17.雨の降らせ方
リンウッドが「またね」と去った数日後、その言葉の通り彼はモニカの前に現れた。ふらりと何事もなかった様に、数年来の友人の様に姿を現したリンウッドは薄桃の髪を揺らし無理矢理作った事が分かる満面の笑みを浮かべ、手を振ってきた。
「モーニカ」
あざとい声でモニカの名を呼ぶ。ワントーン上がった声は多少の嘲りが含まれていた。
それでもモニカは彼が再訪した事に対しての驚きが強く、大きく目を見開いた。桃色の瞳は零れ落ちんぼかりに開かれ、その代わりか持っていた腐葉土の桶が足元に落ちる。
「わあ!えー!だって!え!」
落ちた土の事も気にせず、モニカはリンウッドに向かって指を差す。ピンと伸びた人差し指の向こう側、リンウッドは変わらず満面の笑みを浮かべていた。
「来ちゃった♡」
にんまりと指先を下唇にあて、コテンと小首を傾げる。可愛い子のみが許されるポーズにモニカはグッと声を飲み込む。
(びっくりするくらいムカつくけど、顔が良いから許してしまいそうになる……!)
女性であれば横に立ちたくない程の中性的な美形である。恐らくモニカと同い年か少し上だろうに似合ってしまうのは生まれ持った容姿のお陰だろう。
一体何処の誰を参考にしたのか、自分よりも背の高い男がぴょこんぴょこんと弾みながらモニカに近付いてくる。
悪い予感を察知したモニカは猛スピードでリンウッドから遠ざかった。
「うわ、流石に傷つくなあ」
「え、だって前科が」
大木の後ろに隠れながら言えば、それ以上リンウッドは近寄ってこなかった。あまり攻めるのは得策ではないと今更気付いたのだろう。モニカには聞こえない声で「めんどくさ」と呟いた。
それでも口が動いた事で何かを察したモニカは眉間に皺を寄せる。勘は良い方だ。いくら笑顔であっても悪口は誤魔化せない。
「うさちゃん、連れてきましょうか」
むすっとした声を出したモニカは顎で家を指す。うさぎは野菜畑を巨大な食卓だと思っている節があるので基本家の中にいた。
うさぎは可愛い。出来ればこのまま飼っていたいが、それだとこの男と接点が出来てしまう。このキスが出来れば何でも良いという男と。
それがモニカには嫌だった。
リンウッドはうさぎの存在を忘れていたのか「そうだった」と手を叩き「ねえ」とモニカへ声を掛ける。
「角どんな感じ?おっきくなった?」
その質問の意図が分からず、モニカは顔をキョトンとさせ、うさぎの姿を思い出した。
角に変化は無かった筈。あまり触るのも嫌だろうと思い触っていない為、変化が全くないと断言は出来ないが、見た目だけ言えば変化は全く無い。
モニカは不思議に思いつつもリンウッドの質問に恐る恐る答えた。
「変わってない、かな?って思いますけど……」
「本当に?ちっとも?」
「たぶん」
「そっ」
リンウッドは何を考えているのかわからない。角の何が問題なのかも教えてくれない。角が大きくなれば魔獣らしく凶暴になるのだろうか?だが、うさぎは現在でも食事前は「餌はまだか!」と暴れている。暴れると言っても部屋を走り回る程度だが、それがこれ以上になれば大問題である。
「角が大きくならないのは問題?」
疑問を口にすればリンウッドは軽い調子で笑い、「どうだろう?」と首を捻った。
「成長が遅いってだけだと思うからね、まあ問題は多分ないんじゃない?」
「じゃあ何をそんなに気にしてるの?前も角を気にしてましたよね?」
「だって魔獣だし。本来であればもっと角は成長してなくちゃいけないのにちっとも成長がない。おかしいなって」
そのおかしさがモニカには分からない。魔獣の事を知らないからだ。リンウッドに聞かされてから自分でも少し調べようとは思った。だが、近隣の村には本屋もなく図書館も無い。要は調べたくても調べられなかったのだ。
やはり生態を知っている人の元へ返した方が良い気がする。モニカは少し心がもにゃりとしたが、その気持ちを振るい落とし、うさぎのいる家の方を見た。
(今日連れて帰って貰おう……)
そう思い、一歩木の陰から出た。玄関に向かおうとすると視界に畑の前にしゃがみ込んだリンウッドが入る。因みににんじん畑の前だ。一体どうしたのだろうと様子を見ているとリンウッドがにんじんの葉に触れた。
「良い土だね、それに葉の色も良い」
「わっ、わかる!?」
野菜の事を褒められれば悪い気はしない。モニカは顔にこれでもかと喜びを滲ませながらリンウッドがいないにんじん畑の一角にしゃがみ込んだ。
「市場の人に勧められた肥料とかもあげてるけど、やっぱり土だろうなと土に力を入れてて。幸いなことに此処は森だからさっきみたいな腐葉土もいっぱいすきこんでるの。だから実は言われている量よりも肥料は少なめ。前に言われた量を入れたら葉っぱばかり大きくなって実が小さいのが採れて」
「へえ、そうなんだ。因みに水は?此処の水?」
水の事を言及され、モニカは一瞬悩んだ。だが直ぐに大丈夫だろうと話し出す。
「それは、私は魔力があるでしょう?それで雨を降らせてるの」
リンウッドはモニカに魔力がある事を知っている。ならば隠す必要などない。魔力が世界にあるのは普通の事であり、他の人にも隠す事はないのだが、何となくモニカの中では秘密にしたい事なのだ。
「どうやって降らせてるの?見せて」
「面白味はないと思うけど」
強請られた事にモニカは苦笑した。おもちゃを見つけた様な顔で見られ、自身が彼の娯楽の様に思えたからだ。だが、もったいぶる事でもない。モニカはしゃがみ込みながらいつもと同じように両手を広げ、手のひらを上に向かせた。
毎日やっている事だ。すぐにしとりしとりと雨粒が落ち、葉を金色に包んでいく。
リンウッドはその様子をポカンとしながら見ていた。最初は雫が落ちてくる空を見上げ、そして自身の目の前で金色が光った瞬間、視線を下げそれを見ていた。いくつもの金色の光がぽわりと光っては消える。モニカにしてみればいつもの事だが、初めて見るリンウッドからしたら奇妙な事に違いない。
見開いた瞳と半開きの口がその感情を物語っていた。




