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48.天罰は続く


 半壊した家の中、モニカを抱えたままのリンウッドはこの状況をどうするべきか考えた。

 どう考えてもウーヴェとモニカの婚約者はモニカを連れ戻しに来ている。それ以外考えられない。あんなに大金を積んで探していたのだ、今さら様子を見にきただけとは考えずらいだろう。


 モニカの肩を抱く手に力を入れ、リンウッドは口端を上げる。


「なに? 何の用? こんなボロボロな家にさ」


 今にもモニカを奪い取りそうなシルビオから隠すように、モニカの顔を自分の胸に軽く押し付ける。生温かい空気が胸を撫でた。


 シルビオは顔を隠された事で初めてリンウッドの存在を認識したのだろう。ギョロリと瞳を動かすと怪訝そうに目を細めた。


「お前、誰だ」


 確かにシルビオからしてみればリンウッドは、怪しい男である。家出をした義妹を隠すように抱き、こちらを敵意のある目で見ているのだから。軽薄そうに笑んでいるが、その瞳は実に攻撃的だ。少しでも近付いたら殺されそうな程に。


「リンウッドだよ、私の元同僚。魔力を無くしたから大した事は出来やしないけど」


 シルビオの問いに答えたのは瓦礫の中を歩いてくるウーヴェだった。ウーヴェは足元の瓦礫に気を付けながら、大股でリンウッド達の共へと向かって来る。

 視線は主に下へ向けているが、部屋の惨状が気になるのか時折辺りを見回すように視線を上げていた。


「久しぶり、リンウッド。まさかこんなところで会えるとは思っていなかったよ」


 ウーヴェはトン、とリンウッド達のすぐ近くにある瓦礫を越えると柔和な笑みを浮かべ、そう再会の挨拶をした。


 ウーヴェの笑みは胡散臭い。予めリンウッドが此処にいる事が分かっていたようなわざとらしい笑みに思わず舌打ちが出そうになる。

 眉間に皺が寄る寸前、リンウッドははたと気付いた。


(ああ、あの魔術師って)

 

 モニカがいつぞや話していた魔術師、それはきっとウーヴェの事なのだろう、と。

 ウーヴェは最初からモニカを家帰す為に接触していたのだ。


(本当、モニカは人を見る目が無いな)


 それには勿論自分も含まれている。リンウッドは自嘲した後、嫌味なくらい、にこやかに微笑んだ。

 

「それはボクの台詞だよ、ウーヴェ。こんな所に何の用?」

「用? そんなの分かっているだろう?」


 お互い笑みを崩さず、話を続ける。分かってはいるが、それを認めるかどうかは別の話である。リンウッドはモニカを離すものかと更に抱き寄せた。

 

 それに眉を顰めたのはシルビオだ。シルビオはモニカを覗き込もうと膝をついていた体勢から立ち上がるとウーヴェを見た。


「ウーヴェ、早くモニカを連れて帰ろう。此処は危ない、色々とな」


 最後の言葉はリンウッドへの言葉だ。鋭い、軽蔑するような視線と共に吐き出された言葉にリンウッドは反応する事無く、ウーヴェを見続ける。笑みは先程の言葉で消え失せた。警戒の色濃い表情は自身の不利を十分理解していた。


 今の魔力が無いリンウッドには戦う術がない。魔獣使いとして対抗したいところだが、現在直ぐに対応出来そうな魔物はホーンラビットくらいである。しかしこのホーンラビットは現在ウーヴェの魔力にあてられ、震えている。ウーヴェが自分より強い事が分かっているのだろう。

 それはそうだ、以前はリンウッドの方が強かったが、ウーヴェは魔塔所属の魔術師の中で5本の指に入る程の強さだ。碌に訓練も、魔獣としての本能も目覚めていないホーンラビットが敵う筈もない。それでも威嚇をしようと小さく声を出している姿が何とも痛々しかった。


 そんなリンウッドに対してウーヴェの笑みは崩れていない。まるで幼子を見る母親のような笑みでリンウッドに微笑み掛けた。


「そうしよう。じゃあ貰うよ、リンウッド」


 その言葉にリンウッドはモニカを離さないように更に強く抱く事しか出来ない。力の入っていないモニカの体は相変わらずダラリとしている。これ程までに強く抱いても意識を戻す気配はない。


 絶対にリンウッドはモニカを渡したくは無かった。しかし、ウーヴェが居る状況で抗うのは無駄な事だとも分かっていた。それでもリンウッドは何としてもモニカを離したくは無かったのだ。

 

 何故ならモニカはリンウッドの話を聞かぬまま気を失った。このまま連れていかれれば、もう会えない気がしてならない。


 以前のリンウッドであれば誰かと会えなくなったとしてもどうでも良い事だった。人に期待をする質でも無いし、執着する方でもない。寧ろ執着される側だった。それが嫌だった訳では無かったが「何故だろう」とはずっと思っていた。どうせ、いなくなるのに、と。


 しかしモニカに会ってからはその気持ちが分かるようになった。この気持ちが何処から来るのかはいまだはっきりと分からない。だが、モニカと離れたくなくなった。視界に居なければ不安になったし、別の人間の話をされたら妙に心が騒ついた。


 そんな状態なのにモニカと会えなくなるなんてリンウッドには考えられなかった。


「モニカはボクのものだ」


 唸るように、獣のように言えばウーヴェが驚いたように目を見開く。反対にシルビオは不快そうに眉を顰めた。


「まさか、リンウッド。君、彼女に執着してる?」


 ウーヴェの言葉は半壊した部屋に笑い声と共に響いた。嘘でしょ、という声はリンウッドの心を抉っていく。リンウッドだってこの感情が分からない。しかし、そんな笑われるような事ではないのは確かだった。


「愛しているって? 愛を馬鹿にして魔力を無くした君が?」


 酷く心を抉る声だ。だがその言葉にリンウッドは感情の読めない声を出した。

 

「愛?」


 意味が分からないとも、腑に落ちたとも取れる声にウーヴェは大きく見開いた目を細め、口元を手で隠す。僅かに見える口端は見事に上がっていた。

 

「君のそれは愛だ」


 愛、とは?

 リンウッドには愛が分からない。しかし、ウーヴェの言うようにリンウッドは愛を物のように扱い、魔力を失った。おもちゃのように人を使い、全てを無くしたのだ。


 愛とは?

 愛とは何なのだろう。しかし、この執着が愛というならばリンウッドは確かにモニカを愛しているのだろう。


「愛、して……?」


 リンウッドはモニカを抱く腕の力を弱め、その顔を見た。白い顔に長い睫毛、瞼を開けば桃色の瞳がある事をリンウッドは知っている。それはまるでリンウッドの髪色を映したような色。その瞳が自分を映すのが好きだった。


 泥だらけのツナギで畑仕事をし、頬に土をつけている姿も、ホーンラビットを「うさちゃん」と猫撫で声で呼ぶのも、料理が下手なところも、洗濯物の皺を伸ばさずに干すところも、口論になった時に少し口を尖らせるところも、あのダイニングテーブルで二人語らう時間も、そう全て、全てが愛おしかった。


 リンウッドは自分の中に初めて生まれた感情に呆然としていた。その姿を見て、ウーヴェは声を出して笑う。


「面白いね、君の罰はまだ続いているようだ」


 ははは、と軽い声で笑うとウーヴェは指先から糸のようなものを出し、モニカを絡め取る。リンウッドが気付いた時には既に遅く、ふわりとモニカの身体が浮いた。


「モニカを返せ」


 手を伸ばそうとしたリンウッドの動きを止めたのもその糸だった。モニカに絡みついたものとは別の糸がリンウッドを床へ勢いよく叩きつける。そしてもはや床とも言えないボロボロな地面へ縫い付けた。傍のホーンラビットが糸を外そうとするが糸に触れないのか何度も何度も噛みついている。


「モニカ!」

「じゃあね、リンウッド。可哀想だから家だけは直してあげよう。君は此処でひとり思い出に縋っていれば良い」


 糸から抜け出そうと踠くリンウッドを楽しげに見たウーヴェはパチンと指を鳴らした。するとその言葉の通り、半壊していた部屋がみるみる元に戻っていく。

 まるでパズルのピースをはめる様に綺麗に戻っていく部屋の中、リンウッドはシルビオが大切そうに抱いている意識の無いモニカを見ていた。


 このままでは連れて行かれてしまう。そう思い、阻止したくても体が床に縫い付けられ動かない。


「モニカ!」


 手を伸ばしたくとも届かない。


 冷たいシルビオの視線。深く刻まれた眉間の皺、次の瞬間シルビオはリンウッドからモニカを隠すように背を向けた。


 リンウッドの顔にウーヴェが見た事が無い感情が浮かぶ。その顔を見て、ウーヴェは何かを考えた後フッと笑った。


「神はまだ君を許していない」


 その言葉を最後にウーヴェとシルビオは姿を消した。この家の家主であるモニカを連れて。


 転移で移動をしたからだろう、ウーヴェが消えた瞬間リンウッドを床に縫い付けていた糸も雪の様に溶けて消える。しかし、リンウッドはそこから動けずにいた。


「モニカ」


 脳裏に浮かんだのは、気を失う前のモニカの姿。涙をポロリポロリと流すモニカの姿がリンウッドを責めるように浮かんできた。




次回更新は4/13(木)です。頑張ります。


良ければ「いいね」や評価、ブクマをしていただけると今後の励みになります。

宜しくお願い致します。

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