24.リンウッドの倫理観
「ねえねえ」
地面に転がる男達の目の前に来たリンウッドは弾んだ声で3人に声を掛けた。
「髪って大事だよね」
返事は求めない。
リンウッドはそう言うと3人の髪を一瞬で炎に包む。真っ赤な炎が髪だけを覆う光景にモニカは短く悲鳴を上げた。
「ひゃ!」
驚いたのは当然モニカだけではない。当人達もボッという音と共に悲鳴を上げた。
「う、うわぁぁあ! 熱い熱い! 」
髪を燃やす炎を男達は頭を必死に振り消そうとした。だが炎は消える素ぶりも無く燃え続ける。
「熱くないって、大袈裟」
ヘラヘラと笑うリンウッドは炎に焼かれる髪の様子をふんふんと確認した後、指を鳴らす。一瞬で出た炎は消えるのも一瞬だった。髪が燃えた不快な臭いが鼻腔をつき、モニカは鼻を摘む。この臭いはあまり嗅いだことは無いが、良くない臭いだ。
リンウッドは臭いの近くに居るのだが、気にもせず男達を相手にしている。もしかしたら慣れている臭いなのかも知れない。だが慣れる程嗅いでいたらそれはそれで異常である。モニカは深く考えるのを止め、髪を燃やされた男達を見た。
男達のボッと燃えた髪はチリチリだ。元から髪質が良いとは言えなかったが、これよりはマシだっただろう。
リンウッドは追い打ちをかける様にそよ風を出す。するとその風にそよぎ、男達の縮れた髪がハラハラと頭皮から離れていった。
「あ、ああ……ああぁ」
悲痛な声だが、つるっ禿げ3人が蔦に縛られている姿は中々だ。笑ってはいけない。だが、光る頭に潤んだ瞳、赤い頬はモニカの口端をぴくつかせた。
嫌な男達であるし、うさぎを傷付けた事は到底許せる事では無い。しかし先程まであった、この人達への苛つきや自分への焦り、困惑はすっかりと無くなった。それは間違い無く、リンウッドが彼らにしている制裁のお陰だろう。
間抜けな事になっている男達にモニカはすっきりしたのだ。
「じゃあ、あとは」
リンウッドは3人の前にしゃがみ込み、宙に指で何かを書いた。それを両手で叩くと宙に書かれた文字は両手のひらの中で弾け、リンウッドの指先に纏わりつく。
「今日あった事は誰にも言えない」
指先の可視化された魔術はリンウッドが指を動かすと3人の周りを巡り、喉に張り付く。見た目に変化は無い。だがリンウッドの言葉通りの事がなされたのだとモニカは思った。
(そんな事も出来るんだ)
モニカはリンウッドと同じ様にそっと指を動かしてみる。だが、当たり前のように何も出なかった。
うぐ、と喉仏を上下させた男達。それをリンウッドは満足そうに見ると両手をパシンと叩いた。ただそれだけだったのだが、突如男達の真下が光り出し、囲む様に光の壁らしきものが現れた。
「な、なんだこれ!」
「おい! やめろ! 何処へと」
男の1人は何か分かったようで、焦ったようにリンウッドへやめろと叫んだ。だが、その言葉は最後まで紡がれる事なくシュンと消える。
文字通り男達は消えたのだ。一瞬にしてシュンと、跡形もなく。
「え……、消えた。あ!」
恐らくリンウッドは転移を施したのだろう。その魔術はモニカにも覚えがある。此処へ来たのもその魔術だ。その際、モニカは自分の意思で行き場所を決められなかったがリンウッドは決められるに違いない。
何処へ飛ばしたのだろうと考えていると、その考えを察した様にリンウッドが笑った。
「あの村の近くの小屋にやったよ。鍵も掛けてあるから中々出れないと思うな。まあ、別の意味でも中々出れないと思うけど」
「別の意味? どういう事?」
「あの粘液、媚薬なんだよ。だからまあ、性欲を3人で発散させたら出てくるんじゃない?」
「びやく……媚薬!?」
あまり聞き慣れない言葉にモニカは反芻をした。理解した途端、鍵のかかった部屋に閉じ込められた事の意味を察し赤くなる。
つまりは、そういう事だろう?
更にはあの赤く上気した頬と潤んだ目を思い出し、何度もモニカは瞬く。思い返せば確かにそんな発情したような顔だった。発情した人など実際見た事は無かったが。
「なななな! びっ媚薬をやってから密室に放り込むなんて! しかもみんな既婚者ですよ!」
驚いたモニカは顔を赤くしながら叫んだ。しかし倫理観もクソもないリンウッドだ。それの何が悪いのかと首を傾げる。
「へえ、別に良いんじゃない? 気持ち良いだろうし」
「そういう事じゃ!」
身振り手振りで伝えても何も伝わっていないのが分かる。モニカは歯痒さを感じ、地団駄を踏みそうになった。
こうしている間にも媚薬にやられた男達は小屋という密室で何かをしているのかもしれない。それぞれの妻に言えない事を。
「男同士だったら不貞じゃなくない?」
立派な不貞である。
「不貞! ちゃんとした不貞行為!」
「えー、子作りじゃないのに?」
「そういう問題ではないと思うの!?」
何処からが不貞で何処までが違うのかそれは人それぞれだとは思うが、男性であれ女性であれ媚薬を盛られた上で行われる事はがっつり不貞行為だとモニカは思う。
リンウッドと話していると段々と自分が違うのか?と疑問を持ってしまうがこれだけは譲れなかった。
「奥さん、居るんですよ?」
訴えかける様に言葉にすれば、リンウッドは片手を振った。
「わっかんないなー」
「え」
「だってモニカはおっさん達に怪我させられそうになったんじゃないの? なのにそんな事気にするの? ボクはモニカに言われた通り、手加減したよ? 殺してないし、怪我もさせてない。何が不満?」
リンウッドは不思議なものを見る目でモニカを見た。
確かにリンウッドの言う通りではある。畑をズタボロにし、モニカにも怪我をさせるつもりで彼らは来ていた。それも男3人でだ。
「それに、助けてって言ったのはモニカじゃん。暴走も止めてあげたし、おっさん達を退けたよ? ねえ、もう一度言うよ? なにが不満なわけ?」
そこまで言われれば何も言えない。モニカは真っ直ぐに見てくるリンウッドの視線から逃げる様に顔を下げると、囁くような声を出した。
「……何も、不満なんて」
「ないよね? モニカの希望通りにやったんだからボク」
俯いた顔を覗き込まれ、顎を持たれる。強制的に視線を合わせられ、モニカは視線を泳がせた。
やはり酷い事の例え話が出来なかった事が辛い。あそこで出来ていればもう少し違う結果になっていたと思う。
人に大怪我させたり、極端な話、殺したりするのがリンウッドにとって酷い事のだったのだろう。だがモニカ的にはリンウッドが今やった事も中々酷い事だと思った。
蔦にこれでもかと振り回され、頭をツルツルにされ、媚薬を盛られた上に同性と密室に送られたのだ。精神的に後々まで苦しむ事になるかも知れない。いや、絶対に苦しむだろう。
「じゃあ、モニカ」
複雑な表情を浮かべていると顎を持ったまま、リンウッドが薄く微笑んだ。
「わかってるよね?」
その言葉にモニカの頭に巣食っていた男達がバッと消える。
泳いでいた視線を更に泳がし、自身の顎を持つリンウッドの腕に触れる。制止する為に引き剥がそうとすれば、顎を持つ手が強められた。
わかっているか、わかっていないかと言われれば「分かっている」つもりだ。
「………キスだけじゃだめ?」
出来ればこれだけで終わりにしてほしい。分かっていたくはない。自分の考え過ぎであって欲しい。
そんな思いを図らずも上目遣いで言えば、リンウッドは今にもキスせんばかりの距離まで顔を近付けた。血色の良い唇がにんまりと弧を描く。酷く意地の悪い顔だとモニカは思った。
「えー、だぁめ♡」
甘い声は悪魔のようだ。くすくすと笑う声なんてまさにそれである。リンウッドはモニカの顎を持っていた手を肩に置き、モニカを抱き締めるような仕草をした。腕は背中に回さず、すぐ耳元に顔を寄せる。耳に感じるほのかな温かさにピクリとモニカの体が反応した。
何度キスをしても慣れない距離感に顔は上気しっぱなしだ。赤い顔をどう思われているのか知りたいような、知りたくないような。
モニカはバッと耳を手で覆い、涙目でリンウッドを睨め付けた。
リンウッドは至極面白そうにまた声を出して笑うと、耳を覆うモニカの手に唇を落とす。嫌がらせの様な行為にモニカは「ひゃっ」と悲鳴を上げた。それでも手を離さなかったのは意地である。
「じゃ、今日からよろしく。モニカ」
耳のすぐ近く、手に触れるか触れないかの距離で告げられた言葉。
それは今まで拒んでいた事が決まった事を意味する。その言葉にモニカは小さい声で反抗した。いや、と。だが、その声は笑顔で黙殺され、リンウッドは怪我をしたうさぎを担ぎ、玄関まで歩いて行く。もう決まった事だと言わんばかりの笑みを浮かべて。
モニカはリンウッドの後ろ姿も見れず、その場にしゃがみ込んだ。
「どうして……!」
タラレバばかりが浮かぶ頭。
青い空がモニカを慰める様に輝いていた。
次回更新は明日20時頃になります。




