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02.事のはじまりは


 胸の中心から熱が放出される感覚がした。ほわほわと心地良い温かさが全身を巡り、だるさから降りていた瞼が自然と上がる。


「ん……」


 モニカはベッドの中で目覚めると、小さく身じろいだ。体に力を入れようとすると背中に僅かな痛みが走り、思わず顔を歪める。


「寝過ぎたのかしら」


 恐らく背中の痛みは長時間寝過ぎた事による筋肉の強張りだろう。ゆっくりと体を起こし、モニカはベッドの上で自分の腰を摩った。


「んー、こんなにガチガチだなんてどのくらい寝てたのかしら」


 自分の拳でぐりぐりと患部を解す。張りしか無く、どうにも入っていく感じがしない。全く効いていないようだ。それでも背中を拳で解しながら、モニカは自分の居る部屋を見回した。


「ここって、塔?」


 冷たい石を積まれた壁に囲まれた部屋。所々隙間があるのか、小さな光が部屋へと漏れていた。何故こんなにも暗いだろうと考えたが、その答えはすぐに分かる。この部屋には窓が無いのだ。

 この空間で時間を測る事が出来るのはどうやらこの漏れる小さな光だけらしい。そして恐らく現在は昼間である事が漏れる光から分かった。


「なんでこんなところに」


 ベッドから動かず、モニカは寝る前の記憶を探り出す。朧げな記憶の中に義兄の姿を見つけ、モニカは「あっ」と声を出した。


「そうだ、義兄さまに此処へ押し込められて」


 言葉にすれば記憶が明瞭になってくる。冷たい視線に、冷たい手指。引き摺られる様に本館の自室から此処へと放り込まれた。


「どうして……、此処に?」


 寝起きの頭は働かない。腰を解していた手を止め、パチリと瞬きをした。


 理由を探ろうと記憶を探る。慢性的な体調不良により、ぼやけた視界と膜を張った様に籠っていた鼓膜。思えば何かを言われた気がする。だが熱で朦朧としていたモニカには聞き取る事が出来なかった。部屋から出され、此処に連れて来られる間もしきりに義兄は何かを言っていた。厳しい顔、冷たい瞳でモニカを見下ろしながら。


「覚えてない、けどきっと良い言葉では無いわね」


 ぽつりと零した言葉は冷たい外壁に吸い込まれる様に余韻もなく消えた。苦笑したモニカは義兄、そして父の顔を思い浮かべ、今までの暮らしの事をひとつひとつ思い返す。思えば彼らはモニカに無関心だった。


 モニカはヴァイス伯爵家の一人娘である。ヴァイス家は爵位こそ伯爵だがこの国の建国時から王家を支えている名門貴族だ。ならば何故爵位が上がらないかと言えば、単に本人達がそれを許諾しないだけの話である。打診があった時の当主が野心家であれば今頃公爵であってもおかしくはないのだが、程々の地位で良いと伯爵のままなのだ。

 そんな伯爵家に生まれたモニカ。蝶よ花よと育てられたかと言えばそうではない。ある見方をすればそうかもしれないが、決して溺愛からのそれではなかった。

 

 母親が命を懸けて産み落としたのがモニカだ。予定日よりも3ヶ月早く生まれ、体が小さく弱かった。母親はそれまでは健康に過ごしていたようだが、出産時の大量出血によりモニカを抱きながらこの世を去った。

 生まれた時の記憶などモニカには無い。だが物心ついた時からの記憶はある。その記憶は常にベッドの中、そして自分を見る険しい視線。眉根を寄せ、口をへの字にしている父の冷たい姿だった。


 愛されていたのかは分からない。だがモニカは愛されたかった。本で見るお姫様の父親の様に愛して欲しかった。寝る前に本を読んで貰い、頭を撫で、「愛している」と額にキスを落として貰いたかった。微笑み掛けて欲しかった。


 きっと父親も愛する妻を奪ったモニカを愛せなかったに違いない。それでも数日に一度は顔を見にきてくれ、体の弱いモニカの治療費を出してくれたのだ。父親の役目は十分果たしているのだろう。それが例え冷たい視線しかくれなかったのだとしても。


 そんな存在のモニカだ。従兄弟が後継でユディス家へ養子に来る事も分かりきっていた事だった。義兄シルビオも父親と同様だ。冷たい視線を向けるだけ。自分を疎む存在が一人増えただけだった。


「もう此処から出ていこうかしら。多分支障無いわよね」


 自分の置かれている状況を冷静に考え、モニカはポツリと呟く。


「だってこんな窓もない場所に閉じ込めるなんて……」


 首だけ動かし部屋を再度見回す。見れば見るほど人間が生活して良い空間ではない。取り合えずベッドを置いておけばいいだろうと置いてあるだけ。それ以外のものは何もない。冷たい石造りの壁は父親やシルビオのようだと思った。




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