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25.拍子抜けな生活


 こうして始まったリンウッドとの生活。どんな生活になるのかとモニカは色んな意味でドキドキしていたが、生活は拍子抜けする程あっさりとしたものだった。


「じゃあ、ボク暫く帰んないから」

「……わかった。気を付けてね」

「はーい」


 リンウッドは一週間の内半分は家に居ない。何の仕事をしているのか気にはなったが、いまだに聞けずにいる。決して興味が無いわけでは無い。一緒に暮らしているのだ、興味ありまくりである。だが、直球で聞いて答えが反応しずらいものであった場合、困るのはモニカだ。故に聞けずにいる。


 もしかしたら普通に魔獣使いの仕事をしているのかもしれない。だが、帰ってきては甘い香水の匂いを漂わせているので何となく女性が関わる仕事をしているのでは?とモニカは思っていた。そうしてくるとやはり聞きづらい。何たってモニカとリンウッドはただの同居人だ。それ以上でも以下でもない。


 そしてこんなエピソードもある。


 先日、リンウッドが服に口紅を付けて帰ってきた。洗濯物を仕分けている時にたまたまそれを見つけたのだ。

 あー……と気まずい思いでそれを摘み、リンウッドへ見せれば彼は笑いながらこう言ったのだ。

 

『何、面倒臭い彼女みたいな事してるの?』


 そういう事じゃない、そういう事じゃないのだ。別にモニカは責めるつもりで見せた訳ではない。「あちゃー、付いちゃってるよ」の気持ちで見せたのだ。なのにリンウッドはモニカがさも彼女面をしていると言わんばかりの言葉を言い放ったのだ。


 モニカは「そうじゃない!」と言いたかった。だが口をパクパクと動かすだけで何も言わなかった。何を言ってもリンウッドには響かない。人の話など聞く気は更々無い人種なのだから。


「あ!」


 いってらっしゃいと見送っていたモニカだったが、玄関前でリンウッドが声を出し、振り返った事で振っていた手を止めた。

 一体どうしたのか、と灰色の瞳と目を合わせているとスタスタとリンウッドがいやらしく口端を上げ戻ってくる。


「どうしたの?」


 不思議な顔でそうモニカが訊ねれば、リンウッドはズイっと顔を前に出してきた。その行為に彼の意図を察したモニカは顔を引き攣らせる。


「モニカ、今日は良い?」

「だ、だめ」


 それはリンウッドがキスを強請る行為だった。モニカが拒否した後もリンウッドは顔の距離を離さず、じっとモニカを見てくる。


「どうしてもダメ?」


 再度聞かれても答えは同じだ。モニカはコクンと頷き、視線を逸らした。


「うん、だめ」


 その答えにリンウッドは不満そうに目を細め、前屈みになっていた姿勢を正した。そしてジトっとモニカを見ると大きな溜息を吐く。


「あれから全然キスさせてくれないね」


 そうなのだ。実はあの男達が来た日、つまりは同居初日以降、一度もキスをしていない。リンウッドの魔力が長持ちしたとかそういう理由ではなく、ただ単にモニカが拒否しているのだ。


 もしかしたら強引に来られるかもと拒否した当初は思ったが、意外にもリンウッドは無理強いをして来ない。この同居までの強引な感じは何だったのかと思うほどだ。


「やっぱりキスは、好きな人としたいというか」


 至極普通の事を言っているつもりなのだが、リンウッドは不満顔を変えない。寧ろ不満が増した様にも見える。


「まだボクの事好きになってないわけ?」

「え、うん」

「ほんと、モニカって意味わかんないよね」


 不満の次は呆れたのか、馬鹿にしたような顔で頭をフルフルとリンウッドは振った。


 モニカにしてみればリンウッドの方がよく分からない。人はそんなに容易く他人を好きになるものなのだろうか。いや、恋とか愛とかそういう類の「好き」は中々生まれないだろう。少なくともモニカはそう思っている。きっとそこには前提で信用、信頼が入ると思うから。


 だからモニカはまだリンウッドを好きになれない。信用も信頼もしていない。寧ろ警戒しているくらいだ。

 あの時、助けてくれた事は勿論感謝しているし、あの時リンウッドが居なかったらどうなっていたのだろうと青褪める事もある。だが、それとこれは別だ。


 キスはそう簡単には出来ない。もう何度もしているが、毎回心にもやりとしたものが溜まる。


 正直言うと嫌悪感は無いし、寧ろ気持ちが良いとも思う。だが、その気持ちが大きくなる程リンウッドとの食事の様なキスが嫌になる。作業感とでも言うのだろうか、こんなキスあってたまるかという気持ちになってしまう。


「ま、いいよ。今日はね。でも次帰ってきた時はするから」


 リンウッドはモニカに言い聞かせる様に人差し指をモニカへ向けた。笑ってはいるが、灰色の瞳は欲が孕んでいる様に見え、モニカは困惑した様に眉を下げる。


「じゃ、今度こそいってくるね」

「……いってらっしゃい」


 スタスタと玄関を出ていくリンウッドの姿が見えなくなったところで、モニカはハァと大きく溜息を吐いた。


 次はキスすると言われても困る。だってモニカはしたくない。でも今度は拒否したところできっと無駄なのだろう。そんな気がする。


「ぶぅ!」


 肩を落としていると足元に温い温度を感じ、モニカはそのまま視線を落とした。居たのはうさぎ。モニカの足にピタッとくっつくようにそこに居た。


「うさちゃんは可愛いねえ」


 モニカはしゃがみ、ふわふわのうさぎを優しく撫でる。

 そのサイズは普通のうさぎと同じだ。


「可愛い。大きくても可愛かったけど」


 あの日、大きくなったうさぎはその日の内にいつもと同じサイズへと戻った。モニカが怪我の手当をしようと負傷部分に触れた途端、しゅるしゅると縮んでいったのだ。

 大きくなった事も驚いたが、目の前で縮む姿にもモニカは大いに驚いた。寧ろ目の前で起きた事だったので、縮んだ事の方が驚いた程だ。


 そして更に驚いた事もあった。


 それは傷だ、傷が跡形もなく消えてしまったのだ。縮んだから怪我部分が小さくなり見え辛くなった訳ではない。いくら毛を掻き分けても何も見つからなかった。


 何故だったのだろうとモニカは当時を思い出し、少し考え込んだ。だがさっぱり分からず、首を捻る。


 リンウッドは何かを知っていそうだったが、モニカが分かるように説明はしてくれなかった。


「君の主人は本当に不思議だわ」


 丸い背中を撫でながらそう言えば、うさぎは返事をするように「ぶぅ」と鳴いた。




次回更新は明日の20時頃となります。

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