04.爆破して
モニカは自分に魔力があるなんて考えもしなかった。今まで自分に魔力を感じた事など皆無であったし、他人からも指摘された事はない。モニカは病弱であった為それを発見する場が無かったのも今の今まで気付かなかった原因だろう。
そもそも魔力とは皆持つものではない。魔力の有り無しの確率は半々である。貴族でも平民でも半分の確率で魔力を持つ。遺伝もあるらしいが、確実に発現する訳でもない。本当に神のみぞ知る世界なのである。
そしてその魔力がモニカにある事が分かった。つまりは……
「これを使えば此処から出られるのでは……」
扉を壊す物が無いのであればと少し諦めていたが、自分に魔力があるのならば話は別だ。これで脱出が出来る筈だ。
モニカには正直これをどう扱って良いのかわからなかった。だが、こんな窓も無い、扉も鍵が掛かっている部屋にずっといるなんて事考えられなかった。
ならばそう、この塔を破壊し出るしか方法はない。
「よし、やりましょう。やる、やるわよ」
何分初めての事だ。過剰なまでに活を入れ、モニカは勢いよくベッドから立ち上がった。ぐいっと腕まくりをし扉に手を付く。するとモニカの意思に反応してか、体の中の魔力がごうごうと巡り始めた。胸の中心に集まったそれは扉に付いている両手に移動を始める。魔力が体を巡る奇妙な感覚に自然とモニカの口角が上がっていった。何だかとても楽しいのだ。
――――パンッ
何かが弾ける音がし、モニカは肩を揺らした。だがその音の正体は直ぐに判明する。それは目の前の扉だ。扉に大きく亀裂が入ったのだ。
「ひゃ」
一瞬で出来た亀裂にモニカは驚き、手を扉から離そうとした。しかし手は扉に吸い付いている様に動かない。「どうして」そう口にしようとした瞬間、更に大きな亀裂音が鳴り、モニカは自分がとんでもない事をしている事に気付いた。体を巡っていた魔力がモニカの体の外側を漂い始めたのである。内から漏れた魔力がモニカの内側にある魔力を唆す様に扉に絡む。
「やっちゃう?やっちゃっても大丈夫?」
それは誰に問うていたのか。モニカはそう口にして少し笑った。魔力がそうさせているのか妙に気分が高揚している。優しい色合いの茶色い髪がふわふわと宙を浮く。それは静電気のようでもあった。
パチリと空気が爆ぜる。小さな部屋いっぱいに広がったモニカの魔力はもう部屋には収まり切れない程だ。
モニカの魔力が更に膨らみ、激しくバチバチと音を立てる。音が大きくなる程にモニカの頭はすっきりと澄んでいった。そして今までの生活が走馬灯の様に巡っていく。
ベッドでの生活、冷たい父と義兄、自分を腫れ物の様に扱う使用人達。貴族ではあるが体調のせいで社交なんてした事はない。だから友人もいない。
頭を巡るのはベッドの中での出来事だけ。なんの面白味も無い人生だった。生きているだけで幸せなのだと生きてきたが、今は思う。きっとそんな事はない筈だ。
そしてモニカはふと思う。
母親が生きていたらこんな生活はしていなかったのだろうか、と。自分が早産でなく、計算通りに生まれていたら健康な体を持っていたのだろうか。
そうしたら家族皆んなに愛されて、過ごせたのだろうか。あんな冷たい視線ではなく、愛溢れる瞳で見られ友人もたくさん出来て……
そこまで考えたところでモニカは小さく笑った。そんなタラレバ今更だ。変えられやしない過去を嘆くより前を生きていきたい。
「私は此処から出る。……そして好きに生きる!」
モニカがそう口にした瞬間、部屋に充満していた魔力が弾けた。
まるで火山が噴火したような轟音が響き渡り部屋が爆発する。大きな石が積まれていた壁はボールの様に外へ投げ出され、扉は木屑となり消えた。ベッドもいつの間にやら外へばらばらと落ちていく。
モニカも瓦礫と共に落ちていったが、漠然と自分は大丈夫だという自信があった。スローモーションに見える視界で様々な物が自分を避けて落ちていくのが見えたのもその自信に繋がったのかもしれない。落ちているのにも関わらず、風が気持ちいいと何処かズレた事を考えていた。
時間としては数秒だったに違いない。地面へと落ちたモニカは自身の魔力により守られ、衝撃も無く地面に足を付けた。
少し乱れた寝巻のワンピースの裾を直し、自分が今の今まで居た塔の瓦礫を見る。
元の高さは解らないが、瓦礫の多さを見るとかなりの高さであったに違いない。いまだ土煙が凄い現場でモニカは埃から自分の呼吸器を守る為に服の袖で鼻と口を覆った。
「やりすぎた感があるわね」
やろうとは思ったが、瓦礫をみると自分の仕出かした事の大きさを思い知る。これは中々の事をした気がする。建築物破壊はどのくらいの罪になるのだろうか。
「折角元気になったのに牢屋行きはやだわ」
モニカはうんうんと頷き、自分を肯定する言葉を吐く。
「そもそも義兄さまが私を疎んで此処に監禁しようとしたのがいけないと思うの」
そうしてモニカは自分に無関心、いや自分を疎んでいる家族を捨て、新しい人生を歩み始めた。
空はどんよりと暗い。だが、モニカは晴れやかな気持ちで足取り軽くその場を立ち去ったのであった。