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05.新しい生活


「わあ、すごい靄」


 朝日が昇ったは良いものの、まだ薄暗さが残る森の中。木々の間から落ちる陽は様々な影を作り、朝靄と相まって幻想的な景色を映している。早朝というべき時間は一日の中でも一瞬で終わる時間だ。この時間が一番好きなモニカは寝巻同然のワンピースに厚手のストールを羽織りながら、簡素なログハウスの玄関からそっと外へ出てきた。扉を開いた瞬間、朝特有の澄んだ冷たい空気が肺を襲い、その冷たさに胸元に手繰り寄せていたストールで口元を覆う。体を包む空気は冷たいが、耐えられない寒さではない。その証拠に口から吐き出される空気は無色である。


 身を縮こませながら、造り付けの玄関前にある階段を降りたモニカは家の正面にある畑へと足を進めると作物の前にしゃがみ込んだ。


「これは中々良いんじゃないかしら?」


 ふむふむと葉に触り、その裏も見てみる。虫食いも無く、変色もない。健康そのものの葉をしていた。


「一時はどうなるものかと思ったけど良かった。やっぱり虫対策は大切なのね」


 青々とした葉に満足したモニカはちょんちょんと葉を突く。その僅かな衝撃に朝露が弾けるように落ちた。濡れた指先をストールで拭いたモニカはゆっくりと立ち上がり、畑を見渡す。

 

 現在、モニカは此処で野菜や薬草を育てながら日々の生計を立てている。

 あの塔を爆破し、家出したモニカは慣れない魔力に振り回される様に見知らぬ土地へ飛ばされた。塔から離れて数分の出来事である。

 意気揚々と出て来たは良いものの、先の事を考えていなかったモニカは「どうしよう」と立ち止まったのだ。そしてその瞬間、モニカの不安を察したかの様に魔力が身を包み、この森へ飛ばされた。

 呆けている間にいつの間にやら家も出来、何かに引っ張られるように家の中へ入ると家具も雑貨も既にある状態。腑に落ちないながらも、どこかで納得している自分もいた。


 そして「もうどうにでもなれ」と此処での生活を始めたのだ。


「いやあ、畑も立派になったものね」


 此処に住み始めて既に2か月経過した。畑は住み始めて一週間でちょこちょこと耕し始め、今や当初の五倍はある広さとなった。それでも市場に卸している為、収穫量は満足していない。そしてモニカの作った野菜や薬草は評判が良い。市場へ持ち込めば一時間もあれば完売する程だ。まあ、元々の量が少ないというのがあるのは確かだが。それを加味してもやはり評判は良いと思う。ひっきりなしに人は来るし「モニカの作った野菜だけは子供が食べてくれる」と嬉しい言葉も貰えたりするのだから。


「水撒こうっと」


 感慨深く畑を見ていたモニカはそう言うと両手を広げた。すると指先に集まった魔力が雨の様に畑へと落ちていく。ぽつりぽつりと優しく降り注ぐ局地的な雨。それはモニカが此処に住み始めてから初めて制御が出来た魔術だった。どういう名前かはわからない。だが、きらきらと輝く雨粒が野菜や薬草に落ちる時、ぽわっと優しい光に包まれるのがモニカは好きだった。それはまるで美味しくなるようにというモニカの願いが届いているようだから。


 地面が程よく湿ったのを確認したモニカは朝食分のほうれん草とカブを収穫し、家へと戻る。


 料理など家に居た時は当然の様にやった事はなかったのだが、この森近くの村に住んでいる豪快な主婦に教えて貰ってからは簡単なものは作れるようになった。美味しいかどうかは別だが、食べても体に害はない。


 今は慣れた包丁も最初はぷるぷると震えながら持っていた。今考えればどうしてそんな危険な切り方が出来たのかと不思議な程、不安定な切り方もしていたものだ。


 モニカは収穫してきたものを流し台にある桶に入れるとそこに水を注いだ。それと同時にカブについた土を落とすと桶に溜まった水を一度捨て、また水を溜める。ほうれん草に付いた土や小さな虫を確実に除くためだ。以前、さっと水洗いだけをしたら食事中にひょっこりと見てはいけないものが出てきて悲鳴を上げた事がある。それからはちゃんと水攻めをしてから調理をするようにしているのだ。


「カブって皮剥く?どうしよう。面倒くさいな」


 トンと葉を落とし、その葉をほうれん草と同じく桶に沈める。葉の無くなった丸いカブをまじまじと見ていたモニカは「はあ」と溜息を吐き、カブの端に包丁を沿わした。


「剥こう。たぶん剥いた方が美味しいよね」


 まだ丸いものを剥くのは慣れていない。手を切らないよう、おっかなびっくり包丁を上から下へと下ろした。


「あれ?回しながら剥く?いやもう剥ければいいかな。わからないよー」


 初心者特有のどれが正しいか分からない問題に直面しつつも、皮が剥ければ料理はあっと言う間だった。水の入った鍋に切った野菜を入れ、カブに火が通ったら後は塩で味を調えるだけ。簡単なスープは美味しさよりも胃を満たすだけに特化している。それに貰ったパンを添えればモニカの立派な朝食の出来上がりだ。


「あ、あとコーヒー」


 スープとパンをテーブルに置いたところでコーヒーの存在を思い出し、沸かしていたお湯をフィルターの中に注いでいく。途端香る心地良い香りにモニカはほっと息を吐いた。朝のコーヒーの香りは一日の始まりに欠かせない存在だ。目を細め、匂いを堪能しているとカップに程よくコーヒーが溜まる。コーヒー滓をキッチンの端にある堆肥置き場行きのゴミ箱へ入れ、モニカは漸くキッチンにある小さなテーブルセットに腰を掛けた。


「いただきます」


 ほぼ素材の味しかしない薄味のスープを一口啜り、首を捻る。そして自分の拳程のパンをちぎった。


「塩少々って難しい」


 毎日その感想になる食事。もくもくと食べ進め、お腹が半分程満たされたところでスープもパンもテーブルから無くなった。モニカはお腹をぽんぽんと軽く叩いた後、コーヒーの残りをゆっくりと飲み干すと今日の予定を頭の中で立て始める。


 今日は市場に何も卸さないが、トマトが買いたい。本当はモニカもトマトを育ててみたいが、時期的なもので育ててはいない。トマトは暑い時期の栽培は簡単らしいのだが、肌寒いこの時期はまだ難しいと村の人が言っていたからだ。


「市場に行って、トマトと……あと薬草の苗が欲しいかも。よし!」


 そうと決まれば出かける準備をしなければ。

 モニカは椅子から立ち上がると、食器を流し台へ運び桶に沈める。少ない食器であれば直ぐに洗う方が楽なので手早くそれを済ませると段数の少ない階段を登っていく。その先には洋服箪笥のある寝室があるのだ。


 他人の目がない生活はとても楽しい。自分の意思で生きている事が実感できる一人暮らしは自分にとても合っている気がする。そうモニカは日々思いながら新しい生活を楽しんでいた。




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