15.モニカ捜索
臙脂色の敷かれた廊下を1人の男が歩いていた。手に持つ数枚の報告書、それを報告する為に男は主人のいる執務室を目指していた。報告書はどれも同じ事柄に関してのものである。
普通の屋敷であるなら使用人の1人や2人すれ違いそうなものだが、この屋敷には必要最低限の人間しか居ない。元々仕えるべき主人があまり家に帰らず、またその家族も少ないという理由からだ。古い家柄故屋敷の広さはそれなりにある。それでも使用人を減らしたのはきっとこの報告書の人物の為でもあるのだと男は知っていた。
報告書を持つ男、ドミニクは一つの部屋の前に立つと控えめに扉を2回ノックする。
「ドミニクです。報告書をお持ちしました」
中から「入れ」と短い声が掛かり、ドミニクはゆっくりと扉を開く。部屋の中はいつもと変わりなく静かで落ち着いた雰囲気をしていた。壁全面にある本棚には執務に関連する書類や、業務の参考となる書物が所狭しと並んでいる。長く勤めている使用人が安らぎを持つようにと窓際に大きな葉を青々と茂らせている木を置いたのはいつの事だったか。主張の激しい植物に一瞬視線を奪われたドミニクは、思考を戻すように主人へ軽く頭を下げた。
「シルビオ様、お待たせしました」
シルビオと呼ばれた男はドミニクを一瞥もせず、手元の書類にペンを走らせている。余程面倒な案件なのか、書いてはペン先を紙から離し、その書類を読み込んでいた。
シルビオはドミニクの仕えるべき主である。この氷の様な青年、ユディス伯爵家次期当主の側近としてドミニクは勤めている。
シルビオの返事が無いのはいつもの事だ。ドミニクはさして気にせず、手に持っている報告書を読み上げた。
「モニカ様ですが、どうやらこの領地にはいないようです」
「そうか」
僅かに反応を見せた主人を見て、ドミニクはその詳細を伝えた。領内の街や村で新しく暮らし始めた隣人は居ないか?森での死者、盗賊被害、娼館の新人、そして修道院、診療所での目撃情報。
腰あたりまである長い髪、色は淡い茶色、瞳は桃色。歳は18歳。当然人相描きも撒いた。懸賞金もかけた。そのお陰か情報はいくつも届いたがどれも不発。
モニカ・ユディス伯爵令嬢に繋がるものは何一つとしてなかった。
ドミニクはモニカを見た事が1、2回しかない。だがその2回とも寝ている姿だったのでモニカの瞳が桃色なの事も知らなかった。
ミルクティーの様な淡い色の髪を持つ少女。いや、もう歳は18なので少女というには失礼かもしれない。
枕に散らばるモニカの長い髪はまるで鎖の様だったとドミニクはふと当時を思い出した。苦し気に歪む顔にばらんとベッドにばらける髪、一部が汗をかいた顔に張り付き、一層苦しさを感じさせた。
ドミニクは何も1人でモニカの寝室に入った訳ではない。主人であるシルビオに付き、入室したのだ。その時モニカは恐らく12、3歳だったと記憶している。幼い顔に苦悶の表情はあまり見たくはないものだった。
シルビオはと言うとモニカの顔に張り付いた髪を拭い、額の汗を拭いてあげていた。無表情ではあったが、彼なりに心配してたのだろう。汗を拭ってからも暫くモニカの顔を見ていた。
「ウーヴェ様が塔へ調査に来て下さいました。結果、あの爆発の他にも魔術を使用した形跡があると。恐らくモニカ様は魔術で何処かに転移したか、もしくは他の第三者に転移で連れて行かれたのでは?との事でした」
事実のみを報告する。シルビオは「そうか」と短く返事をすると席を立ち、背後にある窓の前に立った。
そこから見えるのは、崩れた塔。以前は木々に囲まれ、塔の先しか見えなかったが数ヶ月前の爆発により崩壊した全貌が見える。
瓦礫は既に撤去され、あとは崩れなかった石壁が残るのみ。それも近日中に撤去予定なので、この寂しい景色もあと僅かだ。
あの日、シルビオとドミニク、そしてモニカの実父であるユディス伯爵はモニカの体調の関係で魔塔へ赴いていた。
あと少しでどうにかなる、そう希望を持ち話をしていたのだが、その話の途中、あの爆発の報が入った。
急ぎ、屋敷へ戻ればモニカのいた塔は崩れ、ほぼ瓦礫となっていたのだ。




