19.最近のこと
それからリンウッドは三日おきにモニカの前に現れた。
場所はモニカの家であったり、市場であったり様々だ。つい先日はたまたま行った食堂で会ったものだから、もしや監視されている?と怯えてしまった。だが、どうやらそれは杞憂だったようで、彼は一人ではなく二人での来店。メリハリボディーの下唇ぽってりお姉さんと一緒だった。
あんなにキスだの一緒に暮らしたいだの言ってたのにおかし話だ。少しモヤリとしたが、変にやり取りが長引くよりは彼女が出来た方が良いかもしれない。そう思ったモニカは軽くリンウッドに挨拶をして、その日食堂を後にしたのだが、問題はその後起きた。
何とリンウッドが至極面倒臭い主張を始めたのだ。
「ねえ、何で嫉妬しないの」
再びモニカの前に現れたリンウッド。もう日常化してしまったので、またかと思う事もなくモニカはリンウッドを家に招きお茶を飲んでいた。少し前までは警戒心が強かったモニカではあったが、ここ1か月はキスも何もない為、友人のような距離感で接している。
言葉では「キスしたい」「一緒に住もう」と言われているが、最初の拒絶が効いたのだろう、強行はしなくなった。とても良い事である。
モニカは憮然とした顔で言われた言葉に「は?」と返すと、意味が分からずポカンとした。
「嫉妬、嫉妬?」
「だって、ボクは今絶賛キミを口説いているんだよ?そんなボクが他の人と一緒に居たら嫉妬しない?」
机に顎を乗せ、上目遣いでリンウッドはモニカを見る。その顔を見て睫毛が異様に長いとどうでも良い事をモニカは思った。そしてリンウッドの言葉をゆっくりと考え、手元のカップに口をつけた。
リンウッドの言葉から察するにやはりあの食堂にはモニカが居ると分かっていて来店したらしい。腕に張り付く魅惑的な女性をわざと見せ付け、モニカをヤキモキさせるという作戦だったようだ。
「嫉妬、しなかったなぁ」
カップを両手に持ったまま、モニカはぼんやりと答える。湯気のような声は当時の心情を思い出しての事だった。
確かにモニカは少しモヤリとはした。だがそれは嫉妬というよりも「まあ、あんだけ言ってても結局はそうですよね」という呆れの方が近い。
「キスがしたい」「一緒に住みたい」「どうしたら好きになってくれる?」そうリンウッドは言うが結局は口だけでモニカがリンウッドに堕ちたら彼の中でゲームは終わりな気がした。きっと実際そうに違いない。市場の主婦が良く言う「うちの旦那は釣った魚に餌をあげないタイプ」なのだと思った。
必要な時に食事の様なキスをして自由に何処かへ行く。それをモニカは悲しい気持ちで見送るのだ。
(でも実際は嫉妬させたいから美女を腕に巻いた、と)
モニカに嫉妬して貰いたい気持ちでやったのであれば少し考えが変わる。まあ、根本的な考えは変わらないのだが。
リンウッドはモニカを自分にとって都合の良い存在にしようしているだけだ。それがいけないのかと言われると……
(まあ、いけないんだろうなぁ)
胸にカチッとはまる感覚は無いので、「いけない事ではない」と思っている自分がいるのは確かだ。モニカは正直言うとこういう利用のされ方でなければ別にどんだけ良い様に使われても良いと思っている。
形だけでも人に感謝される事は嬉しい事だと知ってしまったからだ。
「モニカって本当ボクの事どうでもいいんだ」
「そんな事は……」
無いと言いたいところだが、何故か言葉が詰まる。モニカは誤魔化す様に、へらっと笑った。それを見てリンウッドは大きく溜息を吐き、顔を机に押し付けた。
「モニカ、ボクの事好きになって」
「嫉妬させようと人様を利用する人はちょっと……」
「えーじゃあ、どうしたらいいの」
そんな事言われてもモニカは困るだけだ。テーブルに突っ伏しているリンウッドは少しだけ顔を上げ、モニカを見る。その様子が子供のようだと思い、モニカは薄く微笑んだ。
「そんな事言われても人を好きになった事ないから分かんないわ」
ずっとベッドの上で生活をしていたのだ。恋とは無縁の生活だった。熱と疲労感により思考は鈍るし、視界もよくぼやけていた。そんな感じでは恋なんて出来る訳もない。
リンウッドはモニカの返事に「ふ~ん」と相槌をうつと突っ伏した体勢から体を起こした。そして今度は片肘を付き、同じような目線でモニカをジッと見る。
「あとさ、冗談じゃなく同居した方が良いと思うんだよね」
「どうして?」
「市場で虐められてるじゃん。そろそろあのおじさん達来るんじゃ無いかなぁ」
意地悪くニヤッと笑ったリンウッド。モニカは「おじさん達」の顔を思い浮かべ、大きく溜息を吐いた。
そうなのだ。モニカは最近、市場で同じく野菜を売っている人達から嫌がらせを受けている。
どうやらモニカの野菜人気への嫉妬と新参者の癖にという何とも理不尽なものが理由らしい。最初はチクチク嫌味を言われていたのだ。やれ女だから得していいなだとか、体使ってんだろうだとか、本当は自分で作ってないんじゃないかとか色々言われた。行く度に言われ、精神的に落ちてしまった時、モニカの野菜ファンである主婦達がちょうどその現場を目撃したのだ。そこからはずっと主婦達のターン。ある事ない事(奥さんから聞いた下世話な話から情けない話まで)暴露されつつ捲し立てられ、余程堪えたのか嫌味は消えた。
だが、言葉が消えたら次は地味な嫌がらせだ。市場のモニカの区画を汚したり、他の人に勝手に使わせたり、準備の最中に物を隠したり。まあ、そんな事されてもモニカには主婦達という強い味方がいるのでいつもどうにかなったりしているのだが。
「来るかなあ?来る?いや、流石に来ないと思うけど」
「そう?ボクは絶対来ると思うけどな」
そうだろうか?とモニカはいつも嫌がらせをしてくる中年3人組を思い浮かべる。確かに主婦達を味方につけたモニカへ悔しい顔を向けているのが最近の通常フェイスだ。でも、わざわざこんな森の中まで来るだろうか。
「用心棒として住もうか?魔術は使えなくても魔獣使いだからね、どうとでも出来るよ」
「結構です!」
返事をしながらモニカはリンウッドが魔獣であるうさぎを使役している姿を想像する。可愛いうさぎに薄桃色の髪の男、何だか滑稽なコンビの姿に自然と口元が緩んだ。




