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40.ショック


「それは悪い事、ですか?」


 薬の知識がない為、モニカは不安から目を泳がせながら二人へ訊ねた。

 モニカの卸している薬草は一般的な薬草だ。野菜と違い、育て方は難しいがそれでも普通の薬草な筈だ。どの薬草の種もこの村の花屋で購入したものである。だからおかしい点など絶対に無い。


 しかし、二人の反応を見ているとその自信も萎んでくる。目を見合わせ、スミロなど後頭部を掻き始めた。それを見たモニカは「悪い事なんだ」と確信をし、少し俯く。その様子を見たパウルがハッと息を呑んだが、気付かぬモニカはしょんぼりしたまま声を出した。


「悪い事……なんですね」


 パウルは焦りながらもそれをはっきりと否定する事が出来ず、あわあわと忙しなく手を動かした。

 

「いや! モニカは悪くない! でも少し面倒な事になって」

「そうだ、モニカは悪くない。こちらの事情というか、な」


 慌てるパウルを呆れた目で見ながらスミロが頷く。


「前のは凄い効いたのに、今日のは効きが悪いとかいうのが最近頻繁にきてな。質を下げたんだろうって言われる様になっちまったんだ」


 しょんぼりとしていたモニカはスミロの言葉に目を丸くした。

 つまりはモニカの薬草を使用して作った効きすぎる薬を買った人が、普通の薬草で作られた薬を使ったところ同一製品なのに効き方が違うのはどういう事だと言ってきた、という事らしい。それも複数人。


「?」


 だが何度も言うが、モニカは普通の薬草を育てているつもりである。マニュアルも種を買った花屋で貰ったものだ。おかしい点などある筈もない。モニカがおかしいのであればあの花屋で種を買った人全員がおかしくなってしまう。そんな筈はないだろう?


「だからなモニカ。すまん!」


 悶々と考えていたモニカは突然の謝罪にびくりと肩を跳ねさせた。目の前のスミロが頭を勢いよく下げたせいもある。

 スミロはモニカが驚いている事も知らず、頭を下げながら言葉を続けた。


「うちではもうモニカの薬草は買ってあげられねえ! 本当にすまん!」

「え!」


 突然の収入減に意識とは別に大きい声が漏れる。慌てて口を塞いだが、出てしまったものは戻せない。モニカが声を出したせいで、スミロは大きい体を一段と小さくしながら、何度もモニカへ頭を下げた。


 収入減は悲しい。だが理由を聞けば無理強いは出来ない。モニカが卸さなければ、事が収まるのならそれに越した事はないだろう。


 モニカは頭を下げ続けているスミロへ「頭を上げてください」とお願いし、顔を上げさせる。目が合ったところでにへらと微笑んだ。


「わかりました。それならしょうがないですよ! お金だったら大丈夫です。野菜も売ってますし全然大丈夫です!」

「ごめんよ、本当に……」


 先程のモニカのようにしょんぼりとしたスミロを見て、モニカは再度「大丈夫ですよ」と笑った。しかしスミロは何度も謝罪を繰り返し、段々とモニカは苦笑し始める。パウルも止めてくれたら良いのに、同じ様に眉を下げモニカへ謝ってきた。


 止められない謝罪のループにどうしようかと考え始めたところ、店の扉がカランカランと開けられた音がし、スミロがカウンターへ戻っていく。去り際も謝られ、モニカも「大丈夫ですよ、気にしないで」と笑った。


 パウルと二人になったモニカはもう終わりだろうと席を立とうとした。だが、先程までスミロと一緒になって謝っていたパウルがモニカを引き止めてきたのだ。しかも少し険しい顔で。


「あのさ、モニカ。別件なんだけど」


 謝っていた時とはまた違う真剣な声を掛けられたが、あんな風に謝られるよりはマシだろうと少し気を抜いてモニカは返事をする。


「なあに?」


 そう答えるとパウルは少し考える素ぶりをした後、力強く手に持っていた紙をテーブルに出した。


 本題に出すと思われた紙、それをパウルが今テーブルに広げる。薬屋にとっての本題はあちらでも、パウル個人的な本題はこちらだったのかもしれない。そう思える程真剣な顔にモニカは紙ではなくパウルをじっと見てしまった。


「これ」


 これ、と言われモニカは視線をテーブルの上へと向ける。


 それは誰かの人相書きの様だった。ミルクティー色の髪に桃色の瞳。少し儚げな笑みだが、その絵に既視感を覚える。見た事がある、確実に。いや、寧ろ見た事があるというか……


「……わたし?」


 モニカはその紙を手に取り、凝視する。

 そこには『探し人 モニカ・ユディス伯爵令嬢』と書かれていた。


「やっぱりそうなんだ」


 紙から目を離せずにいると少し悲しげな声が横から聞こえてきた。モニカは声に反応し、パウルを見る。


「貴族だったんだね、モニカ」


 眉を下げながらくしゃりと微笑んだパウルにモニカはゆっくりと頷く。

 理解出来ない頭は嘘をつく事が出来なかった。



 それからはあまり覚えていない。パウルが何かを言っていたようだが、全く頭に入ってこなかった。「言わないから」と言っていたような、いなかったような。そんな記憶である。


 モニカは亀よりも遅い歩みで家へと向かう。いつもの速度なら既に村を出ていても良い時間なのだが、村の出口さえも見えない。


(探されてた……)


 モニカは先程の人相書き、人探しの紙を思い出す。


(探すんだ、そうか……そうね)


 探す事は無いだろうと思っていたが、やはり貴族の見栄などがあるからそういう訳にもいかなかったのだろうか。

 もしかしたら、と考えて行動はしていたが実際本当に探されていたと知ると何とも驚いてしまう。


 パウルに紙を見せられた時はあまりの驚きで何も聞けなかったが、あれが何処にあったのか少なくとも聞くべきだった。そうすれば此処が何処で、ユディス伯爵領とどのくらい離れているのかが分かる。


 モニカはいまだに此処が何処なのか全く分からない。だから家族に見つかるリスクがどのくらいあるのかも測れないのだ。


「あれ?」


 下を向きながら歩いていると、ふと真正面から声が聞こえモニカは顔を上げる。


「ウーヴェさん?」


 モニカの前を塞ぐ様に居たのは魔術師のウーヴェだった。ウーヴェは明らかに落ち込んでいる様子のモニカを見ると目を丸くし、一歩近付いて来た。


「どうしたの?」


 心配そうに顔を見られ、気まずく感じたモニカはにへらと笑う。


「なんでもないですよ」

「そんな顔で何でもないわけないよ」


 きっぱりと言われ、モニカは苦笑した。だからと言ってほぼ初対面の相手に「家出してたら家族に探されてた」なんて言えるわけもない。モニカはどうにか誤魔化そうとしたが全く頭が回らず、先程あったもう一つの悲しい出来事を伝える事にした。こちらだったらばれても全く問題がない。多少悲しい程度だ。


「薬草を卸していた薬屋さんにもういらないって言われてしまって」


 ウーヴェはその言葉に驚きの声を上げた。


「なんで? 良い薬草だったよ?」


 良い薬草、その言葉に少し嬉しくなる。モニカは「へへ」と笑った後、その理由をウーヴェへ説明する。ウーヴェは瞬きも少なめでうんうん、と話を聞いた後「あー」と納得の声を出した。

 

 思い当たる節がありそうな事に驚いたのはモニカだ。


「もしかして分かるんですか? 理由」


 モニカは原因を知っていそうなウーヴェに詰め寄る。ウーヴェは急に距離を詰められた事に少し焦った顔をしたが直ぐに微笑み、少し後ろへ下がった。それでも近寄って来そうなモニカを手で制止し、声を出して笑う。


「はは、ちょっと待って。凄い元気になったね」


 ウーヴェはそう言うと「落ち着いて」とモニカに笑いながら言った。自分の行動が急に恥ずかしくなったモニカはぶわっと赤面し、慌ててウーヴェから後退る。リンウッドと過ごし始めてからだろうか。モニカは以前より他人との距離が近くなってしまった。これは絶対にリンウッドの影響である。

 モニカが赤面し俯いているとウーヴェは弾む声でこう提案した。


「原因教えてあげる。だから今度家に行かせて? 良いよね」


 モニカは悩む事なく、それを二つ返事で了承した。原因が分かるなら今すぐにでも知りたいからだ。それにウーヴェはモニカの中で善人グループに居る。警戒した方が失礼だろう。


 満面の笑みで了承したモニカを見てウーヴェは「良かった」と柔く微笑んだ。




次回更新は明日夜更新します。


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宜しくお願い致します。

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