23.指を弾く
リンウッドはいきいきとした顔をしながら指を弾く。それが魔術発動の合図だったのだろう、地面から人の腕よりも太い蔦が現れた。青々とした蔦は触ればつるりとしていそうな程凹凸が無い。
つるつるとしていれば人は触りたくなるものだと思う。何を隠そう、モニカもその1人だ。だがこれに関しては全くそういう気は起きない。
(う、うわぁ)
「うわぁ……」
心の声が無意識に漏れる程の驚きをもたらすソレ。モニカは目元を引くつかせ、蔦を見ていた。その蔦は確かにつるりとしている。だが、それがどうでも良くなる程の特徴があった。
粘液で覆われているのだ。気味の悪い事に全ての蔦が。
一体何の為の粘液なのか。全く持って意味が分からない。リンウッドの趣味だとしたら趣味が悪すぎる。
引き攣る顔でたまに飛んでくる滑りに悲鳴を上げながらモニカはリンウッドを呼んだ。
「リ、リンウッドさん、」
気持ち悪い植物を見たからか声に力が入らない。キスで体力を持っていかれているという事もあるのだろう、囁くような声しか出なかった。
リンウッドは久しぶりに発動した魔術に興奮しているのか、上気した顔でチラリとモニカを見た。だがすぐに視線を逸らし、蔦に怯えている男達へ視線を移す。
そのあまりに興味のない様子に少しモニカはイラッとした。キスをして魔力がある程度溜まればもうモニカの事はどうでも良いのか?
「リンウッドさん」
再度モニカはリンウッドを呼ぶ。今度は服を掴みながら軽く胸を叩いた。
「んー」
それでも気のない返事に呆れてしまう。モニカはリンウッドの態度に呆れつつも、最悪の事態を免れる為に今度は強めに胸を叩く。注意をこちらへ確実に向けさせる為だ。
「あんまり酷いことはしないで」
あの蔦は見ていると不安になる程気持ちが悪い。モニカは基本的に植物が好きだ。だが、今目の前で粘液を飛ばしているアレはどうにも好きになれない。
(好きな人はいないよね、気持ち悪いもの)
まあ、今モニカを片腕に納めているこの男はどうか分からないが。嬉々として見ている姿を見ると嫌悪感はない様に見える。
「ボク、酷い事の基準わかんないんだよね」
そんな気はしていたが、そう正直に言われてしまうと何と反応したら良いのか分からない。リンウッドのあっけらかんとした言い方にモニカは酷い事の例え話をしようとした。だが言われてみればモニカも「酷い事」の基準が分からない事に気が付き、口を噤む。
「…………」
現状も中々酷いとは思う。テラテラとした蔦は嫌悪感が湧く。出来れば視界に入れたくはない程に。だが、それは視覚的な意味だ。まだアレは何もしていない。
しかし、蔦であればこの先起こる事は一つだろう。何たって蔦だ。蔦はそう、色んなものを絡め取る。今でさえじっとしていないのだ、あれがモニカの思うものを絡め取りなんてしたらもう……
(絶対見てられない絵面になっちゃう)
モニカはきゅっと閉じている口に力を込め、ついでにリンウッドの服を掴む手を強めた。
見たくはない、だがここまで彼がやってそれをしないという事は無いのだろう。
リンウッドは表情が次々と変わるモニカを一瞥するとフッと笑った。
長い睫毛が灰色の瞳に影を作る。だが、その中に確かな狂喜が見え、そしてまたそれが彼に似合い美しい光を見せている。こんな状況なのにモニカは少し見惚れてしまった。
「でも、まっ。ご希望は聞いてあげるよ、出来る範囲で」
その言葉の後、この場はリンウッドの独壇場となった。
手加減して欲しいというモニカの要望は恐らく通っていない。それ程までにモニカには刺激的なものだった。
まず、リンウッドは腰が抜けて動けない2人、生死不明の1人を蔦で絡め取ると嬉々としてそれを振り回した。ブンブンと勢いよく回る人間。人間というものはそんなに激しく振り回しても大丈夫なものなのか?と不安になる程の遠心力だった。
(あ、あれに似てるんだ)
現実味のない光景にモニカは子供が人形を乱暴に扱う姿を思い出した。そう、まさに子供の人形遊びの惨さに似ている。モニカは口元を痙攣させながらそれを見た。
「ひゃー!」
「助けてくれー!」
「うわぁぁぁぁ!」
野太い悲鳴の中にたまに嗚咽の声も入り、モニカはヒヤヒヤしながらリンウッドの服を更にぎゅっと摘む。そして良く耳を傾けてみれば3人分の声が聞こえる事に気付き、モニカはハッとし、よく目を凝らした。
細めた視線の先、蔦が動き回って見え辛いが先程まで気にしていた男が目を開き叫んでいる。
「もうやめてくれーー!! おえぇぇぇ」
気絶していた男はいつの間にやら意識を戻していたらしい。涙やら涎やらを流して叫び続けていた。
それを見てモニカは安堵する。本来なら安堵する場面ではないが、今生きている事に胸が軽くなる。自分は人殺しにはならなかった。その事実に安心した。
「よかった……」
安心からホッと言葉を漏らすと、指先で蔦を動かしていたリンウッドが不思議そうにモニカを見てきた。
「何が良かったの?」
「あの倒れてた人、死んでなくて良かったなって。私が暴走してやってしまったから」
「ああ、そういうこと」
リンウッドはひとつ頷くと短く笑った。
「でもアレ、少なくともキスしてた時は意識あったと思うよ。気配でガン見されてるの分かったし。死んだふりしてただけじゃない?」
「え! うそ!?」
「モニカが気付いてなかった事の方がボクは驚き」
死んだふりに驚けば良いのか、キスを見られていた事を恥じれば良いのか。モニカはパクパクと口を動かし、顔面を蒼白とさせた。
そんな中でもリンウッドは嬉しそうにテラテラと光り出した男達を見ると、またもパチンと指を弾く。途端、男達はべちゃりと地面に落ち、地面の色が変わる。地面に居ても気持ち悪さは抜けないのか、男達は皆えづき、実際に何かを戻している様だった。
人の庭で何をしてくれてるのだろう。モニカは今更思った。今日は何て厄日なのだろうと。
そして思った通り、粘液を全身に纏わせた男達は見苦しい。これが美少女であれば色気たっぷり眼福なのだろうが、ザ・中年がテラテラとしどけなく地面に横たわっているのは見たくない光景だ。
心なしか頬が赤く、目も潤んでいる。えづき過ぎて涙が溜まったのだろう。だがモニカは少し疑問に思った。気持ち悪いのであれば顔面蒼白となる筈。確かに振り回されている時はそんな顔色であったし、えづいている時もそうだったと記憶している。しかし、今は何故か3人共頬を染め、ハアハアと潤んだ瞳をこちらへ向けていた。
(? 何だろう? あの顔)
モニカはキョトンと様子を観察する。やはり不思議だ。何というか「気持ち悪い」と思っている顔ではない。
そんな事を考えているモニカを抱えながらリンウッドは追い打ちをかける様にヘロヘロとなっている男達を蔦で縛り上げる。3人背中を合わせる形できつく縛り上げると、リンウッドはモニカを自分の胸から離し、楽しそうにそこへと歩いて行った。
次回更新は明日の20時頃です。




