31.薬草を売る
「ごめんなさい、もう全部売れてしまって」
大体は店じまいの片付けをしている時に声を掛けられたりするのだが、意外とこういう問い合わせはあったりする。
モニカは慣れた様子で謝ると次の予定を伝えた。
「また明後日に出すので良かったら来てください。あ、時間はいつも8時に合わせて開けてますので」
営業スマイルで伝えると、男は懐中時計を取り出し時間を確認した。
「まだ8時50分だよね、もう無いの?」
その疑問はもっともだ。言われ慣れている言葉にモニカは申し訳なさそうに眉を下げる。
もしかしたら彼は誰かに評判を聞き、来たのかも知れない。恐らく時間も聞いていたのだろう。出なければこの時間にいる訳はない。
男の視線はモニカへ来たり、周りの店を見たりしている。もう閉まっている店はモニカの店以外にもあるが、大体はまだ商品が並べられており、客も居る。だからこそ何故?と思うのかも知れない。
「あー、そうなんですよ。本当にごめんなさい。大体30分にはいつもはけてしまって」
「そんなに早く売り切れちゃうの?」
「そうなんですよ」
この会話も幾度となくした。男は「そうなんだ」と少し呆けた様子でモニカを見た。
「本当にすみません。良かったらまた明後日に」
その様子に再度謝り、やり取りを終わらせる為次の予定もまた伝える。大体の人はこれで「ないものはしょうがない」と諦めてくれるのだが、彼はどうだろうか。
モニカはこのやり取りが長引かない事を祈りつつ、男の反応を待つ。男は「そう、そうなんだ……」と何度か呟いた後、目敏く台車にある袋を見つけ、それを指差した。
「これは?」
若干面倒臭いと感じたが、野菜でない事を分かって貰うには見せるのが一番だ。モニカは袋を手に持つと緩く縛った紐を解き、中身が見える様に大きく開いた。
「こっちは野菜ではなく薬草です」
「薬草、これも君が?」
野菜でない事に落胆するかと思ったが、男はこれはこれで食いついて来る。思わぬ反応に少し驚いたが、モニカは隠す事も無いだろうとコクリと頷いた。
「まだあまり量は多く無いのですが、薬草も栽培してるんです」
当初は薬草の方をメインで卸していこうと思っていたのだが、やってみると野菜作りより薬草の方が遥かに栽培が難しかった。良い感じだと少し目を離すと直ぐに様子がおかしくなる。それは葉が白くなったり、しおしおとなるならまだしも何故か溶けていたりするのだから不思議なものだ。
どうやら密集しすぎていて通気性が悪かったのと水のやりすぎ、土壌菌あたりのせいらしい。同じ様な環境で育てている野菜は元気なのにおかしな話だ。
「それ、私も買えたりするかい?」
男の言葉にモニカはキョトンとする。まさか薬草が欲しいと言われるとは思っていなかったからだ。
これは薬屋に卸す予定だったが、あちらから注文を受けて卸している訳では無いので別に少し少なくなったくらい問題では無い。
「大丈夫ですよ。もしかして薬師さんですか?」
一般人は薬草を欲しがらない。その為それと無く聞いてみる。男はゆったりと微笑み、それを否定した。
「薬師ではないよ、私は魔術師。だから薬草も使えるんだ」
「え! そうなんですか?」
魔術師という言葉に反応し、モニカは今一度男の風貌を上から下まで舐める様に見た。
燻んだと評した青髪は光が当たると少し淡い。髪は結いているので分かり辛いが、恐らく髪を解けば腰あたりまであるだろう。迷信だと思っていたが魔術師の力が宿るのは髪だと言うのは本当なのかも知れない。
服は特に特徴的だ。白い立襟のシャツの上から紺色の東洋の民族衣装に似た服を胸元緩く着込んでいる。そしてその上には更にかっちりとしたジャケットを着ているのだから不思議な格好だ。かっちりなのか緩いのか何とも判別し難い格好である。
(あ、凄いピアス)
元魔術師であるというリンウッドもそうだが、彼もかなりの数の装飾品を付けていた。パッと見ただけでピアスは片耳5つは付けているだろう。
モニカはじっくりと不躾に男を観察した後、口の中で「魔術師……」と呟いた。その声が聞こえたのか男は「ん?」と首を傾ける。
「あ、いえ。何でも無いです」
そうは言ったが、今のモニカにとって魔術師は気になる存在である。自身の魔力を制御する術をモニカは学びたくて仕方が無いのだ。
元魔術師というリンウッドが居るが、彼は恐らく教えてくれないだろう。そんな性格ではない。
モニカの反応を見て、男は眉を少し上げただけで特に何も追求してこなかった。
「薬草はいくら? いくらで出せるけど」
「あ、そうですよね。どのくらい欲しいですか?」
そうだ、薬草を買いたいという話をしていたのだったと慌ててモニカは袋から数種類の薬草を取り出し、台車の上に並べた。実に雑な並べ方だが、見れば違いが分かるので問題は無いだろう。
男は全種類を2つずつ手に取り、それをモニカへ見せた。
「これでいくらかな」
モニカは視線を上に向け、指先を動かしながら頭で計算をする。
「全部で2800Gですね」
「これでいい?」
渡されたお金を数え、モニカはにっこりと微笑んだ。
「ぴったりですね! ありがとうございます!」
渡されたお金を落とさない内にいそいそとショルダーバックへと仕舞い込む。もうやり取りは終わった筈なのに男は薬草を手にじっとモニカを見ていた。
まだ何かあるのだろうか?モニカはにへらと場を乗り切るためだけに笑う。もう結構な時間、彼に費やしたのでそろそろ薬屋へ行きたいのだ。
「君はこの村に住んでいるの?」
男はモニカが笑ったから話をしても良いだろうと判断したのか、プライベートな質問をしてきた。だが隠す事もないのでモニカも素直に質問に答える。
「いえ、私はこの村ではなく近くの森に住んでます。森の何処かは言えないですけどね」
「1人で?」
何故そこまで聞かれるのか疑問だったが、これも隠す事では無いのでモニカは頷く。
「いえ、友人……? と住んでます」
リンウッドを何と説明したら良いのか分からない。少なくとも友人では無いと思ったが、そう説明するのが一番面倒が無いと思い、友人と口にした。だが言葉にした途端物凄い違和感が襲い、疑問符が付く。
「友人、そう友人なんだね」
男の言葉は少し怪しんでいるように聞こえた。その言葉のチョイスは何故かリンウッドを彷彿とさせる。魔術師とはこういう物言いをする人が多いのだろうか。
モニカは作った笑みを貼り付けたまま、頭を下げた。
「では、失礼しますね」
「うん、また来るから」
「あ、是非」
台車をゴロゴロと転がし、モニカは男に背を向ける。
男、ウーヴェはモニカのその後ろ姿を見ながら弧を描く口元に手を当てた。
「何やら面白い事になっているね」
ふふ、と聞こえた笑い声はとても愉快な声色をしていた。
遅くなってすみません。ほぼ21時ですね。
次回更新は明日20時台になります。
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