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36.胸の内

 ウーヴェと別れたモニカは再び台車を押し、歩き始めた。しかしその足取りにウーヴェと出会う前の軽快さは無い。トボトボと歩幅も狭く家までの道を歩いている。


「なんだろう」


 モニカは自分が何故こんなにも気落ちしているのか分からなかった。ただ胸にもやりとしたものが居座り、どうにも気分が落ち込んでしまう。


 もしかして自分が魔力を恐れている事がバレたのが気まずかったのだろうか。いや、そんな事でこんなに落ち込む程繊細ではない。


 モニカは自分でも理解不能な落ち込みに、更に帰路に着く速度を落とした。


「モニカ、どうしたの? そんな亀みたいに歩いて」


 そんなモニカの耳に聞き覚えのある声が聞こえ、ゆっくりと振り向いた。


「はは、亀よりも遅いかもね」


 視界に捉えたのは薄桃色の髪を持つ同居人、リンウッドだった。一言多い言葉にいつもなら文句をいうところだが、今モニカにそんな元気はない。

 亀の様な歩みを止め、モニカは薄らと笑みを作った。


「リンウッド、おかえり」


 いつもなら家で言う言葉をばったり会ったここで言うのは少し新鮮だ。モニカの言葉にリンウッドは軽薄な笑みを浮かべると持っていた荷物を台車に放り込んだ。


「ん、ただいま」


 そして台車を押すモニカへ「代わる」と伝え、台車を押し出す。思いがけない優しさにモニカは驚きで目を瞬かせた。


「ありがとう……」

「いーえ」


 だが驚く事でも無いのかもしれない。リンウッドはやたらとキスしてくるが、それを除けばいつもモニカを助けてくれる存在だ。男達が襲撃してきた時がその最たるものだろう。

 いつの間にこんな優しさを手に入れたのか、と一瞬でも思ってしまった自分を叱りつけたい気分となったモニカは密かに上がった口角を意識して下げると先に行くリンウッドを小走りで追いかけた。

 

「今日も全部売れたんだ」

「うん、そう。空っぽ」


 リンウッドに追い付き、横に並ぶと空の台車の事を言われる。行く時は満杯な台車が帰る時には空になる事はモニカの誇りだった。ふふ、と笑いながらモニカが答えるとリンウッドは何かを考える様に突然口を噤んだ。しかし、口端は上がっているところを見るとそんな深刻な事を考えている訳ではなさそうだ。


 リンウッドはにやついた顔でモニカを横目で見ると意地悪く口を開く。


「にしては元気ないじゃん」


 リンウッドはモニカの様子が変な事に気付いていたようだ。横を歩きながらリンウッドは転ばない程度にモニカの顔を覗き込む。桃色の瞳に自分が映ったのを見て、更に口端を上げた。


「嫌な客でもいた?」


 中性的な美しさを持つ顔に覗き込まれたが、モニカは驚きもしなければ赤面もしない。いつもと違う反応にリンウッドは内心少し面白くなかったが、様子がおかしいのであればしょうがない。歩く速度を落とし、モニカの様子を窺う。

 

 モニカはリンウッドの顔を見ながらウーヴェの顔を思い浮かべた。今日は何も買っていない彼は客ではあるが、嫌な人では無い。寧ろ性格は良い方に分類される。それに彼に対して嫌な思いをしているわけではなく、勝手に意味もなく落ち込んでいるだけだ。

 

 他人のせいでは無く、自分で自分を落ち込ませている、それが今のモニカの現状である。


 モニカは説明できない落ち込みにくしゃりと顔を歪ませた。それにリンウッドは少しだけ驚き、呼吸を一瞬止める。


「ううん、そんなんじゃないの」


 取り敢えず否定するしか出来ないモニカは首を力無く振り、目の前の瞠目した灰色の瞳を見る。リンウッドはモニカの返事に「そう」とだけ答えると歩く速度を戻した。


 本来のリンウッドであれば他人の機嫌等どうでも良いと放っておく事が出来るのだが、モニカの事になるとどうしてか全てを知りたくなる。

 自分の居ない間に何をしているのか、誰と話すのかも気になってしょうがない。因みにこれはここ最近の話だ。


 リンウッドがご飯を作る様になったのもこの心境の変化からである。

 リンウッドがご飯を作ればモニカが笑う、そしてモニカが自分の作ったもので形成されていく。それに一種の快感を覚え始めたのだ。


「今日、ご飯作ろっか?」


 そんな事、知る由もないモニカはご飯という言葉にパッと顔を明るくした。先程は泣きそうになっていたのが嘘のようだ。


「え、本当に! なら作って貰いたい料理があるの!」


 そう言って貰ったばかりのレシピをショルダーバッグから取り出す。モニカは胸のもやもやなど一瞬で忘れ、満面の笑みをリンウッドへ向けた。




次回更新は明日20時頃。


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