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14.また来るね


 取り敢えずモニカはリンウッドの提案を全力で拒否した。する訳が無い、同居など。キス前提の同居を「オッケー!」と快諾する人間はそういないと思う。

 恋人同士なら話は別だが、モニカにとってリンウッドは知人、いやそれ以下である。そんな関係性の人間と暮らすなんてそもそも無理だ。


「ちゃんと家事もするよ?料理だって出来るし、まあ掃除は苦手だけど」


 アピールポイントをリンウッドは並べるが、モニカの顔は引き攣るばかり。同居の意思などないのだから当たり前だろう。


 半歩下がり、モニカは再度拒否をした。


「嫌、本当に嫌です。怖いし、憲兵に突き出す」

「モニカはそれしか言わないね」

「それしか言う事がないから」

「えー、いいじゃん」

「嫌です!」


 全力の拒否にリンウッドは急に表情をスンと無くした。表情の抜けた彼の顔は整っているからこそ畏怖を感じる。モニカはガラス玉の様な目に見られ、ビクッと肩を揺らし、2階へ繋がる階段へ視線を向けた。


「うさちゃん、連れてきます。もう帰って下さい」


 もう関わるのが嫌だったのだ。うさぎとの生活は刺激的で楽しくはあったが、彼との繋がりを考えると早々に引き渡した方が良い。

 モニカは保護をしていただけだ。情が出始めていたのは確かではあるが、それでもこの自分の世界でしか生きていない男と素早く縁を切りたかった。


 白いふわふわのうさぎ、どうやら魔物のようだがそれでも可愛い獣だった。


「本当に駄目なの?」


 少し感傷的になっていると口元に笑みを戻したリンウッドがモニカの視界を邪魔する様に入ってきた。


「本当もう、しつこ過ぎです。憲兵突き出しますよ、冗談でなく」


 近くなった距離からモニカはスッと抜け出すとリンウッドへひと睨みし、2階へと向かう。背後から「今までのは冗談だったんだ」と笑う声が聞こえ、モニカは足を止めリンウッドを見た。


 口を開き何かを言おうと思ったが、滞在時間が長引くだけだと気付き、モニカは軽く頭を振る。そして自分を呼ぶリンウッドの声を無視してうさぎのいる寝室へと向かった。


「うさちゃん」

「ぶ!」


 寝室を覗くと床に置いてあるバスケットの中でうさぎはのんびりとしていた。これはただのバスケットでは無い。バスケットの中にクッションを入れたうさぎの寝床である。

 この家にいたのは数日だったが、モニカはうさぎの為にいくつものベッドとなるクッションを設置していた。どこでものんびりと寝れるようにモニカなりに配慮したのだ。


「さて、飼い主さんとこに行こうか」


 よいしょとうさぎを持ち上げ、頭を撫でる。リンウッドに言われた通り、角がそこにはあった。


「ツンツンだねぇ」


 それでもモニカには可愛いうさぎに見える。うさぎは「ぶぅぶぅ」と鼻を鳴らし、目を細めた。


「いじめられたらまた家出してきて良いよ。畑を荒らすのは頂けないけど」


 くすりと笑い、柔らかい毛に指を滑らせる。自分が情を移している事は理解していたが、予想以上に込み上げるものがある。モニカはツンとなる鼻を啜り、リンウッドのいるダイニングまで戻って行った。


 リンウッドはうさぎを見ても、やはりあまり興味が無いようだ。一瞥しただけで、モニカへまた同じ話をした。


「どうしても駄目?」


 何度言われても駄目なものは駄目である。モニカはうさぎをリンウッドへ手渡し、眉を寄せた。


「私の魔力目当てっていうのが丸わかりで本当嫌です。私はあなたの食糧?」


 モニカの言葉にリンウッドは「あは」と笑い、手渡したうさぎを床に下ろす。何故下ろす?と疑問を口にしようとしたモニカだったが、それよりも早くリンウッドが笑いながら話し始めた為、その疑問を発する事は無かった。


「食糧か、確かにそんな感じかも。……モニカがいないとボクは元のボクに戻れない」


 最後の言葉は少し聞き取りづらかった。笑っているのに瞳の奥の感情が読めない。何故か怒りの感情が瞳に宿っている気がしてモニカはゆっくりと一度瞬きをした。


「今日は諦める。でもまた来るから、それまでこの子面倒見てて良いよ。気に入ったんでしょ?」


 灰色の瞳を笑みで隠したリンウッドはそう言うと、身を翻し玄関へと向かう。足元にいるうさぎを見て、モニカは慌ててリンウッドの名を呼んだ。


「リンウッドさん!ちょっ、え!困ります!また来るってどう」


 言葉の途中でリンウッドはひらひらと手を振り、玄関から出て行った。取り残されたうさぎは何も理解していないのか鼻をピクピクと動かしている。


 呼び止めようとした格好で動きを固まらせたモニカ。出した片腕が徐々に下がり、ゆっくりと体の横に戻るとモニカはその場に蹲った。


「もう、何なの」


 頭をぐしゃぐしゃと乱し、視線が近くなったうさぎを見る。


「ぶっ!」


 何も分かっていないだろうが、何故か慰めにも聞こえモニカはそっとうさぎの体を撫でた。


 嵐のような時間だった。

 うさぎの飼い主だというからもてなしたのにファーストキスを奪われ、食糧扱いされた。

 話していても言葉が通じているのか不安になった。同じ言語なのに理解されないという奇妙な体験。正直もう経験したくはない。


 また彼は来ると言った。ということはモニカは嫌でも同じ体験をするのだろう。その日までに何か対策をしなくては。

 モニカはアレコレ考えていたが、突然ぷつりと思考が切れた為、大きく溜息を吐いた。


 今日はもうキャパオーバー。落ち着いたらまた考えよう。


「おやつにしようか」


 体を撫でながらモニカが声を掛けるとうさぎがピクリと反応した。どうやらおやつという言葉を理解しているらしい。


 モニカは立ち上がり、野菜を取りに庭へと出る。もうそこには薄桃の気配は無かった。




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