30.コミュニケーション
「もう野菜全部売れたわけ?」
店じまいをしているモニカは背後から掛かった声にピクリと動きを止めた。その声は同居人だ。そして珍しく市場へ行くと言い出し、一緒に来たは良いもの着いた瞬間姿をくらました人物でもある。
それまで会話をしていたのに、話の流れで同意を求めれば返事が無い。何だ何だと振り返ってみれば、姿が無かったのだ。村に着いた時から人の視線が変なものを見る目だった。つまりはそのあたりからモニカは1人でずっと話をしていたのだろう。
気付いた時はあまりの恥ずかしさに変な誤魔化しの笑い声が漏れた。そして無駄に大きな声で「居たはずなんだけどおかしいなあ」と首を捻ったりもした。それで誤解は解けたか知らないが、取り敢えずモニカはとてつもなく恥ずかしい思いをしたのだ。
モニカは手際良く慣れた様子で店を片付けながら、リンウッド一瞥し、少し低めな声で返事をする。
「売れたよ」
「にしては機嫌悪いね。あ、1人にしたの気にしてる?」
分かっているならもう少し気を使って欲しい。モニカはじとりとリンウッドを睨み付けた。
「1人で喋っててすごい恥ずかしかったんだから」
口を尖らせ不満を言えばリンウッドは「あはは」と笑う。軽い笑い声に更にモニカはムッとしたが、こういう時リンウッドに何か言うのは無駄だと知っているので諦観の境地で頭を振った。その様子さえも面白そうに見ているのだからタチが悪い。
これで顔が良くなかったら本当におしまいな人間だ。モニカは桃色を視界から外し、動かす手を止めずに最低限の事をリンウッドへ伝えた。
「今度から声掛けてからいなくなってね」
それさえしてくれれば何もモニカは言わない。最低限のコミュニケーションだ。
「気が向いたらね」
だがリンウッドの返事は実におざなりだった。モニカの反応を見て面白がっているのかもしれないが、されている方は実に面白くない。
モニカは一緒に暮らし始めてこういうリンウッドの事も受け入れていかねばと思っている。しかし、妙にひっかかる言い方をするのは慣れそうにない。モニカとしては普通にコミュニケーションを取りたいだけなのだが、それをリンウッドの方からぶつ切りにする。
(私は本当にリンウッドさんにとって食料みたいな存在なんだな)
そう考えると胸が苦しくなる。
同居するのであれば良好な関係で居たいと思うのはモニカの間違いなのだろうか。阿吽の呼吸とまではいかないが、普通に話せればと思うのだがリンウッドはそうではないのだろうか。
動かす手を止めず、モニカは大きな溜息を漏らした。
「リンウッドさんは用事終わったの?」
考えても仕方が無い。モニカは溜息で頭を切り替えるとリンウッドへそう問いかけた。リンウッドは家から出た時と同じ姿である。手持ちが増えた様にも減った様にも見えない。
「ん? ああ、終わったよ。結構すぐに。何してたか知りたい?」
「教えてくれるの?」
「えー? 知りたいんだ。でも教えなーい」
「…………」
そういうところだ。そういうところが付いていけない。
モニカは眉を下げ、ふるふると頭を振った。
「私はまだ寄るところがあるから良かったら先帰ってて。それとも一緒に行く?」
着いてこないだろうと思いつつもモニカはわざとリンウッドへ聞く。
「じゃ、先帰ってる」
ほぼ即答で言われ、モニカは薄く微笑む。そういう人間だと知っているので傷付きはしない。寧ろ着いてくると答えられた方が面倒だ。
モニカは片付け終わった店を確認しつつ、リンウッドへ手を振る。
「うん、じゃあまた家で」
「はーい」
さっさと踵を返すリンウッドの背中を一瞥し、モニカも台車に手をかける。次に行く場所は薬屋だ。だいぶ薬草がもさもさと育って来たので間引きも兼ねて卸しにいく。
野菜の評判は良いが、正直薬草は一カ所にしか卸していないから効能が良いかは不明だ。だが元々薬草は効能がある事が前提なので普通の薬草だろう。
モニカは持っていく前に薬草を入れた袋の中身をもう一度確認する。ひいふぅみぃと数え、問題ない事を確認すると台車の持ち手を掴んだ。
台車を押し、ゴロゴロと道を進む。するとあまり店から離れていないところで呼び止められる。
「ねえ」
モニカは自分が呼ばれている事に気付かず一度は無視をした。だが再度近くで声を掛けられ、くるりと振り返る。
「私ですか?」
「そう、君。君を呼んでたんだ」
そこに居たのは燻んだ青い髪をした男だった。東洋の民族衣装に似た特徴的な服を着た長身の男。もしかしたら服装の通り、東洋の血が少し入っているのかも知れない。黒い瞳がモニカを見ていた。
「私に何か用ですか?」
モニカは見知らぬ人物に警戒しつつ、口を開いた。男はそんなモニカを見て、柔らかく微笑むと市場らしい言葉を口にする。
「まだ野菜ってあるかな?」
その言葉にモニカは一気に警戒を解き、営業用の笑みを見せた。
次回更新は明日20時頃になります。




