表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/60

26.謝罪


 リンウッドが不在となり2日目。モニカはいつもと同じ様に市場へと向かった。売る野菜も大分様変わりし、今は夏野菜が多い。

 トマトや茄子、きゅうりにオクラ、小ぶりなスイカ等を店先に並べていると常連の主婦達が集まってきた。


「あら、珍しい。きゅうりは今回少なめなのね」

「そうなんです。いっぱい成るからって前回取り過ぎちゃったみたいで今ちょうど良いのが少なくて。ちっちゃいのはたくさん成っているんですけど」


 手は動かしながら対応すれば、次から次へと話が飛んでくる。主婦達にとってモニカは良い野菜を売ってくれる存在でもあり、話をうんうんと聞いてくれる存在でもあるらしい。変に否定もせず、肯定しながら聞いてくれる存在は良い聞き役のようだ。


 だが、モニカにしてみれば陳列中に話し掛けるのはやめて貰いたい行為である。ただ単に置いているだけではない。ちゃんと計算しながら陳列をしているのだ。話し掛けられると気が散る。しかしそれを馬鹿正直に言えば此処の主な顧客である主婦達に総スカンをくらうだろう。それはとても恐ろしい事だ。


 そんな事になったらあの男達の二の舞である。


(そういえばあの人達最近見てないな)


 主婦達の話を話半分で適当に相槌を打っていたモニカは件の男達を思い出す。


 あれから1ヶ月は経っているのだが、あの事件から一度も見ていない。あれが起こる前は絡まれはしなくても大体市場で見掛けたのに。


(死んではいないよね? 実は転移した場所が悪かったとか……)


 色々と考えると不安が込み上げてくる。やったのはリンウッドだが、きっかけはモニカだ。何かあったら寝覚が悪い。


「モニカちゃん、もう買っても良い?陳列終わった?」


 台車の中身が無くなったのを目敏く見ていた主婦が言う。モニカは気持ちを切り替え、商売用の満面の笑顔を貼り付けた。


「はい! 営業開始です!」


 パンと手を叩き、店の前にいる客達を見る。呼び込むまでもなく主婦達が雪崩れ込む。一見すると恐ろしくも見える光景だが、商売人としては喜ばしい光景だ。


 モニカは嬉しい気持ちを隠さず、自慢の野菜達を次々と売り捌いていった。





 モニカの野菜はいつも直ぐに捌ける。今日も嬉しい事にものの30分で全てが売れた。帰りは空の台車で心も軽い。懐は大分温まったが。


「ふふ」


 パンパンに膨らんだ布袋を片手に持ち、目の前にぶら下げたモニカは1人で笑うと掲げていた袋をぎゅっと胸に抱き込んだ。


 いつ持っても自分の力だけで儲けたお金の重さは良いものだ。じゃらじゃらとした音もずっと聴いていたい程。


 このお金でまた野菜の種を買おうと、大きめなショルダーバッグに布袋を入れ、モニカはよし! と意味のない気合いを入れた。そして花屋へ向かおうと振り返れば、突然の眩い光がモニカの目を襲う。


「まぶし!」


 モニカはあまりの光に反射で目をきつく瞑る。まだ光があたっているのだろう、瞼あたりに熱を感じモニカは手でそれを遮断した。薄目を開け、目に光が当たらない場所までゆっくりと横移動したモニカは光が緩んだのを感じパチリと目を開ける。開ければなんと、ピカピカの水晶玉がこちらを見ていた。


「ひゃ!」


 しかもその輝く玉には顔があった。目も鼻も口も、眉毛もある。玉のくせに眉間に皺も寄せていた。


「おい」

「しゃっ! しゃべっ」


 玉が喋った事に驚いたモニカだったが、冷静に見てみればその玉はいつぞやモニカの家へ襲撃してきた男の内の1人であった。


 眩さに目が眩んだとは言え、まさか人間の頭部を無機物と見間違えるとは。気が緩んでいたとはいえ、とんだ見間違いだ。


「ジョンさん……」


 しかしなんとまあ、見事なピカピカスキンヘッドだろう。毛穴が全く存在を主張していない。

 

 さっきはもしかして死んでしまった……?と心配していたが、ちゃんと生きていた事に安堵する。毛根はどうやら死んでしまった様だが。


 安堵しつつも驚いた顔のまま固まっていると、男がぼそりと何かを言った。だが声が小さ過ぎてモニカは聞き取れず「ん?」と聞き返す。男はその態度が気に食わなかったのか頭皮まで赤くして怒鳴る様に声を張り上げた。


「悪かった!!!!」

「ひえっ」


 市場の皆が振り返る声量をまともに浴びたモニカは耳を抑える。真っ赤な男はハアハアと肩で息をし、キッとモニカを睨み付けた。謝っている態度には見えないが、彼としては一度で聞き取れなかったモニカが悪いと言いたいのだろう。


 モニカは謝罪を反芻し、男の頭皮を見る。


「あ、はい。……謝罪を受け入れます」


 モニカとしては別に謝られなくても良かった。確かにやられた事は嫌な事だったが、彼らの方が失ったものが多かろうと思ったからだ。髪であったり、尊厳であったり、もしかしたら奥さんにも捧げていないものも失ったかもしれない。

 そう考えたら謝罪なんて寧ろ恐縮してしまう。だから謝罪を受け入れないなんて選択肢はモニカにはないのだ。


 男はモニカの言葉を苦々しい顔で聞くとそのまま鼻を鳴らし、去っていく。皆の注目があるからだろう、とても早歩きだ。その後ろ姿をモニカは他の皆と同じく眺めていた。


 先に喧嘩を売ってきたのはあちらだ。だが、喧嘩を売った相手が悪かった。彼らが喧嘩を仕掛けたのはモニカだった。だが彼らの喧嘩を買ったのはモニカの代打であるリンウッド。それが彼らの計画を狂わせたのだろう。


「最近大人しくなったよな、ジョンさん」


 光る頭を遠くに見ていたモニカだったが、不意に話し掛けられ、声の方を向く。

 

「パウル」


 そこに居たのは素朴な青年、パウルだった。パウルはモニカがたまに薬草を卸している薬屋の息子だ。


 パウルはモニカと目が合うとふにゃりとした毒気のない笑みを向けた。モニカもその笑顔に釣られて挨拶がわりに微笑む。


「前まではモニカにも、あと他の人にもちょいちょい嫌がらせしてたけど今は全然。まあ、良い事なんだけどさ、突然変わったから皆驚いてる」


 何かあったのかな、と不思議がるパウルにモニカは視線を泳がせ、口端をぴくつかせた。

 心当たりなら大いにあったからだ。だが、それを言うのも憚られる。


「そうなんだ……」


 だからモニカは無難に相槌を打った。それ以外に言葉が見つからなかった。


「ほらよく連んでた2人も最近変なんだ。大人しいというか、ビクビクしてるというか」

「そ、そうなんだ」

「3人ともどうしたんだろう。おかしくなった時期は一緒だからたぶん3人で何かあったんだろうな。でも誰が聞いても何も言わないんだって。奥さんにもだよ?」


 モニカの顔を覗き込みながらパウルは「変だよね」とモニカに同意を求めた。パウルはまさかモニカのせいで彼らが変わった等考えもしていないだろう。だが、顔を覗き込まれる動作にモニカは疾しさからビクリとしてしまう。冷や汗だって今にも出そうだ。


(正当防衛、だと思う。けどやっぱりやり過ぎだったんだわ)


 単純にパウルは不思議に思っているだけ。それなのに疾しい心が真実を言い出してしまいそうになる。リンウッドが折角彼らに口止めをしてくれたのにも関わらずだ。


(そう、口止め! だからジョンさん達は何も言えないのね)


 モニカはリンウッドの魔術を無駄にしてはいけないと必死に平静を装い、返事をした。


「奥さんにもだなんて本当不思議ね」


 ぴくつく口端を隠す様に手で覆う。パウルはモニカの返事にうんうんと頷き、「絶対なんかあったんだよ。だってあの年齢で性格矯正出来るもの?」と割と酷い事を言い放った。


「意外とすごい事言うのね、パウル」

「そうかな? でもそう思わない?」

「そうね、それはそうかも」


 少し気が緩んだモニカは手は口元に置いたまま、ふふっと笑った。それを見ていたパウルも嬉しそうに微笑んだが、急に何かを思い出したのか「あ! そうだ」と話題を変えた。


 モニカ的にはこの気まずい話題が変わるのなら大歓迎である。必要以上に微笑んで先を急かした。


「どうしたの? パウル。何かあった?」

「いや、あったというか何というか……ねえ、モニカ、最近男と住み始めたって本当?」

「へ?」


 窺うような視線にまたもモニカは口端をぴくつかせる。次の話題がまさかそれだとは思いもしなかった。


 あまりリンウッドは家に居ないからバレないと思ったが、意外と人は他人の暮らしを見ているらしい。


 モニカはどうやって説明するべきか、真っ白になった頭で考え始めた。




次回更新は明日の20時頃になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ