34.見た事ある気がする
「パウル!どうしたの?」
パウルがモニカの家に来る事は初めてかも知れない。だからこそ驚いたモニカは大袈裟な程大きな声を出した。
扉を大きく開け放ち、桃色の瞳を見開く。その瞳には柔和な笑みを浮かべている優しげな男が映っていた。
パウルは柔らかな笑みを崩さぬまま、手に持っていた袋をモニカへ差し出す。
「ん、だからお裾分け」
「あ!そうか。そう言ってたわね」
モニカは差し出された袋を素直に受け取り、中身を覗き込んだ。受け取った際に中々の重さで驚いたが、中身を見て納得する。なんと干し肉が入っていたのだ。
「わ、干し肉だ!」
食べた事は無いが存在は知っている。モニカは袋に手を突っ込み、一枚取り出してみた。触り心地はとても硬い。本当にお肉なのかと疑う程だ。しかし独特な獣臭さを感じ、モニカは真顔で大きく頷いた。
「とっても臭い」
「猪と鹿肉が入ってるってさ」
「そう……どうやって食べたらいいの?」
何分初めての干し肉だ。調理法など全く知らない。料理を教えてくれた主婦に聞けば良いのかも知れないが、取り敢えずモニカはパウルへ聞いてみた。
「俺はそのまま食べる事が多いかな」
「そのまま!?」
「あと煮込んだりする事もあるかも! 料理作ってるのは母さんだから詳しくは分からないや、ごめんね」
そのまま食べると聞いて驚くとパウルが慌てた様に早口となった。しかしその弁明も上手くいかず、心なしかしゅんとしている。
モニカは煮込みという言葉に「成程」と干し肉を見た。確かに煮込めば柔らかくなりそうである。しかし臭いはどうなるのだろうか。益々増しそうな気がして堪らない。
(リンウッドだったら美味しく調理してくれる?)
だがリンウッドも独自レシピで作るほど料理にハマっている訳ではない。既存のレシピ通りに作る男だ。だとしたらやはり主婦に教えて貰うのが良いのかもしれない。
モニカは手に持っていた干し肉を袋へ戻し、パウルへお礼を伝えた。
「ありがとう、初めて食べるから楽しみ。こんなに貰っても大丈夫なの?」
「うん、うちもまだたくさんあるから。お客さんにたくさん貰ったんだよ」
話を聞くと薬屋の常連である猟師が気前良く持って来てくれたらしい。調子に乗ってたくさん作ったら大変な量になったと笑いながら。
可愛らしいおじさんだと話を聞きながら微笑んでいるとふとパウルの声が止まる。どうしたのだろうと見ていれば何か考え込む様にパウルは口元を押さえ、モニカの背後に視線を向けた。
うさぎでも出てきたかとモニカも振り向くが、うさぎは定位置で寝ているし特に気になる点も無い。部屋が汚いというのも無いだろう。
はて、と首を傾げればハッとしたパウルと目が合う。パウルは気まずそうに視線を下へ向け、そして苦笑した。
「さっきすれ違ったんだけどさ、用心棒ってピンク髪の人?」
笑い声を混ぜながら言われた言葉はリンウッドの事だった。モニカは確かにリンウッドと入れ違う様にパウルが来た事を思い出し、乾いた笑い声を出す。
パウルはモニカが男と同居している事を知っているので、別に見られたところで問題はない。しかし、そう改めて聞かれると答えづらいものがある。リンウッドを見たなら尚更だ。
「そうそう、強そうでしょ?」
決して見た目は強そうに見えないが、用心棒設定なのでモニカはそう口にした。だがパウルから見ても強そうには見えなかったのか困惑の声を出されてしまう。
「そう、だったかな」
苦笑した複雑な顔のまま言われ、モニカはギクリとする。嘘がバレるのは良くない。バレたら芋蔓式に全てがバレてしまうからだ。
モニカはリンウッドを用心棒に仕立てようと必死に説明した。オーバーなくらい手を動かし、声も少し張ってみる。
うんうんと頷くパウルはモニカが説明すればする程、疑う様な目付きをしてきた。鋭くはない、柔い目付きのままモニカをうんうんと見ている。
「細いけど凄い強いのよ?」
何と無く生温かい目で見られている気がしてモニカは少しだけ口を尖らせてそう言った。パウルはそんなモニカの顔を見て、やはり柔らかく微笑むと「モニカが言うならきっとそうなのかな」と何とも言えない言葉を返す。
(……馬鹿にされている気がする)
モニカはじとりとパウルを見た。
パウルはそんなモニカへ苦笑を浮かべたが、リンウッドを見たと話した時の様に急に黙り込む。その情緒不安定さにモニカはパウルが心配になったが、モニカが心配の声を掛けるよりも早くぽつりと声を漏らした。
「……見た事ある気がするんだよな、彼」
独り言のように呟かれた言葉の意味をモニカは深く考えはしなかった。
あの薄桃の髪は珍しいし、あれ程の美形だ。一度見たら中々忘れられないだろう。きっと市場に行った時に見たのだと勝手に決め付け、モニカは「へぇ」と軽く相槌を返した。
次回更新は明日20時頃になります。
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