44.割れた皿
どうしてこんなものが此処にあるのだろう。震える指先から紙が落ちた。ひらりと揺れるように紙は床へ広がる。
一枚ではない紙をモニカは忙しなく桃色の瞳を動かしながら見ていた。何度も瞬きをし、現実から目を背けようとする。次、目を開いた時にはこの紙は消えているのかも知れない。そう願望を含め、瞬きを何度もしていた。
だが、何度しても消えない紙は現実だ。
モニカはゆっくりと床へ座り込み、呆然とその紙を見た。
人相書きは見覚えがあるもの。他の書類は見た事が無いものだった。モニカは自分の感情とは別に動く腕を自分のものではないように見ていた。その腕は黒い文字が連なる書類を掴み、自分の目の前に持ってくる。
「モニカ・ユディス、調査報告……」
現実を認めようとしない為か、目が文字を認識せずに滑っていく。しかし、モニカは取りこぼした文字を追うこと無く、それを読んだ。
「全部、わたしのこと?」
読み終わった一枚を床に戻し、更に一枚を手に取る。それは金額と期間が書かれ、何処かのギルドの名前が右上に記されている書類だった。
「あ、」
それだけで何か理解したモニカは空気が抜けるような声を出した。ギルドの名前が書かれていれば嫌でも分かる。これはギルドの承諾書だ。そしてリンウッドのサインも記入されている。
つまりは……
「パウルの言う通り、リンウッドは……」
リンウッドはモニカ捜索の依頼をギルドから受けていた。その事実、証拠がモニカの目の前にあった。
「あの時、」
モニカはリンウッドに実家が探しているらしいと話した時の事を思い出していた。あの時、彼はどんな顔をしていただろう、どんな反応をしていた?
少なくとも記憶に残る程の反応はしていなかったように思う。どんなに記憶を探っても自分の感情ばかりが主張をしていた。
彼に家出の事を打ち明けた時は?どんな反応をしていた?
もう何も分からなかった。全てが虚像だったようだ。ぐらりと崩れ、何も考えられない。
だが、不思議と震えはもう止まっていた。モニカは手に持っていたギルドの書類と床に散らばった紙を纏めると入れてあった茶封筒の中に戻す。そしてそれをローテーブルの上に置いた。
「なんだ……」
ぽつりと溢れた声はうさぎにしか聞こえない。うさぎはモニカを慰めるようにモニカの手のひらに体を押し付けてくる。それを泣きそうな顔で微笑み撫でれば、波のように悲しみが打ち寄せてきた。
初対面の印象をそのまま持っていればこんな思いになる事はなかったのだろうか。
考えてみれば、リンウッドは最初から印象が最悪だった。強引にキスをするし、初対面なのに同居したいとも言う。理由もキスをしたいからというふざけたものだった。
(いつからお金目当てになったんだろう)
最初からという事は無いだろう。そう思いたいモニカだったが、頭は最初からなのでは?と囁いてくる。
もし、このうさぎも偶然じゃなかったら?そもそも、本当にリンウッドに魔力は無いのか?キスをしたのも魔力とかの理由ではなくモニカを恋に落とし、操り易くさせる為だったとしたら?実際モニカはリンウッドに対して恋愛感情は無いが、そう考えるとしっくりくる。
だからあんなにもキスをしてきたのだ。
体液だ何だと言っていたくせに、触れるだけのキスや額、頬、全然関係ないところに触れてきた。恥ずかしくて仕方がなかった行為だが、今は別の意味で恥ずかしい。
リンウッドを知っているつもりでいた。しかしそれは茶封筒の中身で全て分からなくなった。
信用してた、けど何を持って信用していたのか今はもう分からない。
モニカは目頭に溜まる涙を溢さないように上を向いた。しかし動いた事で一筋涙が溢れてしまう。一筋落ちれば、堰を切ったように涙は溢れ出し頬を次々と濡らしていく。
「ふっ、ふ……っ」
声を押し殺してモニカは泣いた。膝に顔を埋め、流れる涙を服に吸わせていく。
何故リンウッドは直ぐにモニカを差し出さなかったのか。それはきっとモニカがリンウッドに恋に落ちてからにしようと思っていたからだろう。御し易くしてから吊り上げ交渉などをしようとしていたのだ。でないとこんな数ヶ月も泳がすなどおかしいではないか。
考えれば考える程自分が愚かに思える。
唯一真実を伝えていた相手に裏切られるとは。家には戻りたく無いと言っていたのに。
モニカは泣いてボロボロになった顔を膝から離した。涙はまだ流れるが、何故か心が凪いでいる。その瞬間、パキリと何かが割れる音がした。それはリンウッドが作った料理をよく入れていた深めな皿、それが2枚パキリと割れたのだ。
その皿はモニカの心のように真っ二つに割れ、バランスを崩し床へと落下していく。
――――ガチャン
激しい音がし、粉々となった皿。それを見てモニカは掠れた笑い声を出した。
次回更新は4/4(火)20時です。
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