは固まり「何故……」となったが、主婦達のその行動に深い意味は無い事を知り、それを受け入れた。勿論叩かれない事が一番であるので、それぞれ四方八方から聞こえる注文に素早く対応しながらもお尻をきちんと隠している。

 

「ちょっと待って!早い早い!ルナさんはどれ買うって言いました?芽キャベツ?」

「そうそう芽キャベツ!あと人参も!」

「じゃがいもは?」

「え、じゃがいもあるの?じゃあそれも」

「じゃあ全部で800Gになります。お釣り出ます?」

「こんだけ買うんだから少し安くしてよぉ」

「えええーー、……いやいや今日は無理かな。害獣被害で少し出せる野菜減ってるから」

「そうなの?残念!はい800Gぴったり!」

「ありがとうございます!」


 ぽんぽんと相手のペースに合わせて会話をすれば、自然と早口になってくる。次から次へと訪れる嬉しい客に足と舌を縺れさせながら接客をすれば、おおよそ1時間程で全ての野菜がはけた。空になったスペースを見て、ふうと一息吐いたところでジェシカがモニカの名前を呼びながら駆けてくる。


「モニカ!お待たせ!今日もはけるの早いね」

「ねえ、ありがたい限り」


 そう言いながら隠していたジェシカの野菜をモニカは手渡した。


「はい、どうぞ。足りないものあります?もしあったらまた明後日に来る予定だから、その時に」


 渡された紙袋を覗いたジェシカは「大丈夫そう」と頷くと、申し訳なさそうな笑みをモニカへ向ける。無理を言って申し訳ないという事なのだろう。はっきりそうとは言われなかったが「ありがとう」と感謝はされた。


 ジェシカと別れたモニカは荷物を纏め、帰路へ着いた。軽くなった台車をころころと転がし、のんびりと家までの道を行く。市場から10分程歩いたところにある整備されていない草だらけの道を行けば高い木々の生い茂るモニカの住む森だ。

 帰ったら野菜の世話をしなくては、とぼんやりと考えていたモニカだったが、自身の家が見えてきたところでぎょっと目を見開いた。


「え!えええ!!これは無いでしょう!!」


 絶叫と言っても過言ではない声量に木々に留まっていた鳥達が一斉に羽ばたき出す。結構な羽ばたきの音が聞こえたが、目の前の惨状に五感が全て奪われていた為、モニカには何も聞こえなかった。


 今モニカの目の前にはボロボロなたくさんの人参がある。恐らく数としては栽培している数の三分の一程だろう。いつもと同じように一口二口齧られたものがあちらこちらに転がっていた。


「うそでしょう……」


 あまりの酷さに声も小さくなる。近くに寄り、人参のひとつを拾ったモニカは泣きそうな気持ちだった。何故なら見境なくやられている。小さいものの収穫間近なものもだ。


「泣きそう……」


 実際は少し泣いていた。スンと鼻を鳴らし、人参を一本、二本と拾っていく。

 やはり森で野菜作りなど無謀だったのだろうか、そんな事を考えながら人参を拾っているとふと耳が聞きなれない音を拾った。


「ぶぅ、……ぶぅ」


 その音は白菜の陰から聞こえるようだ。モニカは眉根を寄せながら、すり足でそこを覗く。


「っ!」


 見えたのは、真っ白なふわふわな毛玉。完全に油断し切った体勢で寝ている垂れ耳のうさぎだった。




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