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29.魔術師ウーヴェ


 モニカが居なくなって半年が過ぎた。


 まさかこんなにも長い期間見つからないとはシルビオも思っていなかった。見つからないにしろ何かしらの手掛かりは見つかるだろうと思っていたのだが、今のところそれもない。


 まるでモニカという存在が無くなってしまったようだ。


 シルビオは執務室に溜まった仕事を一瞥し、窓の外を見た。あの日崩れた塔はもう撤去され、ぽっかりと空間が空いている。まるで消えたモニカのようだとシルビオは思った。


 モニカが消えてから捜索を続けていた義父が先日体調を崩し、療養を余儀なくされた。


 幸いな事に大きな病ではなく、過労と心因性のものが重なったとの事だった。それでも倒れたのには変わりなく、モニカが見つからない事も相まって病状は良くならない。医師に言わせると気に病んでいるものを解消させれば快復するだろうとの事だったが。


(それが出来ればとうにそうしている)


 シルビオは苛立ちを拳に込め、苦しそうに顔を歪めた。


(何処に行った)


 考えても考えても答えは出ない。モニカが自主的に出て行ったのかも、誰かに連れ去られたのかさえも掴めていない。既にこの領地には居ない事は分かっている。何故なら探し尽くしたからだ。


 ならば、モニカは何処にいる?この国なのだろうか、それとも他国に行ったのか。


 答えの出ない考えは時間の無駄だ。それでも、それでもシルビオは考えてしまう。モニカの行方を。 


 義父の分の仕事も積み上がった机に向き直り、シルビオは迷宮から抜け出そうと一番上にある書類を手に取った。

 文字に集中すればいくらか焦燥感が消える。義父もそうやって体を壊したのだろうかと自嘲した。


「シルビオ様、ウーヴェ様がいらっしゃいました」


 書類を片し始めて少し経った頃、ドミニクが来客を伝えてきた。シルビオは来客者の名前に僅かだが瞳に希望を宿らせる。

 

 ウーヴェは魔塔の魔術師だ。ユディス伯爵家としては魔塔にモニカ捜索を依頼していないが、彼は個人的に気になる事があると捜索の手助けをしてくれている。魔塔には頼りたく無いというシルビオの心情を察してそう言ってくれているのだとは思う。手掛かりが全く見つからない今、その厚意が有り難かった。


「この部屋に通せるか?」

「承知しました」


 魔術師は万能ではないが、魔力のない人間からしたら縋りたくなる存在である。それはシルビオも同じだった。

 

 静かに部屋を出るドミニクを見送ったシルビオは立ち上がり、落ち着かないとばかりに部屋の中を歩き回る。


 ウーヴェは何かモニカへの手掛かりを見つけたのだろうか。彼は魔塔主のお気に入りと言われている。それは彼の能力が高いからだ。どの能力に特化している等細かい事はシルビオには分からない。だが、彼が見つけられないのであればもう打つ手は無いとさえ思う。


 シルビオは落ち着かない様子を客人に見せるわけにはいかないと応接用のソファーに身を沈めた。それでもやはり落ち着かず、前屈みになるとシルビオは額に組んだ手を付けた。そしてしきりにそれぞれの人差し指をくるくると交差させる。片足も貧乏ゆすりのようにタンタンと動かし続けた。


 暫くすると待ち侘びたノックの音が聞こえ、シルビオは入室を促す。その声は無理矢理落ち着かせた静かな声だった。


 ドミニクに連れられて来たのは、魔術師ウーヴェ。青灰色の長い髪はうねりひとつない綺麗な髪である。黒い瞳と相まって冷たい印象を与える姿だが、柔らかい表情故それを感じさせる事は無い。


「久しぶりだね、シルビオ」

「ええ、お久しぶりです。ウーヴェ殿」


 挨拶もそこそこにウーヴェは勧められた席へと腰をかける。


「伯爵は大丈夫? 体調を崩されたとか」

「ご心配頂きありがとうございます。どうやら今回の件で色々無理がたたり、体が悲鳴を上げたようです」

「そう。まあ、あんなに大切にしてたから無理もないね」


 お大事にと伝えてとウーヴェはシルビオへ言うと、さてと言うように足を組み替えた。


「モニカの事だけど」


 義妹の名前にシルビオは息を飲み、力強く頷いた。


「はい」

「結果だけ言うとまだ見つかっていない」


 見つかっていない、その言葉に自分でも驚く程シルビオは落胆した。屋敷にウーヴェが連れて来ていない事からしてそれは分かっていたのだが、はっきりと言葉にされるとずしんと胸に来るものがある。


 シルビオは返事をしたかったが、上手く言葉が紡げず、僅かに口を開いただけだった。


「けど、もしかしたら……という人物は見つけたよ」


 それは落胆していた心が浮上する言葉だった。シルビオは目を見開き、ウーヴェを見る。ウーヴェは柔らかく微笑んだ。


「恐らく、でも私はほぼ彼女だと確信してる」

「本当、ですか……!」


 喜びから立ち上がりたくなる衝動を抑え、シルビオは感情を滲ませる声を出した。ウーヴェが言うのならばそれはモニカに違いない。叫び出したくなったシルビオは口元を両手で覆うと天を仰いだ。


「何故モニカ様だと確信が?」


 興奮から思考が上手く働いていない主人に代わり、ドミニクがウーヴェへ問いかける。ウーヴェはその不躾にも思える質問をさして気にする素ぶりも無く答えた。


「とある人物が作った野菜を食べると病が治るんだって」

「野菜?」


 思いもよらない単語にシルビオもドミニクも疑問の声を出す。


 それはどういう事か?疑問を2人が口にするよりも早くウーヴェが説明を始めた。


「稀に魔力がある者が野菜を作るとその性質をもった野菜が出来るんだ。ただ本当にこれは稀で、限られた魔力を持つ者しか出来ない……私もその野菜を食べたよ。そして確信した、これはモニカが育てた野菜だと」


 ウーヴェの説明にシルビオは暫し考え込んだ。

 モニカが野菜を育てている事も大いに気になったが、それよりも食べた事でモニカだと分かったという事がシルビオには引っ掛かる。


 魔力の覚醒前はほぼ他の者が魔力を感じる事が不可能だという。しかしウーヴェはそれが出来たという事なのだろうか。だから食べてモニカの魔力を感じる事が出来た。


 浮かんでくる疑問を一つだけ掬い、シルビオはウーヴェへ訊ねた。

 

「何故、食べただけでモニカだと分かったのです?」


 シルビオの質問にウーヴェは目を細め、口元に綺麗な弧を描かせた。長い髪を肩に流し、何でも無さそうに、しかし勿体ぶるようにゆっくりと口を開く。


「ああ、それは……」


 その後続いた言葉にシルビオは衝撃を受けた。考えた事も無い事に思考が停止する。


 出てくる言葉は短い言葉と、意味のない空気だけ。何と言葉にして良いのか分からなかった。それはドミニクも一緒だったのか、シルビオと同じように固まっている。


 ウーヴェから齎された情報、それはユディス伯爵家の未来を左右しかねない驚くべき話だった。




次回更新は明日の20時頃になります。

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