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46.聞いて


 大丈夫だと思っていたが、段々と封筒を持つ手が震えてくる。しかし、モニカは自分を奮い立たせ、その手で中身を抜き出すとリンウッドの前にヒラリと紙を見せてみせた。


 リンウッドは信じられないという顔でモニカを見ると手に持っていた書類に視線を移す。段々と状況を理解してきたのだろう、表情を一瞬落とすと首を傾けた。


「で?」


 リンウッドはモニカから書類をやんわりと奪い、短く笑った。いつもと似た表情だが、何処か冷えた目と声。苛立ちさえも感じる姿にモニカの心も冷えていく。


 モニカは紙を奪われ、行き場をなくした手をぶらりと体の横に下ろした。視線はリンウッドから外せずにいる。本当はもう真実から目を背けたい為、見たくはない。だが、心の何処かでまだ期待をしているのだろう。揺れる桃色の瞳でリンウッドを見ていた。


 リンウッドは紙を持つ手に力を入れ、ぐしゃりと紙に皺を作る。そして嘲笑するように口を開いた。


「何て言って欲しい?言って欲しい言葉を言ってあげる」


 突き刺すような言葉にモニカはくしゃりと顔を歪めた。その顔を見てリンウッドは一瞬ハッとした顔をしたが、直ぐに意地の悪い顔へと戻した。


「ねえ、モニカ。ボクは君が望む事しか言わないよ? 何て言って欲しい?」


 笑いながら言われ、その声に心が砕けていく。

 リンウッドが喋る度に信じていた気持ちが踏み躙られていく感じがした。胸が苦しくて堪らない。きゅうきゅうと締め上げられる様に苦しい。気をつけなければ呼吸さえも忘れてしまう程に。


(信じてたの、だって)


 信じてた。

 共に過ごす内に少しずつ信じる事が出来ると思えていた。最初こそ嫌だったが、モニカはこの生活が気に入っていたのだ。

 

 時間があれば一緒に庭に出ていたし、洗濯物だって一緒に干した。休憩も一緒だし、あのダイニングのテーブルでくだらない事をいくつも話した。

 それにリンウッドの料理、作っている姿も好きだったし、食卓に並べられ舌鼓をうつのだって……

 

 言って欲しい言葉なんて一つしかない。

 こんなものは知らない、誰のだろう、違うボクじゃない、そんな否定の言葉だ。だが、リンウッドの顔と言葉がモニカの希望を打ち砕く。


 冷めた嘲るような顔と声はそれがリンウッドのものだと主張している。肯定も否定もしないが、それこそがリンウッドの肯定だとモニカは思った。


 モニカは顔を歪ませ、耐える様に何度も瞬きをした。忙しなく口元を動かし、何かを言おうとする。だがそれは言葉にならず、どうしようもない気持ちとなったモニカは俯いた。


「何勝手に勘違いしてるの?」

「勘違い、なんかじゃないでしょ」


 震える声で言えば、またしてもリンウッドの嘲る声が聞こえ、モニカは俯いたままギュッと瞼を閉じた。


「これ見てそのまんま信用したんだ?」


 もう皺だらけの紙を激しく片手で叩いたリンウッドは勢いよく紙をばら撒く。ハラリラリと足元に落ちた紙がモニカの視界に入った。それに近付くリンウッドの足も。


 モニカはリンウッドから逃げる為に俯いたまま数歩下がった。触れられればどうなってしまうか分からなかったからだ。


 モニカが下がった事でリンウッドはそれ以上近寄っては来なかった。代わりに「ハッ」という吐き出す様な声が聞こえ、また苦しくなる。


 リンウッドは黙り込んだモニカの名を呼んだ。


「モニカ、ボクに聞いて。避けないで、自分で考えないでボクに聞いて。どうしてこれを持っていたのか、隠していたのかを」


 聞けるわけがない。どうせ嘘を吐かれるだけだ。口だけだったら何とでも言える。例え今、彼がモニカを実家へ知らせてないとしてもそれは今の話。彼の中で時期が来たら連れて行くつもりだったのだろう?


「モニカ、お願いだから聞いて。答えるから」


 モニカはふるふると首を振り、耳を塞いだ。もう何も聞きたくない。何も、リンウッドの声だって聞きたくない。


 少し弱々しくなった声はどうせ同情を誘う為だ。体勢を低く、片膝を付いてモニカを見上げるのも、全て全て偽りの行為だ。わざとらしく演技をしている風にしか見えない。

 

 モニカの瞳からぽろりと涙が溢れる。


(信じたいよ、本当は。でも信じて良いのか分からない) 


 リンウッドはモニカに聞けと言う。でも自分から話はしない。その理由も分からないし、リンウッドの声は辛いだけだ。


 モニカの中でポロリポロリと心が崩れて行く。


 信じたいが、目の前の証拠達がそれを否定する。これを見ても本当に信じているのか、と。

 足元の書類にモニカの涙がぽとりぽとりと落ちて行く。俯いているからだろう、大粒の涙が綺麗に書類は染み込んでいった。


 モニカは書類から目を逸らすように顔を上げた。すると頬にいくつもの涙の筋が出来る。それを見てリンウッドは何か言いたげに口を開いた。しかし、モニカの口が動いたのを見て自身の口をきつく閉じる。


 モニカは下唇を噛んだ後、我慢出来ないとばかりにくしゃりと顔を歪めた。


「信じてたのに……」


 絞り出した声は暖色の灯りの中、光に吸い込まれるように消える。その声は揺れていたからか、リンウッドの鼓膜を激しく揺らした。


 リンウッドは眉を歪ませ、沈黙する。何か言いたげではあるが、モニカの溢れる涙に言葉が出ないようだった。


 いつもなら出てくる軽口も、憎まれ口も言えない。

 モニカの誤解を解きたいのに、それを自らの意思で言うのは言い訳のように受け取られそうで伝えられない。


 本当はリンウッドがそれを持っていたのはモニカの事を知りたかったからだと、なぜこんな風になったのかと知りたかったからだと言いたかった。ギルドから仕事を受けたのも受けた方が都合が良かったから。モニカをユディス伯爵家に渡すつもりなんて更々無いのだと、そうモニカに伝えたかった。


 しかしそれをうまく伝える事が出来ない。モニカから質問して貰えればと、と思ったがそれもうまくいかない。


「楽しかったのに……」


 ポロリポロリと涙を流し、モニカは感情のまま言葉を発する。


「全部うそだった」


 その言葉にリンウッドは低い声で反応をした。「は?」と短い声を発した後、怒った様な顔でモニカを見る。


「嘘? 何が嘘? ボクは嘘なんて一つも吐いてない」

「それも嘘」


 魂の無い声で発せられたモニカの言葉にリンウッドは顔を歪ませる。


「だってギルドで私が家が依頼をしているのを受けてた」

「何で話を聞く前にそういう判断するの?」


 もうどうやって話せば良いのか分からない。どの感情を出せば良いのかも分からない。モニカが淡々と話をすれば、反対にリンウッドは苛立たしそうに口を開いた。


 しかし、今のモニカにはリンウッドの言葉は何一つとして入ってこない。全てを遮断しているようだとモニカ自身、ぼんやりとそんな事を思った。


「もういい」


 だからだろう、もう疲れた。

 涙は流れ続けるが、酷く頭がぼんやりする。膜が張ったように耳が遠くなる。


 モニカはふらふらと後退し、額に右手を添えた。


 リンウッドはそんなモニカを見て、左腕を掴む。掴まれた前腕からリンウッドの体温を感じ、そしてそれが強く掴むものだから一瞬モニカは瞠目する。しかし、それは右手に隠されている為リンウッドからは見えなかった。


 リンウッドは灰色の瞳を真っ直ぐにモニカへ向け、少しだけモニカを引き寄せる。抱き締める程の距離では無いが近付いた間隔にモニカは離れるべきだと思った。だが頭と足がうまく働かない。結局モニカはその場に留まった。


 リンウッドはモニカの両肩に手を乗せると灰色の瞳で覗き込むように身を僅かに屈める。

 

「自分だけで完結してさ、だから何でボクの話を聞いてくれないわけ?」


 聞けばこの気持ちは本当に晴れるのだろうか。いや、きっと晴れはしない。だってモニカはリンウッドを信用して良いのかもう分からないのだ。そんな中で話されたところで、全てを疑ってしまう。


(ずっと楽しく暮らしていきたかった、リンウッドと)


 そうか、とモニカは自分の気持ちが漸く分かった。何故こんなにも悲しかったのか、裏切られたような感覚に陥ったのか、それはモニカがリンウッドとずっとこの家で暮らして行きたかったからだ。


 でもリンウッドは自分を実家に戻そうとしていた。その事実に楽しかったのは自分だけだったと思い知らされて悲しかった。リンウッドはただ仕事を、モニカ相手にままごとをしていただけだった。


「モニカ、聞いて!」


 焦れたリンウッドがモニカの肩を強く握る。

 途端、モニカの中で何かが弾けた。


「嫌い、嫌いよ」


 ぶわりとモニカの周りに魔力が集まる。その姿を見て、リンウッドはまずいと思った。しかし、今モニカを離すという選択肢はリンウッドには無い。


 モニカの桃色の瞳が金色輝き出す。それを見てリンウッドは眉根を寄せた。


「リンウッドなんて大っ嫌い!」


 言葉と共に衝撃が部屋に響く。

 リンウッドは荒ぶるモニカを両腕でしっかりと抱き締め、その衝撃からモニカを守った。




次回更新は4/8(土)です。


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