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42.しあわせとは


「ぶぅッぶぅッ」

「あら、うさちゃんどうした?」


 毎朝のように行われている茶番。足元にちょこんと座るふわふわなうさぎ(魔獣)に猫撫で声を出し、モニカは床にしゃがみ込む。足をタシタシと動かし、不服そうなうさぎを見てモニカの顔はふにゃふにゃだ。


「どうしたじゃなくてご飯でしょ?」

「知ってるわ、でもご飯の時しか寄って来てくれないから堪能してるの」


 機嫌を悪くさせているのは申し訳ないが、こういう時でないとうさぎはまるでモニカの相手をしてくれない。こちらに来ない限りは不必要に触る事をモニカもしない為、ご飯時は限られたフィーバータイムなのだ。


 餌入れを片手に呆れているリンウッドはコトンとうさぎの前にそれを置いた。餌入れには溢れんばかりの野菜が盛られており、うさぎは足のタシタシを止めシャクシャクとキャベツを食べ始めた。


「その内嫌われるよ」


 半笑いで言われ、それは困るとモニカは慌てた。


「え! 嫌われちゃう?」

「餌もくれずにニヤニヤしてる人なんて嫌でしょ。だったら餌をくれる人のところへ来るよね?」


 言われてみればそうである。モニカは嫌われたらどうしようとしゃがんだままの体勢でうさぎを見たが、うさぎはキャベツに夢中でモニカなど眼中にない。

 しゅんとしたモニカはこれ以上嫌われぬようそっと立ち上がり、流し台へ向かっているリンウッドを追いかけた。


「ご飯作るところ?」


 もうモニカがご飯を作る事はほぼない。料理当番がリンウッドに定着した為だ。リンウッドは周りをウロチョロするモニカを邪魔くさそうに一瞥すると流しのボールに入れていた葉物野菜の水を入れ替える。


「何してるの?」

「誰かさんの美味しい野菜を食べる虫を水責めしてるんだよ。虫も一緒に食べたくないでしょ?」

「ああー」

「食べたいの?」

「食べたくありません」


 ちゃぷちゃぷと水に浸かった野菜を見ていたモニカは即答すると包丁を使っているリンウッドの手元に視線を移す。手慣れた動きはいつ見ても飽きない。規則正しいまな板の音がモニカは好きだった。


「邪魔だからあっち行ってて」

「はーい」


 料理をしている姿を見るのがモニカは好きだ。それはリンウッドでなくても、他の人でも誰がしていても見ていて良いものである。


 モニカはダイニングセットの椅子に腰を下ろし、両肘をついてリンウッドを見ていた。


 パウルにモニカの捜索の件を聞いてから二週間経ったが、今のところ生活に変化は無い。いつもと同じ日常が流れている。あれから市場でパウルとも会い、此処が何処なのか恥ずかしながら聞いてみた。そしてあの人相書きを何処で見つけたのかも。


 まず、この地域の事だ。此処はモニカの居たバルト伯爵領の遥か西側にある土地だった。此処は森が多いが、領地的には海に面しており此処から2時間程歩くと海が見えてくるのだとか。パウルに今度一緒に行こうと誘われてしまった。行くか行かないかは別として海は見てみたい。


 そして人相書き。それはこの領地の内陸部よりの比較的大きい街で見つけたとの事だった。新聞社の前に貼ってあり、中の人に言い一枚貰ったのだとか。


(何で探してるんだろうな)


 モニカの中で家族は自身を忌み嫌っている存在だった。だってそうだろう、会う度に眉間の皺を作られてはそう思わざるを得ない。


(探さなくていいのに)


 真実を知らないモニカは残酷にもそう思う。実際は大切に思われていたからこそ見ていられず、悲しさから皺が刻まれていただけだったのだが今のモニカは知る由もない。


 モニカはテーブルに頰をつけ、くたりと体勢を崩す。焦る事なく、テキパキと動くリンウッドの背中を見て溜息を吐いた。


「何でだろうなぁ」


 独り言だったのだが、普通の声量だった為リンウッドがチラリと反応する。しかし、慣れているのだろう。何も言わずに作業を続けた。


 薄桃の髪が動く度に揺れる。それを見ながらモニカは昨晩見たリンウッドの顔を思い出した。


 昨晩、水を飲みに起きたモニカはリビングで寝起きしているリンウッドを起こさないように下へと降りていた。もう時間は2時は過ぎていたと思う。


 そろりそろりと降りれば小さな灯りが見えた。まだ起きてるのかと体の力を抜きながらリビングを覗けば、ダイニングチェアに腰掛けているリンウッドが見える。

 まだ起きてるんだ、そう声を掛けようと思ったモニカだったが、ふと見えた顔に息を呑んだ。


 暖色の光に照らされた顔は酷く険しいものだったのだ。眉を顰めているかと言われればそうではない。無表情に近い顔で、一点を見つめていた。


 足元の床板がキィと音を立てた事で結局その顔を見られたのは一瞬だったが、その顔が妙にモニカの頭にこびりついている。


「はい、ご飯」


 ぼーっとリンウッドを見ていた筈だったが、途中から思考の方に頭が行き、いつの間にやらテーブルにコトンと器が置かれた。


 器の中身は香草とセロリ、トマトが一緒に煮込まれた干し肉料理だ。作っている時から美味しそうな匂いがしていたが、見た目も鮮やかで食欲がそそられる。


「美味しそう……」

「美味しくなるように作ったからね」

「ありがたいです」

「はい、もっと感謝して」


 次々とテーブルに皿を置かれ、モニカの目の前にはバゲットのバスケットと一人分のサラダ、それとポタージュが置かれた。


「とても感謝しております」


 深々と頭を下げるモニカをリンウッドはにんまりと笑いながら見て、自分の席に座る。


「じゃ、食べよ」


 リンウッドの声を合図に朝食が始まった。やはりリンウッドのご飯はびっくりするほど美味しい。モニカの舌が喜ぶ味だ。


 リンウッドはモニカの3分の2程の量をモニカよりもゆっくりと食べ、美味しい美味しいというモニカの顔を嬉しそうに見る。

 何となくモニカはこの時間が幸せというのだろうな、と思った。


 朝食を食べ終わり洗い物をしていたモニカの元へリンウッドが今日の予定を伝えに来る。ここ最近は事細かに教えてくれる事が多く、尚且つ日帰りの仕事が多い。泊まりなどここ最近全くしていないだろう。モニカはアワアワの手を止めずにリンウッドの方を見た。


「じゃあ、18時くらいになるのね。わかった」

「夕飯は作るから待ってて」

「ありがとー!」


 大袈裟な程喜びの声を上げたモニカを見て、リンウッドはモニカの頭に唇を落とした。


「だから!」


 両手が濡れている為、抵抗も出来ない。モニカは赤面しながら抗議の声を上げた。

 最近本当にこうである。隙あらば接触してくるのだ。いや、前からこうだったような気もするが何だか質が違う。

 その質の違いを言葉には出来ない。だが絶対に以前とは違うと言い切れる自信がモニカにはあった。


 リンウッドは真っ赤な顔のモニカを見て意地悪く笑うと、足取り軽く玄関へと向かう。


「じゃ、いってくるね」

「いってらっしゃい!」


 赤い顔のまま、少し怒り口調で送り出す。手にはまだ泡が付いている為、此処からは動けない。


 モニカは取り敢えず大きく深呼吸をし、自分を落ち着かせると残りの洗い物を全て終わらせた。


「さて、と」


 濡れた手をタオルで拭き、時計を見る。

 畑仕事の前に少し休むか、とお茶を用意しようとしたところ、玄関がノックされる音がした。


 モニカは手に持っていたポットをテーブルに置き、玄関へと向かう。またしても来客者を確認せずに扉を開いたモニカだったが、そこにいたのは以前と同じくパウルだった。


「パウル! どうしたの?」


 玄関を大きく開いたモニカは目を丸くして出迎えた。パウルはいつもならするであろう挨拶もせず、突然モニカの手を掴む。手を掴まれた事に驚いたモニカは大きく肩を揺らし、「ひゃっ」と声を出した。

 パウルはそんなモニカの様子など気付いていないのか、真剣な顔で口を開いた。


「モニカ、一緒に住んでる人さ、信用しちゃ駄目だよ」


 突然手を掴まれた事にも驚いたが、パウルから発せられた言葉にもモニカは驚く。そして不快感を覚え眉根を寄せた。


 すっかり信用してしているリンウッドを信用しては駄目だと言われた事にモニカは腹が立ったのだ。

 しかしその考えは直ぐに改められる。そうだ、確かリンウッドは初見殺しだったと思い出したからだ。


 リンウッドはほぼ初対面の人間には不信感しか与えない見た目だ。常にうっすら笑っている顔とたくさんのピアス、服も基本着崩している為だらしない。そして何よりその美形さが更に不信を抱かせる原因だ。


 そういう事か、とモニカはリンウッドの誤解を解こうと柔く微笑んだ。しかし、モニカが口を開くよりも早くパウルが次の言葉を発する。その声は先程よりも強い声だった。


「彼もこれ持ってたよ。それに思い出したんだ、何処であの人を見たか。あの変わり者の情報屋のところだよ」


 そう言うパウルの手には、持ち過ぎてくしゃくしゃになったモニカの人相書きが握られていた。




次回更新は明日20時頃。


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宜しくお願い致します。

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