12.価値観が合わない
「だ、唾液……」
だからあんなにも執拗に口内を弄られたのかと納得しつつも、そうじゃないとモニカは激しく頭を横に振った。
「いや!違う!違わない!違うか……?ああもう!そうじゃなくて!」
錯乱と言っても良いだろう。モニカはぐしゃぐしゃと片手で髪をかき乱す。そんなモニカをリンウッドは不思議なものでも見る目、若干引いた声を出しながら見ていた。
何故引く?引きたいのは自分の方だ。モニカは荒ぶる気持ちを整理出来ずに抱いていたうさぎをクッションへ戻す。モニカの声で起きたうさぎが腕の中で暴れた為だ。
「ぶっ!ぶぅっぶぅ!」
モニカにあてられ興奮したうさぎはクッションを飛び出し、2階へ駆けていった。今のモニカに追いかけると言う考えはない。
それよりも薄桃色の髪を持つうさぎの飼い主の事で頭がいっぱいだった。
頭の中が唾液という単語で溢れる。何故唾液、魔力摂取?魔力とは摂取出来るもの?まるで食糧扱いだ。
聞きたい事が頭を巡る。
魔力摂取とは何だ?嫌ならばキスのカウントをしなければいいとは?違う、そうじゃない。モニカが言いたい事は……
「初対面でキスするのはおかしい!こわい!変態!常識がない!憲兵に突き出す!」
叫ぶ様に言えば、リンウッドは理解出来ないのか小首を傾げた。
「キスされたから憲兵に突き出すの?そしたらボクもう色んな人に突き出されちゃうね」
「同意が無いのにするのが駄目なんです!」
「いちいちキスして良いか聞くの?面倒臭くない?」
そういうものなのだろうか。何分経験が無いのでモニカにはキスの礼儀が分からない。丸め込まれそうになったが、自分が嫌だと思えばそれは成り立たないのだと気付きハッと自分を取り戻した。
「だからそうじゃなくて!そういう関係性を築いていないのにキスするのがおかしいって言ってるんです!」
「関係性?」
「私とあなたが恋人同士であったら別に聞いたりしなくたって良いんですよ?それまでの積み重ねとか、好きだと言う感情があるから。でも実際、私とあなたは初対面で対して好感度もない!なのにこの仕打ち!」
仕打ちと評したのは本当に嫌だったからだ。キスをされたのは勿論嫌だったが、それ以上に触れるだけの優しいキスでは無く口内を弄られるキスだったのが本当に嫌だった。
自分の初めてがアレ?モニカはリンウッドの提案通りカウントをしたくなかったが、あんな強烈なものを忘れる事など出来はしない。あれはキスでなかったと思い込んでも、何かの拍子に絶対思い出すに決まっている。
ならばこれが自分の初めてなのだと受け入れるしか道は無いのだ。
「恋人同士ねぇ」
馬鹿にした声が聞こえ、モニカはムン!と口をきつく結んだ。そんな馬鹿にされるような事を発言しただろうか、否していない。モニカは荒ぶる気持ちを深呼吸で整え、鼻で笑ったリンウッドへ次の質問をした。
これ以上は価値観の相違がある為時間の無駄だと思ったからだ。
「唾液で魔力摂取とは何ですか」
感情を抑え込み過ぎて抑揚の無い声が出る。リンウッドはモニカの質問にまたしても鼻で笑った。
「知らない?そんなに魔力があるのに?嘘でしょ?」
薄桃の毛先をくるくると指先に巻き付けてリンウッドは目を細める。
「モニカはもしかして後天的に魔力が発現した?」
後天的かは分からない。ずっとベッドの中にいたからだ。使っていなかっただけで産まれた時からあったのかもしれない。
モニカが答えられずにいるとリンウッドは視線を指先に巻き付けている毛先に落とした。それはさもつまらないという顔だ。
「ずっと病弱だった?」
「それは、はい」
答えられる質問に戸惑いながら返事をする。リンウッドは「そうだよね」と淡々に言うと下げていた視線をモニカへ戻した。
「後天的に魔力を得る人は魔力が発現するまでは病弱なんだ。そもそも後天的という言葉自体ボクは違うと思うけど、まあそういう風に言われているからね、敢えてボクもそう使わせて貰うよ」
「それが魔力摂取とどう関係があるんです?」
「後天的に魔力を持つ人は魔力量が多いんだ。それも桁違いに。だからそれを人に分け与える事が出来る」
宙に何かを描く様にリンウッドは指を動かした。「これで意味はわかる?」と視線で訊ねられ、モニカは視線を泳がす。
理解はほんのり出来た。
つまりモニカは魔力量が多い為、他人に与える事が出来るという事だろう。そしてその方法はモニカの考えが正しければ……
「分け与える方法がキスである、と?」
否定してくれ、という気持ちで言えばリンウッドは「う〜ん」と唸った。その姿にモニカは少し嬉しくなる。
「キス、そうだね。今回のはそうだったからね。でもキスじゃなくても良いんだ、体液であれば」
「ん?」
価値観を揺るがす単語にモニカは耳を疑った。
「今回は唾液だったけど涙でも鼻水でも汗でも血でも、あとそうだね、処女のキミには刺激が強いものからでも魔力を貰える」
体に雷が落ちた様な衝撃がモニカに襲う。
簡単に体液とは言うが、それは生活していれば大体他人に触れられたく無いものだ。辛うじて涙は良いかな、と思うが他は極力触れられたくは無い。
それに処女のモニカには刺激が強いとは何なのか。異性に面と向かって処女認定された事も衝撃的過ぎてどうしたらいいのか分からない。だが、リンウッドが言うようにモニカに男性経験は無い。だから否定する事も出来なかった。
それに彼が言う刺激が強いものもよく分からない。知ったかぶりをするという考えもモニカには無い。なのでキャパオーバーとなったモニカはあわあわと震えてしまった。
リンウッドはそんなモニカを見て一歩前へと足を進める。
「ああ、でも誰彼構わず分け与えられる訳では無いよ。相性が良い場合だけそれが起こるんだ」
リンウッドはそこからはもう動かず、ただ意地悪く笑う。
「つまり、ボクとモニカは遺伝子的に相性が良いってコト」
喉の奥がヒュッと鳴る。モニカはその不気味な言葉に一瞬で顔色を無くしてしまった。




