37.リンウッドの仕事
何も無い、ただ雑草が生い茂る緑緑しい青臭い丘がある。そこへ行くにはウルフ系の魔獣が棲む森を抜けなければならず、特段特別なものも無い為あまり人は訪れない。だがそこは知る人ぞ知る絶景が広がるポイントでもある。丘より少し行くと崖があり、眼下に果てない海が見渡せるのだ。
リンウッドは1人そこに立ち、海を眺めていた。まだ陽は真上にある為、目の前の海は太陽の光を反射しキラキラと輝いている。季節はもうじき夏だ。
眩しい光にリンウッドは目を細めた。
リンウッドがここにいる理由は仕事である。モニカが知りたがっているリンウッドの仕事、それは普通にギルド登録している魔獣使いだ。主に採取や失せ物探しを仕事にしている。魔力があれば討伐の仕事も受けるのだが、怪我をあまりしたく無いので安全な選択をいつもしているのだ。
因みにモニカの魔力を利用して仕事をしても良いのだが、あれは燃費が悪く大事なところで切れる可能性がある為、仕事ではあまり使わない。せいぜい使っても日帰りの仕事の時だけだろう。
リンウッドは海に向かって指笛を吹いた。何処までも続く海と同じ様に高音の指笛はよく通る。
暫くすると海の向こうからリンウッドの3倍はあろう大鷲が現れる。大きな翼をはためかせ、真っ直ぐにリンウッドのところへと羽ばたいてきた。
大鷲はリンウッドの頭上近くで降下すると、その後方へ降り立つ。
「久しぶり、元気にしてた?」
この大鷲はリンウッドの使い魔である。あまりに巨大で獰猛に見られがちだが、何かしでかさなければ温厚な鷲だ。
リンウッドは鷲へと手を伸ばすとそれに応える様に鷲が頭を下げる。大きな頭はひと撫でで撫でる事は難しい。リンウッドはあまり他人には見せない柔らかい笑みで鷲の頭を何度も撫でた。
「面倒臭いの頼んだね、大丈夫だった?」
鷲はリンウッドの声に返事をする様にクルルと鳴く。気持ちよさそうに目を細める姿を見てリンウッドは首元に顔を埋めた。
「大丈夫なら良かった。心配してたんだよね」
大鷲はリンウッドの頭に擦り寄り、甘えた鳴き声を出す。そして「はは」と笑ったリンウッドに尖った爪先を見せた。
そこにあったのはリンウッドが頼んだもの、家出令嬢の詳細な情報だ。無論、大鷲が調べたのでは無い。リンウッドの昔からの知り合いに調べて貰った結果を大鷲が運んで来ただけだ。何せその知り合いは大の動物嫌い。視界に入れるのも嫌がる程だ。帰ってくるまでリンウッドは気が気じゃ無かった。
何故、この資料をリンウッドが求めたのか。それは今受けている仕事にある。
仕事柄、遠方に行く事が多いリンウッドはとあるギルドで伯爵令嬢の家出捜索の話を聞いた。やってみてはどうか、と打診を受けたのだ。報酬も良い、探し物は得意だと詳細を聞いていると、その家出令嬢の特徴が自分が知っている人物と似ている事にはたと気付く。
リンウッドは改めてその令嬢の名前を見た。
――モニカ・ユディス伯爵令嬢
書いてある文字をなぞり、伯爵という文字で指を止める。髪色、瞳、そして人相書きはモニカとほぼ一致した。髪の長さはだいぶ違うがそれだけで分からなくなる程、薄い関係でも無い。
しかし、伯爵令嬢という言葉が引っ掛かりリンウッドはじっとその資料を見る。頭の中に泥だらけで野菜を作るモニカの姿がよぎったからだ。
伯爵令嬢があんなに泥だらけになるものだろうか、そう考えていると勧めてきた受付がどうだと窺う様な視線を寄越す。
『受けるかい?』
気になったリンウッドは受付の言葉に即答し、そしてその仕事を受けたのだ。
リンウッドは大鷲の運んできた資料を座り込みながら捲る。枚数としては多くはない。だが、言葉ひとつひとつをしっかりと読んでいるせいか時間がかかっているようだった。
「想像以上に病弱だったんだ。それに魔塔も関わってたなんて」
モニカの治療にリンウッドの古巣が関わっていたと知り、リンウッドは顔を顰める。所属していた時は好き勝手にしていたが、思い出してみると良い思い出は無い。寧ろ良い様に使われていた記憶しか無い。
過去を思い出し、苛立ちを覚えたリンウッドは乱暴な手つきで紙を捲る。だが次の瞬間、紙の中程にあった言葉に視線が釘付けとなった。
灰色の瞳を見開き、その言葉の前後を何度も読む。しかし書いてあった言葉は何の捻りもなく、言葉通りの意味だった。
「婚約者、義兄が?」
それは思いもしなかった事実。それにリンウッドは言い様の無い不快感を感じ、紙を持つ手に力を込める。グシャリと微かな音がその場に響いた。
次回更新は明日20時頃。
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