27.男は危ない
パウルの質問にモニカはおずおずと頷く。此処は変に嘘を吐いても結局はバレる事になると判断したからだ。
それにあのリンウッドだ、モニカが違うと嘘を吐いたら嬉々として同居の件を吹聴するに違いない。
「え! 本当だったの?」
パウルは半分嘘だと思っていたのだろう、モニカが肯定すると酷く驚いた顔をした。普段笑い顔の目がしっかりと開いている。
モニカは何故か言いようのない気まずさを感じながら、もう一度しっかりと頷いた。
「なんで……?」
パウルは目を見開いたまま、モニカに訊ねる。当のモニカは視線を彷徨わせた後、視線を地面へ落とし、両手の人差し指をグニグニと合わせながらしどろもどろとなりながら口を開いた。
「えと、あの、まあ、色々と理由があってね」
「理由って?」
間髪入れず言葉を返される。モニカは尋問されている気分に陥り、冷や汗が垂れ始めた。
リンウッドと同居を始めたのは答えても良いと思ったが、その経緯を説明するとなると少し面倒である。きっかけは毛根を死滅させられた男達の襲撃だ。リンウッドがわざわざ口止めしてくれた事を言うのはやはり憚られた。
だが、いつも柔和な笑みを浮かべているパウルがこんなにも追及してくるのであれば、言わない訳にはいかないだろう。
悩みに悩んだモニカは決して嘘ではない、簡単な回答をする事にした。
「えと、あのね、こないだおっきい獣が出てね、その時助けてくれて……流れで用心棒になってくれたの」
そう、嘘ではない。
大きい獣は確かに出たし、獣からでは無いが助けてくれた。嘘ではない。決して嘘ではない。
モニカは嘘は言っていないと自分に言い聞かせ、どうだ!と顔を上げた。目が合ったパウルは怪訝そうな顔をしていたが、内容には納得してくれたようだった。
「用心棒……まあ、確かに女の子の一人暮らしは危ないからね」
上手くいった事にホッとしたモニカはうんうんと頷く。「そうなの、そうなの」と過剰なまでに主張し、獣が如何に大きかったかを説明した。勿論誇張をしてだ。
その話を真剣に聞いていたパウルは顔を青褪めさせたりもしていたが、モニカが同居人の活躍をこれまた大袈裟に伝えると複雑そうに顔を歪めた。
(どうしたのかな)
熱弁していた口を閉じ、モニカはパウルの様子を窺う。パウルはモニカと目が合うといつもと同じ様にへにゃりと笑ったがすぐに固い表情を貼り付けた。
「パウル?」
モニカはどうしたのかと声を掛けた。いつもと様子が違う事が気になったのだ。モニカに名を呼ばれたパウルはピクピクと目元と口元を動かし、笑みを作ろうとしていた。だが、うまく作れず、ぎゅっと拳に力を入れる。そして感情のまま声を発した。
「でも! 年頃の女の子が男と暮らすって言うのはあんまりお勧めしないよ、俺は! 何が起こるか分からない!」
勢い良く言われ、モニカは仰け反る。突然の大声に驚いた事もあり、パチパチと目を瞬かせた。その瞳の先には本当に心配そうなパウルが入り、申し訳なさからシュンと眉を下げる。
「まあ、そうだよね」
言われている事はとても真っ当な事だ。誰もが心配する事だろう。当人のモニカだって当然分かっている。だから当初は拒否をした。キス目当ての同居の申し出だったからだ。誰が好きでもない男と日常的にキスが出来よう?キスだけなら良い。だが、モニカがあまり知識がないそれ以上の事を起こされたら?
恐ろしい事この上なかった。
しかし、あの出来事が起きて人を殺してしまうのならば、とモニカはリンウッドに助けを求めてしまった。
その結果がパウルに責められている現状である。
パウルは驚いたモニカを見て、少し落ち着いたのか目元を下げ、いつもと変わらぬ表情を作った。そして良い考えがあると一つの提案をモニカにした。
「この村に引っ越してくれば? あの森に1人だと心配だけど、村だったら1人でも全然大丈夫だと思うし」
「この村に?」
「そう。どう?」
パウルの提案は確かに何も無ければ良い提案だろう。だが忘れてはいけない。モニカは家出をして此処にいる。実家がモニカを探している可能性は低いが、万が一探しているかもしれない事を考え、少なくとも1年はひっそりと森で過ごしていた方が良いだろう。
パウルの提案は素直に嬉しい。モニカを本気で心配している事が声と表情から察せられる。しかし申し訳ない、モニカには此処に引っ越すと言う頭が更々なかった。
「ありがとう、でも大丈夫。あの森で暮らすわ」
モニカはニコッと微笑み、ショルダーバッグの持ち手を両手で掴んだ。そろそろ花屋へ行こうと思ったからだ。
じゃあね、と手を振ってモニカはこの場を去ろうとした。だがパウルの声に足が止まる。
「じゃあ、俺が一緒に住もうか?」
それは突拍子もない提案だった。
冗談だと思ったモニカは「ふふ」と声を出して笑い、パウルへ柔らかく細めた瞳を向ける。
「パウルも冗談言うのね」
「いや、冗談じゃないんだけどな」
若干顔を赤くさせたパウルが後頭部を掻きながらそう言った。冗談で無ければどういう事だろう。言葉通りの意味だとしたらリンウッドの代わりにパウルが住むという事だ。
リンウッドが住んでいるのはモニカの魔力が目当て。ではパウルは何が目当てでモニカと暮らそうとしているのだろう。本当に用心棒?だが、パウルは背は高いがヒョロリとしており、とても用心棒として活躍出来る風貌ではない。
全く理解出来ない言葉にモニカは小さく疑問の声を出した。
「え?」
その声を聞いて、パウルはモニカが全く意味を理解していない事に気付く。
何を隠そう、パウルはモニカに対して好意を抱いていた。だからこそモニカが他の男と暮らしているのが気になったし、解消させてやりたいと思ったのだ。
しかし今のところ、モニカはパウルの好意に全く気付いていない。悲しい程の片想いである。
パウルはモニカとの温度差を無くそうと空元気な声を出した。
「あ、いや、深い意味は無くてさ! 同じ男だったら俺でも良いのかなって! 俺だってモニカの事守れるよ!」
大袈裟に手を広げ、自身をアピールする。友達だ、下心など無いとわかる様に悲しい程跳ねた声でパウルは言った。
モニカは「そういう事か」と一度深く頷いた後、パウルへニコッと微笑み掛けた。
「心配してくれてありがとう。何かあったらパウルに言うわ」
その笑顔にパウルは乾いた笑いを漏らす。大好きな笑顔だが、今はその笑顔が妙に心にグサリと響いた。
次回更新は明日20時頃となります。




