38.何だか最近様子がおかしい
最近、どうしてだかリンウッドの様子が少しおかしい。
モニカはリンウッドの作った料理を食べながら目の前の男を見る。目の前の男、つまりはリンウッドだが何故か最近仕事へ行かないのだ。それだけなら「まあ、そういう時期なのかな」と思えるがそれだけでは無い。ご飯を毎食作ってくれる。それも自分が食べない時もである。
以前は3日に1回作ってくれればラッキー!と思うくらいの頻度だったかと思う。しかし今は毎日毎食。モニカ的にはとても嬉しいが、何があったのかと少し心配してしまう。
そしてもう一つ、やたら見てくるのだ。今もそうである。モニカもリンウッドを見ているが、リンウッドもモニカを見ていた。それはそれは驚く程の真顔で。
モニカはもぐもぐと口を動かしながら灰色の瞳と目を合わせる。リンウッドは基本昼ご飯を食べない。なので、じーっとただ頬杖をついてモニカを見ているだけだった。
ごくんとモニカは咀嚼を終え、飲み込むと食事の手を止める。手にしていたスプーンもテーブルの上に置き、先程よりも強い視線をリンウッドへ向けた。
「リンウッド」
「なに?」
「どうしたの?」
率直な疑問をぶつけてもリンウッドは表情を変えずにモニカを見続ける。その疑問にも短く答えた。
「何もないけど?」
絶対そんな事はない。しかし、深く追求するのはあまり良くないと知っているモニカは訝しげな視線を向けるだけに留めた。
何故こんな風になったのかモニカはさっぱりだった。突然こうなったのかと言われるとそうではない。思えば徐々にこうなって来た気がする。
(どうしたのかな)
気にはなるが本人が言う気が無ければ知る由もない。モニカは再びスプーンを持ち、本日の昼ご飯であるグラタンを掬う。伸びたチーズをスプーンに上手く巻き付け、息を吹き掛けていると、モニカを見続けていたリンウッドが体勢を変えた。
「ねえ」
足を組み替え、踏ん反り返ったリンウッドは一言でモニカを呼ぶ。
グラタンに息を吹き掛けていたモニカは口を尖らせたままリンウッドを見た。
「どうしてここに住んでるの? こんな森の中にさ」
「へ?」
あまりに唐突な質問にモニカは気の抜けた声を出す。聞くならもっと前に聞けば良かった内容だろう。今更な質問に少し驚いた。
しかし、考えてみれば出会った当初に聞かれていても答えなかっただろうとも思う。だってモニカは家出をしたのだ。しかも伯爵令嬢だというのに。
家族に疎まれていた為、探していないだろうとは思っている。しかしまさかの事態に備えて、口は固くしていた。
ここへ越して来た当初は今のリンウッドの様に聞いて来た人もいた。薬屋の息子パウルもそうである。しかしモニカは誰にも本当の事を言わず濁していた。
(でも、まあ。もうリンウッドには言ってもいいかな)
モニカは取り敢えず冷ましたグラタンを口に放り込み、咀嚼もそこそこに飲み込んだ。
「家出してきたの、私」
モニカの言葉にリンウッドは驚く素ぶりもなく「へえ」と頷いた。もう少し反応があると思っていたモニカはその反応に拍子抜けし、半笑いとなる。
「それだけ?」
「別に驚く事でもないかなって」
そういうものなのだろうか。モニカが知らないだけで家出をする人は意外に多いのかも知れない。
モニカはリンウッドの言葉に対して「そうなの?」と反応したが、当のリンウッドは気のない返事を返しただけだった。
そんな返事の後、リンウッドは視線をモニカへ向けたまま口を閉じた。暫く見ていても話す雰囲気では無かった為、モニカは食事を再開しようスプーンでグラタンを掬おうとする。だがまたそれを邪魔する様にリンウッドが話しかけて来た。
「なんで家出しようと思ったわけ」
何とタイミングが悪い。狙ってやっている可能性は捨てきれない。モニカはしょうがないとスプーンを置き、リンウッドをじとりと見ながらコップの水を飲んだ。
モニカは家出をした理由をリンウッドへ言うべきか少し悩んだが、別に隠す事でも無い。コップをテーブルに戻したタイミングで話し始めた。
「私凄く病弱で、ずっとベッドの上で生活してたの。それこそ魔力が目覚めるまでずっとね」
「まあ、後天的に目覚める人は病弱って言うよね」
「そうみたいね。私はここに来てそれを知ったわ」
モニカは自嘲する様に笑い、コップの縁を見つめる。
「私、家族に良く思われてなくて」
モニカの告白にリンウッドは僅かに眉を動かす。モニカはそれに気付かず、言葉を続けた。
「私を産んだ時、母が亡くなってしまって。生まれた私も病弱だし、手が掛かったからか、いつも眉間に皺を寄せられて見られてたの」
リンウッドは踏ん反り返っていた体勢から姿勢を正すと静かな声で相槌を打つ。
「うん」
モニカはその声にリンウッドへ視線を戻すと、切なそうな顔で微笑んだ。
「兄もいて、あ、義兄なんだけど。その人も父と同じ顔で私を見てた」
眉を顰め、扉の前からモニカを見る目。それが怖くて仕方がなかった。お前が居なければと言われている様で苦しんだ末に居なくなってしまえと思われているようで。
「だから居づらくて、なんかもう良いやって出て来ちゃった」
そう言って、モニカはにへらと笑った。話をしていると段々とあの時の気持ちが蘇って来て、辛くなる。そして話をしていると自分がとても惨めに思えた。リンウッドにも惨めに映るのでないか、幻滅されるのではないかと不安になる。
だからモニカは誤魔化すように笑った。何でもないと言うように痛々しく。
「モニカ」
いつまでも不自然に微笑むモニカの名をリンウッドは静かに口にする。それはとても穏やかな声だった。
「ありがとう」
リンウッドはそう言うと手を伸ばし、モニカの頬に触れる。そして、ふにっと頬を親指で軽く押すとそのまま優しく頬を撫でた。
リンウッドは最近様子がおかしい。
何だかとても優しいのだ。
モニカは目を細め、小さく笑うとリンウッドの手に自分の手を添えた。
「やっぱり最近おかしいよ」
そうモニカが言えばリンウッドも短く笑った。
「そうかもしれないね」
次回更新は明日20時台。
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